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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
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2−1 植物と人間

 石畳を笑い声を上げながら通る貴族たちを他所に、ひっそりと木々や花壇の手入れをするリリーナ。手はすっかり土塗れになっている。

「やだ、魔女よ」

「あんなに汚らしい服や手なのにアレスフレイム様を誑かすなんて悍ましいわ」

 彼女を蔑み嘲笑する令嬢たち。まさか自分よりも遥かに格式の高い名家の長女を愚弄しているとは知らずに。


「よお」


 木々の間から突然姿を現したのはニック。リリーナは先日彼に人工呼吸されたこともあり、思わず数歩後退りしてしまった。

「や、待て! 流石に凹むから! あんたに下心は全く無い!」

 ニックは慌ててカーゴパンツのポケットからある物を取り出し、手のひらに乗せて彼女に見せた。

 胡桃程の大きさの光の竜の2つの種。

「それは………?」

「多分植物の種じゃないかと思って、あんたに託しに来た」

 ニックは手が届くまでリリーナに近付くと、そっと彼女の手を添えて丁寧に種を渡した。

 種を受け取ったリリーナは、それを耳元に寄せる。海の音を奏でる貝に耳を添えるように。


「…………安やかな寝息が聞こえるわ。あなたのポケットの中が余程心地良かったみたい」


 種の愛らしい寝息に微笑を浮かべるリリーナ。ニックは彼女の美し過ぎる顔に一瞬ドキリとするも、すぐに本題に移った。

「恐らく特別な種だ。戦場の竜が遺したのがそいつ」

「竜が種を…?」

 竜は勿論植物ではないし、種ではなく卵を産むはず。リリーナは信じられないという顔でまじまじと種を見つめた。

「初めて見るわ、竜の種なんて」

「出来れば、無事に育てて欲しい」

「ええ。この子だって生きているもの」

「その………あんたは信じないかもしれないけど…………」

 ニックはリリーナから視線を外し、何やら少し息苦しそうにした。

「大丈夫?」

「死ぬ前に………ニックでは無い名前で呼ばれたんだ……竜に」

「え……」

 それだけ言うとニックは汗を流してしゃがんでしまった。

「ちょっと、大丈夫じゃないじゃない!?」

「悪い……昔から……俺の力を口に出そうとすると……何かに制御される感じなんだ………」

「もう十分よ。これを飲んで。手で受け取れるかしら」

 リリーナも慌ててしゃがみ、ライトグリーンのジョウロをニックに傾けた。聖水が滾々と湧き続けるジョウロを。

 ニックは両手で聖水を受け、口へと運んだ。

「どう? 少しは落ち着いたかしら………」

「あんたは………」

「え?」

 顔が少し濡れたニックが上目遣いでリリーナに視線を向けた。


「怖くないのか。自分が何者かわからないことが」

 

 さらさらと風が木々を揺らし、硬く枯れた葉を落としていく。地面から生える緑の草を覆い隠す程に。

 ニックには幼い頃の記憶が無い。恐らく消されたから。それでいて莫大な魔力を持ち、時折予想外なタイミングでニックとして抱かなかった感情や薄れた記憶に唐突に身体を支配される。

 一方でリリーナは2000年前に生きた魔女フローラが理由もわからず彼女の中に棲み着いている。彼女もまたフローラの感情が乱れ、フローラに身体を乗っ取られかけたことがあった。フローラのことも知らないことばかりだし、リリーナ自身も何故自分がフローラに選ばれたのかが全くわかっていない。


「怖いと思う時もあるわ」


 その顔はまるで恐れを知らない程勇敢で気高い花のように美しかった。シュッと凛々しく咲く一輪花のように彼女は立ち上がる。

「わからないことが多過ぎるし、自分がどうなりたいのかも具体的に考えることさえ出来ない。じゃあわからないことを全て知り得たいのかと聞かれれば、すぐに受け入れる勇気なんてないもの。私だって人間ですし、生きているからこそ弱さもあるわ」

「…………」

 ニックは途中で何も言わず、ただただじっと彼女の言葉に耳を傾けた。心に聖水が注がれていくかのように、リリーナの一言一句を静かに受け入れていく。

「もしこれが私一人で抱えていたら、今頃自暴自棄になっていたとも思うわ。私の恐れも共に抱え持ってくれる人がいるから、今、こうして落ち着いてあなたに語ることが出来ると思うの」

 そしてリリーナは種をニックの耳元へと添えた。

「聞こえるでしょう? あなたを怖いだなんて微塵にも感じていなさそうな寝息が」

 ニックはゆっくりと瞳を閉じ、種を持つリリーナの手をそっと重ね、音に耳を傾けた。

 赤子の寝息に自分も眠りに誘われるような安心感。ニックは口元に僅かに笑みを浮かべた。

「ああ」

 彼が満足するまでこのままにさせてあげよう、とリリーナはじっと種の寝息をニックに聞かせたのだった。寝息を立てているのは種のはずなのに、まるで彼の方が子守唄を聞いているかのように安心感を覚える息遣いをしていく。


 しばらくしてニックが種から耳を離した。

「悪い。寝そうになった」

「むしろ少し寝ていた様子だったわよ。疲れているのね」

「…………」

 ココのことで寝不足だったとはニックは言えない。

「さて」

 手のひらに乗せた種にスッと視線を下ろすリリーナ。

「どこに植えて育てたら良いのかしら」

 特別な種ならば場所は慎重に選ぶべきだ。

「あなたのポケットの中でも育ちそうだけれど」

「マジか」

「冗談よ」

 こいつの冗談わかりづれぇ、と苦笑するニック。

「裏庭か……中庭か………迷いの森か………」

 それぞれの地の主、カブ、白薔薇姫、苔の誰に託すか選択をしなければならないという意味でもある。カブは老朽しているから負担をかけてはならないから選択から外そう。中庭もカブに近いのもあるが、どんな芽が出るかわからないのに貴族たちの目に付く場所に植えるのは面倒になりそうな気がする。迷いの森は魔力を他所に漏らさない安心感もあるが、同時に何かあってもリリーナにすら声が届かない。

「どこかいい場所が………」


 あ、とリリーナは静かに閃いた。


 魔法大国アンセクトへ行って聞きたかった疑問の答え合わせにもなるかもしれない。

 リリーナが何か答えを出した様子だったが、ニックは黙って見つめていた。

 太陽の丘の民の生き血を得て光属性の魔法を操る竜が遺した種。これを見せるだけなら、フローラが悲観的になって暴走することもないはず。


 ―――――彼に聞こう。何故2000年も前から建っていない屋敷の庭で生き、恋をしてはいけないと忠告し続けてくれた答えを。


「私の庭。ロズウェル家の庭に行きましょう」




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