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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
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1−2

「おはようございます! シーツ回収しま〜す!」

 今日も騎士団の宿舎の掃除担当のココ。

 いつもなら寝ぼけていたり着替え途中のニックと些細な口喧嘩が始まる。いつもなら。

「……………」

 彼のベッドには彼の姿は無く、シーツも敷布団から外してあって畳まれていた。

「最近あいつと喧嘩でもしたの?」

 心配そうにニックと同室の騎士がココに尋ねる。

「いえ………」

 泣きそうに俯く彼女を見て騎士達は増々二人の関係性に心配。ニックの密かな想いを陰ながら彼等は気付いていたから…。


「私の彼女に何か?」


 コツンコツンと革靴を響かせ、背後から現れたのは騎士団団長アンティス。黒髪を頭頂部で結んで垂らし、切れ長の氷色の瞳が鋭く光る。

 そして、大きな手でココの肩を掴み、ぐっと自分へ引き寄せた。

「アンティス団長!?」

 騎士達が慌てて姿勢を正して立つ。

「ひゃああぁあああああっっ!?!?!?」

 一方ココは爆発寸前、いや爆発気味だった。

「ぁああぁあああアンティス様ぁぁ!?」

 顔を真っ赤に染め、長身のアンティスを見上げる。アンティスはクスリと笑い、

「おはよう、私の愛しいココ」

 ココの顎をくいっと指で上げ、幼さが残る彼女の唇を自分へと向けさせた。そして、彼は屈み、彼女との唇との距離を埋めようとする………が

「わわわわわわわ私仕事がありますので〜〜〜っっ!!!!」

 疾風の速さでシーツを回収し、部屋から走って出て行ったのだった。

 恋人になっても逃げ足の速さは健在のようだ。

「あ、アンティス団長……???」

 眼の前で起きた展開に付いて行けない騎士達。遠慮がちにアンティスを見つめると、アンティスは手で口元を隠しているが、頬は赤く染まっている。

「………照れる顔もいいな」

 そう呟くとくるっと部屋の出口に身体を向け、何事も無かったかのように姿を消したのだった。

「もしかしてニックがココちゃんを避けるのって……」

「間違いないな。今度あいつと酒でも飲んでやるか」

 騎士達はニック不在のベッドを見つめ、自身の支度を始めるのだった。訓練所に居るであろうニックにすぐに会いに行くために。




「ココ」

「ふぁあいっっっ!?!?!?」

 騎士団の宿舎の裏でゴシゴシと大きなタライでシーツを洗うココ。アンティスに背後から声をかけられ、肩がびくんっ!と跳ね上がる。

「行ってくる」

 そしてココを包み込むように背後から彼女を抱き締めた。

「いっ、行ってらっしゃいませっっっ」

 ドクンドクンドクンドクンドクンッッッ!

 ココの心臓は落ち着きなく、ココは全身の熱さに溶けてしまいそうだった。甘くではなく、息苦しさで。

「告白を受け入れてくれて、夢のようだ」

 ココを抱き締める力が少し強くなる。離したくないと言わんばかりに。

「アンティス様……私もですよ…っ」

「ココ、好きだ。愛してる」

「私も……アンティス様のこと……本当にずっと好きで……」

 アンティスの吐息がココの頬にかかる。顔が近い。異性と付き合った経験がないココでも、彼がキスを求めていることは察した。

 けれど、

「あの………っ」

 逃げてしまいたい。

 ココの行動パターンを理解したアンティスはさらにぐっと彼女を強く抱き締める。

「逃げないで……」

 ココのふわふわな髪がアンティスの艷やかな髪と絡まる。アンティスに背後から抱き寄せられココの背中は彼に密着し、温もりがココの心臓の鼓動をさらに高めていった。


 触れる。


 唇が重なろうとしたその時、


 ビュオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!

