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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第五章 誰がために
157/198

8−4

「さあさあ、今宵は無礼講! 皆の者、勝利に乾杯しよう!」

 アンセクト国の王城にて立食パーティー。アレスフレイム達も参加し、騎士団団長のアンティスはアンセクト国の魔導士と交流しながら食事を楽しんでいる。

 宴を彩る音楽、そして舞。華やかな空気の中、アレスフレイムは食事に手を付けず、バルコニーに出て夜風を浴びていた。ノインが心配そうに彼の後に付く。

「俺のことは気にするな」

 ノインに背を向けたまま、少し背中が丸くなったアレスフレイムが言う。ノインは首を横に振り

「私が側に居たいだけです」

 それから二人は言葉も交わさずに静寂な夜を過ごした。


「ありゃ〜、大丈夫かネェ」

 シャンパングラスを片手に持ちながらバルコニーの様子を遠目から見るアレーニ。その横にはセティーが居る。

 セティーも本音はすぐにでも帰国をしたい。

 ココに何かあったのでは無いかと気が気でなかった、兄として。ニックのことは信頼しているが、それでもこの目で妹の無事を確かめたかった。

「じゃ、そろそろソレ、返してもらってもイイカナ」

 指輪のことである。蟲に魔法を唱えることが出来る特別な指輪を託され、セティーはすんなりと指から外し、アレーニに返した。

「少しはこれが役に立てたカナ」

「そうですね」

「ま、彼のことだから竜を味方に付けて乗ったのカナ」

「…………」

 ニックのことは不必要に誰かに話したくはない。セティーはアレーニが味方だとわかってはいても、絶対にニックの力について話そうとはせず、アレーニの質問には答えずに食事を摘んだ。

「彼が先に帰っちゃって寂しいヨ。本当は君と彼と3人でお喋りでもしたいと思ってたカラ」

「………多分、あいつはそんなこと望まない」

「………うん」

「平穏な暮らし、それが彼等のあるべき人生なので」

 冷静に仲間を守るセティーの志にアレーニは穏やかにフッと笑い、

「そっか。じゃあ尚更今回の事には感謝ダネ。よろしく伝えておいてヨ」

「わかりました」

 二人は食事を楽しむのだった。


「ハニビ様」

 薄暗い地下牢、そこに佇むのはハニビ。マリクに声をかけられ、咄嗟に目を手で拭った。

「何よ。何か用?」

「ええ、ハニビ様の様子を見に来たんですよ。宴会にいらっしゃらなかったので、ここかと思いましてね」

 ニコニコと微笑みながら彼女に近寄るマリクだが、ハニビはキッと彼を睨みつける。

「放っておいて!」

 彼女が立っている眼の前の牢屋は敵の遺体保管所。その中に嘗ての側近、シャドも居た。

「まさかこんな形で別れが来てしまうとはですね」

「彼は私を…国を裏切った! 当然の報いだわ」

「けれど、寂しいのでしょう?」

「っ!?」

 また瞳に涙が溜まりそうになり、ハニビはもう一度指で拭う。

「………彼は王族の側近。こんな事が国民に知られたら、国民は不安になったり王族への信頼を失うわ。悲しんでる場合じゃない。人知れず葬ることを考えないと。お兄様に迷惑はかけられない」

 おやおや、あんなにワガママ娘だったのが急成長しましたね、とマリクは意外そうな顔でハニビを見つめた。

「だから最期にシャドの身体を消滅させるのは私の役目。彼の本性を見抜けなかった責任があるわ」

 ハニビは牢屋に横たわるシャドに手を向けた。小さく震えながら…。

「では、あなたの責任を僕が代理で全うしましょう」

 マリクに柔らかな声で提案され、

「………イヤよ。許さないわ。彼は私の側近よ!」

 ハニビは抗うように腕をピンっと伸ばした。そして手の平をあらん限り広げる。灼熱の太陽のように。


熱殺蜂球(バーニングビーボール)!」


 無数の小さな黄金色の球が飛ぶように放たれ、シャドの身体を覆い尽くし、震わせながら熱を上げていく。彼の身体は驚異的な熱で溶けていき、黄金色の球は役目を終えると火花のように散っていった。

