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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
161/198

1−3

 頭の血管ブチ切れ直前のセティーは空を駆け回った。

「くそ、訓練所にも居ない。どこでサボっているんだ!?」

 上から見渡しても目当ての人物が見当たらない。荒々しい風が木々を上から揺らしていく。


 ほわぁっと、香しい薔薇の香が下から彼へと舞い上がる。僅かに彼の者の魔力を匂わせながら。


「こっちか………!?」

 セティーは僅かな魔力にも敏感に感じ取り、ある所で空中から直下した。広々とした中庭の上のとある一点から。

 迎えるは天井を開けた薔薇の迷宮。

 彼が中へ降りた途端、茨は蠢き、再び迷宮の中を隠す。

 茨に覆われた空間。そして美しく咲き誇り兵隊の如くニ列に真っ直ぐに並ぶ一輪薔薇たち。全ての薔薇たちの花弁は同じ方向に向いていた。


 小さな子どものように膝を抱えて蹲る金髪の青年へと。


 異質な空間にセティーは周りを見るも、すぐに視線を彼に移した。静かに彼へと歩み寄る。

「何サボってんだ、クソ野生児」

 いつもなら兄弟喧嘩が始まる。血の繋がりの無い兄弟喧嘩が。だが、今の彼は塞ぎ込み、返事をする気配すら無い。

 よく見ると、彼の横には身に付けているはずの風の石のネックレスが置いてあった。

「おい! 緊急時以外に外すな! お前の魔力がダダ漏れしたら……」

 セティーは膝を付き、ネックレスを拾い上げる。


 だが、彼の巨大過ぎる魔力は全く外に漏れていなかったことに気付いた。


「ここは………」

 改めて薔薇の迷宮の中を見渡す。この空間が彼の魔力を防いでいるのか、とセティーは考えたが、何故ニックがこの場所を選んでいるのか、それだけは全く答えを見出だせなかった。

 あんなに喧嘩腰だったセティーだが眼の前で初めて彼が無力化していくのを見れば、喧嘩どころではない。

「…………ココのことで落ち込んでいるのか」

「…………」

「付き合うなと言えば良いだろう。お前の想いだって伝える権利はあるはずだ」

「………出来ねぇよ」

 膝を抱えながら彼はようやく返事をした。

「あいつが選んだんだ。俺が余計なことを言えばあいつはパニックになるだけだ」

「ココを一生守るのはお前だろう!?」

 思わず声を荒げるセティー。まるで自信喪失な彼を見てやれなかった。思わず胸ぐらを掴む。


 風の石が外れて本来の色に戻っているはずの彼の瞳が、まるで光が無かった。


「お前……ッ! 父上との約束を忘れたのか!? 一生力を合わせてココを守っていくと!」

「あんなの、一方的過ぎるだろ………初対面の子どもに誰かの一生を約束させるとか」

 今までの関係を全て否定するかのような発言に、セティーはさらに彼を強く掴み上げる。

「ぁあっ!? それがお前の本音か!? 今まで嫌々関わっていたのか!? 真夜中に鍛錬する私との勝負も、ココと三人で日差しと風を浴びながら屋根で談笑した時間も、お前にとっては重荷だったのか!?」

「それは」

「ならば何故私が国王暗殺するのを止めた!? 何故あの時ココを殺人者の妹にするなと全身全霊で説得をした!?」

「…………ッ」

「何故お前が苦しんでいる時に助けを求めないんだ!? お前と出会ってからな、ココと同じぐらいにお前のこともお前が思っている以上に大事なんだよ! 分かれ、馬鹿!」

 茨の隙間から透明な木漏れ日がうっすらと浮かび上がる。


 ―――――はははははっ!! 走ってつかまえてこいよ、セティー!

