8-3
アレスフレイム達がアンセクト城に戻る頃には、既にマリクやセティー達も帰城していた。
「お兄様!」
「お帰りなさいませ、陛下」
ハニビとマリクが国王アレーニを出迎える。
「ただいま。至急人数分の湯浴みを用意してくれないカナ」
「畏まりました」
アレーニに言われるとマリクは魔導士たちを呼び、彼等に指示を出していた。たちまち使用人達がやってきて、
「皆様、お部屋にご案内します」
とアレスフレイム達を客室へと案内をした。一方でアレーニは監獄の様子を見に行くべく、アレスフレイム達とは別行動を取った。
客室に向かう際、アレスフレイム達にセティーも合流し、長い廊下を歩く。
「無事で良かった。あの騎士はどうした」
セティーの顔を見た途端、アレスフレイムがニックの所在を確認。
「アレーニ様のお姿が見えなくなってから、すぐにロナールへ魔法で転送致しました」
「正しい判断だ。命は無駄にしてはならないからな。アレーニに何か言われたら直ちに俺を呼ぶように」
「承知しました」
ま、本当は一緒に戦ってから戻ったんだけど、と心の中で真実を呟きながらもセティーは清々しい笑みを浮かべていた。
「お待たせ致しました。お部屋はお一人ずつご用意しております。こちらから4室どうぞお使い下さい。浴室もそれぞれ完備しております。女性の方はもう少し離れたところにお部屋をご用意しておりますので、少々お待ち下さい」
使用人がレジウムの女に説明をすると、彼女は少し苛立った顔立ちになる。
「湯浴みを軽くしたらすぐに国に戻りたい。至急案内していただけるかしら」
「え〜すぐに帰っちゃうのォ!? ご馳走用意してるのに〜!」
突然、背後に姿を現したアレーニ。
「国を離れるのは最小限に留めたいので」
アレーニはお調子者ではあるが正式な国王ではある。国王相手にも敬語も使わずに静かではあるが堂々と振る舞う謎の女にアレスフレイム達でさえも少し緊張しながら二人の様子を見ている。
「アレアレ? あなたの国はあなた一人だけが居なくなっただけで脆くなっちゃうの?」
アレーニが悪戯な笑みを浮かべながらわざと嫌味を言うと、レジウムの女はむっとした表情に変化した。
「ふん、国への責任よ。どっかの誰かと違って私はふらふら他所で油を売ったりしないわ」
レジウムの女はパッと見で貴族にも騎士にも見えない。一般人らしき女が他国の国王相手にも啖呵を切る、国際問題にでも発展しかねない光景だ。
「へぇ〜〜〜〜、じゃあ国王サマに伝えて。ボクは油売りだから国境整備からイチ抜けしま〜すって」
「おい………!」
意地になって言い過ぎだとアレスフレイムが止めようとしたが、
「伝えてやろう。世界各国にも公表し、アンセクト国が世界平和の裏切り者たという目で見られても構わないならな」
相変わらず全く引き下がらないレジウムの女の強気な反論にアレスフレイムは止めるのをやめてしまう。
「コワイコワイ! レジちゃんってば〜!」
「変な呼び方をするな!」
レジちゃん、と聞き、彼女が「レジウム」という名ではないかとアレスフレイム達は察し、
「お前、王族か?」
と女に訊ねた。するとレジウムの女は腕を組んで目を細め、
「ええ、そうよ」
と答えた。
確かに、何処となくレジウム国王にも似ている。それに光属性の魔法も使えるなら尚更納得だ。レジウム国王含む、レジウム国の王族は光属性魔法の使い手。レジウム国王と年齢も近そうだし、妹か姉だろうかとアレスフレイム達は推測した。
「通りで。アレーニ相手にも怯まないし、レジウム国王にも似ている」
「えっらそ〜な態度とかネ」
アレーニがニコニコしながら言い難いことを放つ。
だが、アレスフレイムもレジウム国王の態度のデカさには以前腹が立ったこともあり、
「レジウム国王程ではない」
と答えた。すると途端に腹を抱えて「アッハハハハハ!!!!」と大声で笑い上げたアレーニ。レジウムの女は肩をふるふると震わせている。