「ではせめて、彼が居た床を水で洗いましょう」

 見守っていたマリクがそっと指で宙を描くと、中に水が現れ踊るようにして床が磨かれていく。

「………………私がワガママ過ぎたから嫌になったのかな…」

 王族としての緊張が解けたのか、途端に年相応の少女のように悲しむハニビ。

「ハニビ様」

 そっと彼女を包み込むようにして抱き締めるシャド。

「ちょっとやめてよ」

「こういう時ぐらい甘えたらどうですか」

「イーヤー! 気安く触らないで変態!」

 だがハニビはツンツンと反抗心剥き出しでシャドの腕を振り解き、地下牢を出る階段を上り始めた。

「ほら、パーティーに行くわよ! 二人が居ないって変な噂でも立たれたら最悪なんだから!」

 カンカンと靴音を豪快に響かせながら、ハニビは上っていく。光が見える地上へと。

「…………寧ろ噂になって欲しいくらいですね。貴女のご成長を僕は生涯見ていきたいのですから」

 女を愛おしむ男の微笑を浮かべ、マリクも後に続くのだった。


「アレスフレイム」

 彼の気落ちした様子を見兼ねてバルコニーにやってきたアレーニ。ノインが最敬礼で頭を下げる。

「何だ。貴様は国王だから中に居ないとダメだろ」

「そんなことはないさ。中に必要なのは酒と料理と音楽。ボクは適当に出入りしておけば十分」

 アレーニがアレスフレイムの横に立つ。夜風で彼の黄色の長い髪が揺れる。

「ボクさ、君に、死ぬなよアレーニって言われて、正直、この歳で友を持って良かったなぁって思えたんだよ」

 ふとアレスフレイムがアレーニの横顔に視線を向けた。

「君ってさ、貴様とかお前とか虫キングとかで呼んで滅多に人を名前で呼んでくれないじゃない? リリーナターシャにはマイハニーって呼んでるのかもしれないけどさ」

「あ?」

 自覚があることと見に覚えのないことの両方を同時に言われ、アレスフレイムは怪訝そうな声を発した。普段の彼の声色で。

「だからかな、君に名前を呼ばれただけで、心を許して貰えたんだって無性に嬉しくなったよ」

 いつもの悪戯な笑みとは違い、月夜に映える美しい中性的な笑み。

「このままゲルーを崩しても、ゲルーが押さえていたからこそ成り立っていた部分的な平和がどこかで狂う事もあるかもしれない。でもボクは約束をするよ。世界がどんな変化を見せてもボクは君の味方だよ」

「ハッ。ロナールがアンセクトに喧嘩を吹っかけてもか」

「その時はボクが君を助ける。ロナールが戦争をけしかける事になるとしたら、君の身に何か起きたとしか考えられないだろ?」

 君は敵相手でも人を殺せばこんなにも気落ちする繊細な優しさの持ち主なんだからね、とアレーニは彼を安心させるように肩を抱いた。

「………貴様のことだ、ゲルーを鎮圧した後の政治も考えているのだろう」

「そりゃあね♪ 流石にまだ誰にも言えないケド」

「期待している。お前は変人だが平和主義者だからな」

 アレスフレイムなりにアレーニ本人に褒め、アレーニも嬉しさで胸がいっぱいになり、

「前髪クン! シャンパングラス持ってきて、3つ!」

「畏まりました」

 ノインは静かに会場に入って行った。

「お前さ、ノインに前髪前髪って呼ぶな。失礼だろ」

「えっ、そう? 彼のトレードマークじゃないの? あ、もしかして片目に障害があるとか……」

「そういうわけじゃない。小さい頃に妹に髪いじられて、こうした方がカッコいいからそうしてくれって言われて従順に守っているんだよ、兄として」

「そっか、妹って何歳になっても可愛いしね。彼、貴族じゃなくて地方出身って本人から聞いたし、努力家でありながら家族想いなんだね。優秀な側近だ」

 そんな会話をしている内にノインがシャンパングラスをお盆に乗せて戻ってきた。

「お待たせ致しました」

「有難う! 前髪お兄ちゃん!」

「はい?」

 確かに前髪クンとは呼ばなくはなったが、

「アレェェェニ〜〜〜!!!!」

 アレスフレイムはメラメラと怒りの炎を上げ、たちまち荒れるフレイム化した。

「はははっ! ほらほら、ボクたち3人で乾杯をしよう!」

「出来るかー!!!!」

 茶化すアレーニに怒るアレスフレイム、そして困るノイン。そしてノインはふと気がつく、普段の主の姿に戻ったのだと。

 やはり、アンセクトの若き王は切れ者だ、と。


 


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