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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
165/198

2−4

「ちょっと手を洗いつつ屋敷に行って来るわ。せっかくだからテラスでお茶しましょ。あなたは外の方が似合ってる。少しお待ちしてて。タオルも用意するわ」

 種を植え終え、水撒きも終えるとリリーナは一人でロズウェル邸へ小走りで入って行った。

 リリーナの魔法による水撒きで髪や服が濡れたニックがぽつんと庭に佇む。三大貴族の敷地内に一人で居るのが少し気まずそうに。


「よく無事にいらっしゃった、王よ」


 ユズがそう呼ぶとニックは木をキッと睨みつけ、

「その呼び方はやめろ。嫌いなんだよ」

 吐き捨てるように言った。

「それはすまない。貴方とリリーナはどのような関係で?」

「あ? 友人……ちゃぁ友人だし、違うと言われたらそうかもしんねぇ。そんなに親しいわけでも親しくないわけでもない距離感だよ」

「そうか。でしたら………」

 するとユズは木の幹を前に倒し、ニックにまるで頭を下げた。柑橘の爽やかな香りが一緒に降り落ちる。


「リリーナにもしもの事態が起きた際、あの子を救って欲しい。あの子に対抗出来る力を持つのは貴方しかいない…!」


「……………折れるぞ。頭を上げろ」

 ニックに言われ、ユズは幹を真っ直ぐに正した。

「庭師は俺にとって特別ではない。特別なのは別のヤツだけだ。だが、平和を脅かす事があれば俺は力を解放する。仮に庭師の中に潜む巨大な魔力があいつの意思を飲み込めば、俺は必ず助けたいと思ってる。庭師の命を失わさせずに」

 ニックの淡々としながらも覚悟を持った言葉を受け、ユズは枝を震わせた。

「有り難う………!」

「ユズ…………本当に大丈夫なのかしら、もしリリーナが…」

 不安そうにツルを曲げるサージ。庭の植物達から不安そうな雰囲気が漂う。小刻みに震え、花弁を傾け、太陽の日差しを満面に受けていない。


「何年庭師と共に生きてきたんだ。あいつを信じてやれ」


 ニックの言葉に植物達がハット頭を上げた。見上げれば眩しい日差しが降り注かれる。

「あいつがそんなにヤワじゃないことは、あんた達がよく知っているだろ。もしもの時でもあいつを信じてやれ。絶対に戻ってくると」

 水撒きの滴が光を含ませながら葉の先端から垂れる。葉の上に残る滴もあり、庭一面が反射でキラキラと眩しかった。小さな宝石が散りばめられたみたいに。


「お待たせ致しました! 騎士様、タオルをどうぞ」

 真っ白なタオルを持った執事が屋敷から慌ててニックへとやって来た。

「どうも」

 戸惑いながらもニックは受け取ると、ふわふわの最高級品のタオルに包まれ気持ち良さそうに顔を埋めている。

「中庭へご案内致します、どうぞこちらへ。足元にお気をつけ下さい」

 ニックはじーっと執事を見ながら黙って付いて行った。タオルを大事そうに抱えながら。


「いらっしゃい。タオルはそれだけで足りそう?」

「ああ」

 中庭に着くと使用人達が既にテーブルを用意しており、焼き菓子が並べられている。リリーナはテーブルの前に立ち、ニックを出迎えた。着替えてはいるが、先程と変わらない白シャツに黒いオーバーオール服装だ。

 リリーナがニックを客側が座る椅子に手で招くと、執事が気を利かせてニックのタオルを回収しようとした。が、ニックは持ったままで、

「いただきますよ」

 執事が少しだけ困ったように笑って言うとニックは手を離した。が、少し惜しそうに去る執事の背中を目で追っていた。

 ニックが着席しようと椅子の前に立つと別の執事が椅子を押してくれ、彼は不慣れな様子で席に着いた。逆に貴族令嬢のリリーナは慣れたものだ。

 メイドが静かに紅茶を注ぐ。ニックは借りてきた猫のように膝を手に置いて肩を高くしてじーっと凝視していた。

 テーブルにはアップルパイとメレンゲクッキーが置かれていた。無駄に多くなく、二人で十分食べ切れる量だ。

「さ、召し上がって」

 ニックに視線を向けると明らかにどうすればいいのかわからない様子。テーブルにはフォークだけでなくナイフもあったが、リリーナはフォークだけ持ってアップルパイを一口分切って刺し、

「ロズウェル家自慢の食材をご堪能あれ」

 中腰に立ってニックの口にフォークを運んだのだった。ニックは突然甘酸っぱい林檎の旨味が口いっぱいに広がり、リリーナの行動にもアップルパイの美味にも驚きで目を見開く。

 驚いたのは彼だけではない。周りで見守っていた使用人達もお嬢様のマナー違反の行動に驚きを隠せなかった。

「大地の恵みよ。美味しくいただきましょう」

 リリーナがフォークを彼の口から抜くと、ニックの方のお皿にフォークを乗せ、ニックに用意してあった方を自身に戻した。

「ああ。今日も恵みに感謝する」

 そう言うと祈るように肘を曲げて両手を握り締めるニック。その姿を見てリリーナも真似をし、食材に感謝をした。


「コレはなんだ?」

「アップルパイよ」

「クリームなのに何で硬いんだ!?」

「メレンゲクッキーだからよ」

「この水、花の香がする!?」

「紅茶よ」

 どのお菓子や飲み物もニックは珍しそうにし、また美味しそうに残さず綺麗に食べた。口を拭く布巾でさえ肌触りが良く、思わず口を拭いた後もニックは指先で布巾を弄っている。

「どう、お腹いっぱいになれたかしら」

「ああ、おかげで。こんなに贅沢な甘い物を食べたのは初めてだ。絵本の中に吸い込まれたような感覚」

 無理もない。ニックは教会で孤児として育てられた。

「チビにも食べさせてやりてぇけど」

「あら、構わないわよ」

「いや、あまり贅沢を知っても良いことなんて無い。成人して教会を出ても、こんなに上手い物を食べられないのが現実だから」

「………」

 ニックの言葉にリリーナは何も返事が出来なかった。ニックはちょっと気まずそうにし、

「美味かった、有り難う。ご馳走様」

 リリーナに礼を言った。リリーナもほっとしたようにふっと息を吐く。

「悪い、先に戻る。そろそろ訓練の時間」

「ええ、行ってらっしゃい。またいつでもいらして。ここで魔法を使っても大丈夫よ。訪問客で魔法使う人、結構いらっしゃるから」

「ああ」

 ニックは立ち上がって使用人達に軽く会釈し、転移魔法で姿を消したのだった。

 私も魔法ですぐに飛べたら、とリリーナは思うも魔法が使えることを隠しているため叶わない。

「……………」

 人間から植物に生まれ変わることはわかった。

 だがまた一つ新たな疑問が彼女の中で生じてしまった。


 ―――――この庭の植物達と白薔薇姫は確執があるのかしら。


 この庭の植物達は幼い頃からリリーナに恋をしてはならないと忠告をしてきた。逆に王城の中庭の主の白薔薇姫は恋も含めて信じた道を行けと言う。

 さっきも白薔薇姫の名を出せば空気が一瞬ピリッと緊迫した。


 何かあるのかしら………とリリーナは疑問を抱きつつ、屋敷から離れると彼女も転移魔法で姿を消したのだった。


 晴れていた空に灰色の雲がかかる。



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