「喧しい! 私には時間が無いから湯浴みを使わせてもらう!」
するとレジウムの女はアレスフレイム達に用意された客室の扉を開き、中へと入ってしまった。
「…………自国の王を悪く言われるのは不快かもしれませんね」
扉の外側でアンティスが小声で言うも、
「自国の王ネ、そうネ……ッ」
クックックとアレーニは笑い続けている。
「レジちゃ〜ん、出たらボクがお城まで送ってあげる〜! お見送りはボクとアレスフレイムと前髪クンだけにしておくからイイデショ〜?」
扉に向かって大声で中に居るレジウムの女に声をかけるが返事は無い。
「聞いてる? レジちゃーん!」
「聞こえているからその呼び方やめろ! わかったから!」
明らかに不機嫌そうな声色の返事が中から返ってきた。
まるで化けの皮が剥がれたかのように、アレーニへの言葉遣いが乱雑になっていく。アレスフレイム達は呆然としたが、ノインがハッとして
「アレスフレイム様、先にお入り下さい。自分は後からで結構ですので」
自分に用意された客室を主人に譲った。
「ああ………」
敵にとどめを刺したアレスフレイムは返り血が付着している。ノインの気遣いに遠慮せず疲れた様子で客室の中へと入って行った。
「そうネェ……彼は本当は戦争に向いてないかもネ」
アレスフレイムが扉を閉めるとアレーニが気の毒そうにそう呟く。だがそれも束の間で、
「ささっ! 遠慮なく皆一人一部屋使ってくれたまえ! 良かったらボクが背中を洗ってあげるヨ!」
「結構です」
セティーが速攻で断って部屋に入るとアンティスも入り、ノインはサッとアレスフレイムが入った扉の前に立った。
「ハハハッ、皆ごゆっくり〜♪」
そう言うと、アレーニはまた姿を消して魔導士やマリク達に褒めに向かったのだった、王として。
「ホントにもう帰っちゃうのぉ?」
「何度も言っただろう。私は国を不在にするわけにはいかない」
湯浴みを手短に終えたレジウムの女を送るべくアンセクト国の執務室にてアレーニ、アレスフレイム、ノイン、そしてレジウムの女が集まっている。
「戦力に加わった事に感謝する。国王にもよろしく伝えて欲しい」
「わかったわ」
アレスフレイムに感謝されるとレジウムの女はホッとしたような笑みをした。
「また近々お話しにそっちに行くからヨロシク〜♪」
だが、アレーニに来訪宣告されると露骨に嫌そうな顔に変化した。
「ちょっと〜、嫌そうにしないで下さいヨ」
「お前は昔からマイペース過ぎる。次は前触れもなく突然来たりするな」
「貴女はレジウム国王のご兄妹か。怪訝そうな顔がよく似ている」
アレスフレイムに言われるとレジウムの女は口を開いたまま黙ってしまい、一方アレーニは「ぶくくくくっ」と堪えるように笑っている。何故そのような反応をされるのかアレスフレイムは理解出来ず、思わず眉間に皺を寄せた。
レジウムの女は「はぁ」とため息をつくと
「…………変身」
突然魔法を唱え、白き霧に包まれた。
霧が晴れると姿を現した者を見てアレスフレイムとノインは驚きのあまりに目を見開く。
「…………え?」
レジウムの女が変身したのは、白髪で色白の背丈の高い男性、レジウム国王だった。
「この姿は借り染め。本来は私は女。光属性魔法は太陽の丘の魔女の特性。世界中に私が光属性魔法を使えることが知れ渡り過ぎた。中級魔法しか使えないことにして、太陽の丘の魔女の血を引くことを隠すために男として生きている」
アレスフレイムとノインは何も返事が出来ずにいる。レジウム国王はやれやれとした雰囲気で鼻から息を吐き、真っ直ぐに彼等を見つめた。
「我々の遠き祖先の敵討ち、有難う。ロナールの王弟よ。いつかの私の無礼な態度は今回ので帳消しに出来たかしら」
レジウム国王はアレスフレイム達の返事を聞く前に
「転移魔法」
静かにアンセクト国から姿を消したのだった。