 

 セティーの頭の中で突然、子どもの笑い声が聞こえた………。遠い遠い記憶。薔薇の迷宮のように、空から隠れるように鬱蒼と木々が生え、湿った森の中……。


 ―――――いいなぁ。ココには兄ちゃんがいて。俺もセティーみたいな兄ちゃんほしかった。


 苔がびっしりと覆われた巨木の根っこで膝を抱えてどこか寂しそうに言う男の子の姿がうっすらと記憶に映し出される。


「お前はいつだって手の掛かる私の大事な弟だよ、ラ…………」


 自分の意思とは関係なく漏れた言葉。セティーはハッとし、途中で自分の言葉を遮った。

 眼の前にいる彼とは別の名を呼ぼうとしたから。


「…………俺、あいつが選んだことを何よりも大切にしてやりたいんだ。ココは自分に自信が無いから。親に決められた相手に守られるんじゃなくて、自分で決めた相手と人生を歩んだって良いじゃないか……。たとえ太陽の丘の魔女だとしても。一人の人間として、自分で選ぶ道を歩ませてやりてぇんだよ……」

「ニック……」

 本心をこぼし始めた彼をセティーはそっと静かに耳を傾けた。

「あいつが俺から離れないと、完全に自分の道を歩めない。だから、無理矢理にでも離れるしか俺がココを幸せにする方法は無いんだよ………!」

「…………お前の幸せはどうするんだよ。お前にだって、お前の人生があるだろ。人には言えない境遇があるにしても」

 ようやく二人の視線が合わさった。揺るがない風色の瞳が合わさり、金色の瞳が光を取り戻そうとする。

「………正直、あいつの近くに居るのがもうしんどい……」

 外された風の石のネックレスがドクンッと熱く響かせる。ココの心理と共鳴する石は、彼女の恋心が弾み揺らいでいるのを知らせた。

 セティーは彼に託した風の石が苦しみを与えていることに気付き、思わず彼を力強く抱き締めた。安心させるように包み込みながら。

「セティー…………お前、アンセクト国に行ってあの蟲王とこういうことに慣れたのか」

「シバクぞ、クソ野生児!」

 セティーが何度かアレーニ国王に指名されて二人きりになったのを特別な関係疑惑を抱いていたニックが言うと、セティーは本気で全力否定。だが、ハハッとセティーは笑い、

「確かにアンセクト国なら住みやすいかもな。魔力の高さに変に異質扱いしないし。一緒に移り住むか?」

 わしゃわしゃとニックの金髪を撫でたのだった。

「お前、簡単に国を出られないだろう。筆頭魔導士なんだから」

「王族や騎士団の奴等なんかに私を捕まえることなど不可能さ。私は風。お前と国から姿を消してみせるよ」

「かけおちみたいだな」

 ベチィィンッッ!!!!

 ニックの感想にセティーは全力でデコピン。

「痛っ………!?!?!?」

「お前は堂々と陽の下で生きろ。こんな薄暗い場所で閉じ籠もるよりも、猿みたいに飛び回れ、野生児」

 そして立ち上がって風の石のネックレスを差し出した。

「今は辛いかもしれないが、付けてくれ。お前が外で平穏な暮らしをするために」

 ニックはセティーに釣られてゆっくりと立ち上がる。茨の隙間からは燦々とした日差しが無数に射し込んだ。

「ああ」

 セティーからネックレスを受け取り、ニックは首に付けた。


 すると、彼はセティーに背を向けた。


 一輪の白き薔薇と対峙するかのように。


 白薔薇は花弁のみならず、茎も葉も白く、輝きを放っている。黒いシミなど一切無く、汚れのない異様な程美しく咲き誇りながら。


「わかってる。出る前にやることやっておくから」


 時折セティーも疑問には抱いていた。彼には直接聞いたことは無いが。


 ニックは人には聞けない声が聞こえるのではないか、と。

 

 彼は自身のカーゴパンツのポケットからある物を取り出した。


 光の竜が遺した種。


 そしてまたポケットに戻す。

「俺、行ってくる。用があるんだ、庭師に」

 風の石の効果で金色から茶色に変わった彼の瞳の色だが、確かに生命力を宿していた。

「ああ、行って来い」

 そしてセティーはニックを見送った。彼が歩み、しばらくしてからセティーも自身の足で薔薇の迷宮を後にする。


「…………この時代のナイト様は優秀ね。あの頃にもあなたのような存在が居てくれたら良かったんだけど」


 切なくこぼす白き薔薇の声はセティーの耳には届かない。




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