 二人の僅かな隙間を鋭利な風が上から降り落ち、さらに風はアンティスを荒々しく押し、ココから引き離した。

「今のは!?」

 不自然な風。魔法によるものだと確信したアンティスはすぐに立ち上がり、ココを守るようにして彼女に背を向け、上を見上げた。

「セティー!」

 一方ココは喜々としてセティーの名を呼んだ。だがアンティスは何故単なるメイドが筆頭魔導士の名を親しげに呼ぶのか、この一瞬で心が氷のように固くなりかけていた。他の男の名を呼ぶ彼女の瞳は日を浴びて輝きを増していたからだ。

 宙に浮いていたセティーはアンティスの前に着地。

「権力乱用で無理矢理彼女に迫ったのか」

 セティーのマントがピリピリと張る。彼の怒りが空気となり振動が伝わっているかのように。

「違う。私達は騎士とメイドの関係だけではない。付き合っている」

「は!?」

 さらにセティーのマントが小刻みに震えて緊張感が増す。

「あのね、セティー。実は付き合うことになって…」

 何故彼には敬称を付けずに呼ぶ、アンティスはココがセティーを呼ぶ度に心が凍り、セティーに睨みつかせた。

「どういうことだ!?」

「彼女と私の言った通りです。私達は互いに慕い合っています。セティー殿にそんなに驚かれる筋合いは無いかと」

「違います、アンティス様っ! セティーも私にとってとても大切な人で……だからセティーも心配してくれていて」

「え?」

 大切な人と聞き、アンティスの心は増々凍り付き、彼の周りから冷気が漂い始める。足元からピキピキと霜が立つほどに。

「アンティス様!? だ、だめですっ! 植物たちが苦しんでますっ!」

 植物の声が聞こえるココは慌てて膝を付き、手で霜柱を懸命に溶かそうとした。そしてセティーもしゃがみ、彼女を手伝う。

「ココ…?」

 愛する者と筆頭魔導士が親密な関係であることが目に見えて、アンティスの心は増々震えるばかりだった。

「何故だ……私よりもセティー殿を慕っているのか!?」

 心苦しそうにするアンティスを見上げてココはハッとした。


 ヴィックに言われた言葉がようやく理解出来た。


 今彼の目には、自分以外の異性と親しげにしていると映っているのだ、と。


「アンティス様……実は私…………」

 ココは泣きそうな顔でゆっくりと立ち上がった。その様子を見たセティーが途端に不安そうに見つめる。

「セティーとは、血の繋がった兄妹なんです」

「え…」

「ココッ!?」

 セティーが立ち、ココの肩をぐっと掴む。

「彼女は……つまり、魔力持ち……?」

 ココとセティーは髪の色は違えど、瞳は同じ風色。兄妹と聞き、アンティスは驚きを隠せないが、瞳を見れば疑うことが出来なかった。

 セティーが庇うようにしてココの前に入る。

「セティー、アンティス様とお付き合いするから……隠し事はしない方が良いと思うの…っ」

「だけどココ!」

「セティー……! アンティス様なら心配ないよ」

 セティーが止めようとするが、ココは怯えながらもセティーの制止に逆らう。

 今まで彼女に反抗をされたことがないセティーは戸惑い、苛つき、彼らしくなく冷静さを欠きそうになっていた。

 そして決定的な言葉が放たれる。

「お義兄さん。彼女のことは必ず守りますので」

 アンティスに勝手に義兄呼ばわりされ、セティーの頭からブチィイイ! と何かがキレた。

「誰がテメェの兄だゴラァアア!!!!!」

 途端に旋風が巻き上がり、ココでさえも恐怖に慄いて思わずアンティスに抱きついてしまう。

「二度と俺を気色悪い呼び方をするな! わかったか!」

 これ以上アンティスの顔を見たくないと言わんばなりにセティーは飛んでその場を去ってしまった。


「………俺には弟はたった一人だけだよ」


 ココには届かない兄心が風となり、消えていく。




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