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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第五章 誰がために
155/198

8−2

 リリーナの部屋に転移魔法で戻ったニック。

「おーい、起きられるか?」

 リリーナに呼びかけるがまるで無反応。変わらず唇はカサカサと乾いていて水分が足りていない。

「…………仕方ないか」

 ニックはそっと葉のコップを小机に置き、窓へ近付くとカーテンをザッと閉めた。植物達から一切見られないようにするために。

 そしてまたコップを持つと、

「人命救助だ、悪く思うなよ」

 口の中に聖水を含ませ、リリーナの上半身を少し起こして彼の口から彼女の口へと注いでいった。


 ―――――唇に暖かく柔らかい感触がある。彼が戻って来たのかしら。


 倒れている最中、リリーナは薄っすらとある人物の温もりを思い出していた。唇と唇が交わる、特別な挨拶を。


「…………アレス……フレイム………様………」


 彼女の瞳が少しずつ開く。毎朝見る天井、そして人影が映る。


 赤くない。


 アレスフレイムは髪も瞳も燃えるように赤い。だが彼を象徴とする色が視界に映っていない。

「目を覚ましたか」

 声も違う。彼の声はもう少し低いはず。リリーナはハッとするように一気に目を見開いた。

「あなた…………っ!?」

 顔が近い。しかも相手はニック。リリーナが珍しく明らかに動揺を見せるとニックは身体を離してそっとリリーナの身体をベッドに寝かし

「気を失って少し脱水症状を起こしていた」

 それだけ言うと立ち上がった。

「裏庭にある水置き場からもらっといたぞ。ここに置いといたから後でもう少し飲んだ方が良いと思う」

「………………」

 返事もせず呆然とするリリーナを見てニックは罰が悪そうに頭をポリポリと掻く。

「あの………下心とか一切無いから。ただ水分を摂らせたかっただけだし。でも……気を悪くしたらごめんな。防御魔法、サンキュ。ゆっくり休んでくれ」

 そう言うとニックは転移魔法で姿を消したのだった。


 そっと唇に指を当てる。

 彼以外の唇に触れられてしまった。

 頭ではわかっている。自分の命を救ってくれたのだ、と。ニックには感謝すべきで非難する理由なんて無い。


 ―――――けれど、けれど、張り裂けそうな胸の苦しみは何と呼べばいいのだろう。


 罪悪感、嫌悪感、後悔、悲壮………負の感情が混ざって名も無き感情が胸につっかえる。


 何故だろう、彼に会いたいのに会わせる顔が無いとさえ思えてくる。


 今まで抱いたことのない感情の渦にリリーナは胸元を手で抑えて苦しそうにした。

 この感情はフローラによるものなのか、それとも…。




「あ、ニック!」

 ニックの魔力を察してココが後追いするように人気のない木々の間を歩く。

「リリーナさんはもう大丈夫なの!?」

「俺に近寄んな」

「え」

 ニックは背を向けたまま。戦場から戻って来てからまともにココと向かい合っていない。

「ハンカチ、団長にも渡していただろ。むしろそっちが本命か」

「それは……」

 返答に苦しむココ。ニックが言った通りで、ニックにもハンカチはあげたがそもそもアンティスにだけ渡すつもりだった贈り物。ニックの背中に言い訳も出来ない。

「おめでとさん。団長、ハンカチに口付けをしていたよ。お前等、両想いってわけだ」

 ハッと捨てるように笑うニック。彼の表情が見えないココは淋しげに瞳を潤ませていた。 

「ねぇニック、こっちを向いてよ」

「いい加減、俺を自由にしてくれよ! お前のお守りはこれからは団長にさせりゃいいだろ!」

「お守りって………そんな風に思っていたの…?」

 今までもニックとココは口喧嘩ならしょっちゅうあった。けれども、互いを拒絶したことなど一度も無い。

「所詮、お前の親父の命令だったからな」

 冷たい言葉。ココの丸い瞳からはぽろぽろぽろぽろと涙が止まらなかった。

 やがて彼女の視界にはニックが滲み、その姿さえもどこかへ消えてしまったのだった。

 



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