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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
168/198

4−2

 騎士団の訓練場にて、炎のように赤き髪を揺らし、汗を飛ばしながら鍛錬に励む者がいた。そして彼と剣を交わすのは紫の髪の者。片目を前髪で隠し、冷静に彼の動きを見極め、剣で刃を受け止める。

「ッ!」

 互いに譲らない、手合わせにしては本気の剣捌き。周りの若手の騎士達が憧れと緊張の眼差しで二人を見ていた。

 アレスフレイムの剣が高く上に構えられた。来る、と咄嗟に剣を横向きにし構えるノイン。

「くたばれ! ニィィイイイイイック!!!!」

「ぬぉおおおおおおおおおおおお!!!!」

 カギーンッッッッ!!!!! 刃のぶつかる音が響き渡り、ピリピリと空気に振動さえ与えた。そして、ノインは主の暴言を普段全く出さない雄叫びで掻き消したのであった。

「突然手合わせたいと仰られたので嫌な予感はしておりましたが、なりませぬよ! アレスフレイム様!」

 

 ほんの一時間前。

 会議室にて今後の輸出等について王でありアレスフレイムの実兄のマルスブルーと意見交換をしていた。

『レジウムにも他国にも同盟を隠す必要が無くなった。レジウム経由にしなくても小国に直接農作物を輸出しても良いのではないか』

『うん、そうだね。でも、レジウムが表立って小国に援助をして、レジウムに借りを作っている関係も平和を維持するのに必要なんじゃないかな。今度レジウム国王にも相談をしてみるよ』

 一昔前のマルスブルーに比べ、政治も堂々と運べるようになった。以前は自分の決断に自信が持てず、全てアレスフレイム任せだった。だが今はマルスブルーは立派に指揮を取り、国を安定させている。その分、アレスフレイムはゲルー国対策など軍事関係に力を注いでいた。

『あ、そうそう。最近アジュールに会ってる?』

『アジュール? リリーナのことか。会えていないが』

 リリーナに特別な挨拶を断られてから会えていない。リリーナの意思によるものではなく、フローラによる影響だとはわかってはいるが、アレスフレイムなりにショックを受けていた。愛する者に愛の言葉を伝えられない、この手で、唇で、触れることさえ許されない。

 もどかしさもあったが、何よりもリリーナの身体に負担が生じることは避けたい。彼女のことを想って、アレスフレイムは距離を置いていたのだった。

『使用人達の噂で聞いたんだけどさ』

『どうせくだらない内容だろ』

 使用人の噂話程信憑性と品性に欠けたものはない。どうせまた彼女の見た目が魔女のようだからと、嘲笑って作り話でも広めているんだろ、とアレスフレイムが露骨に不機嫌になった。

