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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
163/198

2−2

「ロズウェル家の庭って!? 俺孤児出身だけど行っていいのかよ!?」

 ロズウェル家は国の三大貴族の一つ。貴族社会に疎いニックでさえもその名は知る程名高い名家だ。

「駄目な理由なんて無いわ。家で窃盗でもするつもりだったら行かさないけど」

「やるわけねーよ! そうじゃなくて…その、俺なんかが行ったら場違いなんじゃねぇの?」

 珍しく弱腰なニックにリリーナはきょとんと見つめる。

「あなた、私の婚約の挨拶でもしたいの?」

「ばっ!? んなわけねぇだろ!」

「だったら堂々として欲しいわ。友人を家に招くぐらい普通でしょ?」

 同情でもなく慰めるわけでもなく、真っ直ぐに見つめるリリーナのライトグリーンの瞳にニックは若葉のような強さを感じた。

「いつの間に友人になったのかよ」

「正確に言えば共に人助けをした仲かしら。それに、私の命の恩人でもある」

「俺だって庭師の育てた野菜に助けられた。裕福ではない教会でもあの野祭が心からご馳走だった。感謝してる」

「決まりね。やっぱり私達は戦友よ」

 リリーナは微かに微笑みながら、そっと種をニックに返した。

「あなたなら、転移魔法でひとっ飛びで行けるわね」

「ご希望なら周囲転送でお連れしますが?」

「あら、私を令嬢扱いするの?」

「まさか。あんたのことは庭師にしか見えないさ」

 二人は木の陰に隠れ、

転移魔法(テレポート)

 と唱え、密かに城の敷地から姿を消したのだった。


 女なのにカバーオール姿の異質な服装のリリーナ。騎士なのに騎士の正装もせず教会出身のニック。城の中でまるで腫れ物扱いにされている二人が話しているだけで、他の使用人達や貴族達の噂話の種とされていく。


 変わり者同士が仲睦まじい様子だわ。

 変な事を起こさなければいいが。

 類は友を、とはこのことね。

 だからアレスフレイム様にあの女は相応しくないのよ。

 魔女は孤児を誑かしているのかも。




「でっけー………」

 ロズウェル邸から少し離れた場所に二人は転移魔法で着地し、ニックが豪邸を見て声を漏らした。

「そう? 城より小さいじゃない」

「城はあれは家って感じじゃないだろ? こんなでっけー家もあるんだなぁ」

 二人は並び、大地を歩く。道の脇に生える草達が揺れ、花が歓喜に花弁を見上げた。

「ただいま。ええ、元気よ」

 野花たちに声をかけながらリリーナはニックの横を歩く。ニックも草達に視線を向け、時には上から聞こえる鳥のさえずりに木を見上げた。

 そしてロズウェル家の塀の前を通り、正門に着く。

「門番とかいないのか?」

「ええ、屋敷の玄関だけ番をお願いしているわ。時々メイドたちが門の掃き掃除をしてくれたりするけれど」

 当たり前のように正門を開くリリーナ。それもそのはず、正真正銘のロズウェル家の長女だからだ。ニックが彼女の後ろに付いて行く。

「ただいま!」

 彼女が手入れした家庭菜園などもある小庭を横切ると、リリーナは風に打ち消されない声を張り上げて植物たちに声をかけた。手を振るようにはしゃいで葉を振っていたかと思えば、ニックの姿に気付き、誰もが茎や葉を曲げて彼に向けたのだった。まるで敬礼しているかのように。

「まずは軽く屋敷にも帰りを伝えるわ」

「お、おぅ」

 庭を通り過ぎ、早歩きで屋敷の玄関に向かい、バッと勢い良く扉を開けるリリーナ。

「リリーナターシャ、ただいま帰宅しました!」

 屋敷中に響き渡る声で帰宅を伝えると、使用人たちが喜んで彼女に集まり出した。

「おかえりなさいませ、リリーナターシャお嬢様!」

「このお方は?」

 誰かと聞かれ、身構えるのはニック。

「私の友人よ。庭で土いじりをするから、後で二人分のお茶を用意してもらってもいいかしら」

「畏まりました」

「ありがとう」

 そう伝えるとリリーナはくるっと屋敷に背を向け、外に出てずんずんと庭に歩んで行く。あとからニックが翻弄されているかのように彼女を追い駆ける。

「あんたの帰宅の挨拶、あっさりし過ぎでいないか!?」

「皆私が植物と過ごすのを生き甲斐であることを知っているわ。実家に帰った時はこんな感じよ」

 城に居る時も生き生きしている、頭で一つに結んで垂らすライトグリーンの髪が踊るように揺れるのを見て、ニックはそう感じた。


「ただいま、みんな。ユズ、お客様を連れて来たわ」


 庭の中央で枝を広げ、青々とした葉と香しい実を成す庭の主、ユズの前に立つリリーナ。

 たじたじと彼女の横に立つニック。

「おかえり、リリーナ。その者は……」

「私の友人よ。名はニック」

 ざわざわざわざわざわざわ………。

 風に揺れ、自然の音を奏でる植物たち。

「そうか、友人か。初めまして。僕はユズ。リリーナが世話になっているね」

 しかし返事をしないニック。

 リリーナはそっと小さな声で、

「この木に種を見せて」

 と声をかけると、ニックはポケットから白い2つの種を取り出し、手の平に乗せてユズの木に見せた。

「その種は…………」

「光属性の力を持った竜が遺した種。私は、この庭でこの種を育てるのが正解だと思って来たの」

 リリーナの力強い言い方に植物たちも何か言いたげであったが何も言えなかった。

 言えるはずもない、彼等もまた、リリーナの中にいる者に聞かれたくないのだ。

「ユズ………」

 心配そうに声をかけるツル性植物のサージ。

「…………リリーナ、君は何か他に答え合わせに来たのかい?」

 穏やかではあるがどこか不安そうなユズの声。リリーナはユズの木を見上げ、足を地に踏ん張り、全身で決意を現した。

「ええ、あなたが私に恋愛してはいけないと忠告をしてきた理由の答えを確かめに来たわ」

「………………」

 ユズは木の幹をリリーナに向け、ちらりとニックのことを見た。

「……………以前から君を賢い人間だとは思っていたけれど、想像以上だったね。その種は僕達が育てよう。簡単には育てられない。この庭を選んだ君は正しい」

 ユズの言葉を聞き、リリーナの疑問は確信に変わった。


 ユズやこの庭の植物たちは人から植物へ生まれ変わった者だと。

 



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