『マルスブルー様、その話は……そろそろ来春の予算について話し合いをしませんか』

 横から王妃のスティラフィリーが苦笑いをしながら話を逸らそうとする。

『そうだね。春と言えば、アジュールにも春が来たみたいだね、騎士の男の子と』

 ボコボコボコボコボコボコォ!!! テーブルに置かれていたティーカップが突然熱く湧き上がった。

 信憑性に欠けると言っておきながらガッツリ信じてる……とアレスフレイムの背後に立つノインは青ざめながら胃をキリキリと痛めていた。

『単なるご友人の関係だと思いますわ! ほら、最近彼女、メイドのココとも仲が良いから、ココの幼馴染みで接点が出来ただけですわ、きっと!』

 引きつった笑顔でフォローをするスティラフィリー。

『でも二人でこそこそ会ってる目撃情報が結構あるらしいじゃないか』

 妻の気遣いを全く読めないマルスブルー。

『その者が園芸好きなだけかもしれませんよ』

 国王の側近であるオスカーまでもがフォローに加わる。

『えー!? そしたらすごく気が合うんじゃない!? アレスと彼、どっちを選ぶんだろうね!』

『アジュールには恋愛に興味がございません。男の方から一方的に近寄られているだけか、恋愛以外の事で接触があるだけかと思われます』

 ノインがやや早口でマルスブルーの爆弾を跳ね返そうとした。が、

『どちらにせよ、アジュールにお友達が増えたってことでしょ? すごく朗らかな知らせだよね』

 マルスブルーの斜め上からの空気読めない爆弾に、あんた以外朗らかになれねーよ、と苦笑を浮かべるその他一同。

『ノイン』

『ハッ』

『今から手合わせに付き合ってもらうぞ』

 嫌な予感しかしない、とノインはお腹をさするのであった。


「聞けばニック・カトリックはサボり魔らしいじゃないか。魔力も持たずに。サボってリリーナを誑かしに行っているなど、許さん」

 剣を熱で溶かしてしまいそうな程炎の魔力を漏らしまくりのアレスフレイム。

「彼女は土いじり以外に興味が無い性分です。男女の関係などという噂話はでたらめだと思いますよ」

 剣を弾き返し、額の汗を手で拭いながら反論をするノイン。

「あいつは恋愛に興味が無い以前に出来ない体質なのはわかっている。それでも」

 会えない苦しみにいる最中、別の男が彼女に会えていたことが単純に許し難い。

「リリーナに会いたい……!」

 だが彼女を苦しめるのは避けたい。アレスフレイムが切なそうに剣を握り締めていると、


「はい、どうされましたか」


 まさかの本人登場。

「「うぉあっ!?!?」」

 アレスフレイムとノインが同時に驚きで声を上げた。

「私をお探しですか? どのようなご用で?」

 最後にアレスフレイムに会った際、二人は特別な挨拶、唇を重ねようとしたところでリリーナの身体に異変が起き、アレスフレイムが距離を置いた。彼女の体を案じて。

「貴様もわざわざここ(訓練場)に何故来た? 特定のヤツに会いに来たのか?」

「ええ、そうです」

「ハッ。庭師の仕事の合間に会いに来るなんて余程」

「アレスフレイム様の様子を窺いに参りました」

「ッ!?」

 自分に会いに来たのだと知ると、アレスフレイムは顔を赤く染めて嫌味が止まった。背後では単純だなぁとノインが若干呆れて見ている。

「最近お会いしていないので、お元気なのかなと」

 しかも自分の体調を心配してくれまのかと思うと、アレスフレイムはリリーナを抱き締めたい衝動に駆られたが、理性で何とか抑えていた。

「ですが……」

 ふとリリーナが彼の目の下を指先でそっと撫でる。

「また隈が出来ていますわ。休息も取られていますか?」

 アレスフレイムは究極の待てをされている気分だった。

「ダイジョウブだ、アリガトウ」

 ひくひくと欲求を抑えながら答える。

「良かったわ。発狂してるかもなんて聞いてびっくりしましたけれど、思ったよりお元気そうで安心しました」

「発狂?」

「いいえ、こちらの話ですわ」

 リリーナは静かに首を横に振ると、ある物を見て

「まだ少しお時間はございますか?」

「ああ、あるが」

 アレスフレイムに確認をすると、ソードラックからレイピアを引き抜いた。

「少しお手合わせ願いますか。フローラを守れる強さに磨きがかかったのか、確かめたいです」

 剣を持つ瞳は真っ直ぐで穢が無い。若葉のようなライトグリーンに花のようなローズピンクが僅かに濁る稀な瞳を持つリリーナに陽の光が当たり、瞳や髪を煌めかせさらに美しさを演出した。


 彼女の美しさは単なる美貌ではない。

 泉のように清らかに湧き出る聡明さ、勇敢さが、陽の光を浴び朝露を煌めかす草木の如く内なる生命力を放出とさせている。


「ああ、構わない。全力で来い!」

 そして強気な笑みを浮かべて無条件に応えるアレスフレイム。愛する者に剣を向けるなどこの国の常識から逸脱しているが、彼女の望みを全力で応え、彼女を一生守り貫くのが彼の信念。

 彼の側近でもあるノインも、そっと一歩離れ、二人の剣術を見守っていた。もしもの時に備え、防御魔法をすぐに繰り出せるようにしているが、表情は清々しかった。


 剣を交じるのは傷付けるためではない。戦争に勝ちたいためではない。強さを誇示するためでもない。


 フローラとリリーナ自身を守るため。


 守ろうとする心が剣となる。決して曲がらず、真っ直ぐに。

 



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