7−6
力尽きたカルーロと竜をアレーニが指で送還円を描き、監獄へと送った。
「こっちは無事に片付いたね」
ふっと肩の荷が下り、ヤンマから草原に降り立つとアレーニは太陽の丘の民の力を静め、元の瞳の色に戻していく。同じくレジウムの女も力を静めた。
「それにしても、いいモノ持ってるネェ。彼女がくれたの? 超万能アイテムを」
アレーニが羨ましそうにアレスフレイムの腰に付けられた水筒を眺めている。水筒の中身は聖水で、リリーナが魔法で永遠に滾々と湧き出るように魔法で細工済み。リリーナの力が加わった物だと察したアレーニは片想いの相手に贈り物をされて多少なりとも嫉妬心を覚えている。
「ああ、そうだ」
アレスフレイムもアレスフレイムで露骨に「ハッ」と嘲笑を浮かべた。嫌な予感がする、とノインがヤンマから降りながら胃をキリキリとし始めている。
「へぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
アレーニは眉をひくひくとさせながら笑顔で応えた。
「俺が要求する訳でも無く、彼女が魔法をかけてくれたんだ」
「ほぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「勿論お礼は唇で返したぞ」
「はぁああぁああぁあぁあぁああ」
アレーニが蜘蛛の糸を手繰らせ、ギロチンでも作ろうかと笑顔を強張らせた。
「アレスフレイム様、ご自慢も程々に」
思わず間に入って止めようとするのはノイン。
「はいはい、イイデスネー。自分の為に彼女から贈り物をいただけて」
「ハッ、あの女が贈り物で聖水を託すわけないだろう」
まだヤンマから降りないアレスフレイム。水筒の蓋を開け、
「あいつは庭師だ。生粋の土いじりしか頭に無いヤツだよ」
軽くヤンマを叩き、上昇し、草原一帯を飛び回らせる。
水撒きをしながら。
戦いで傷付いた大地を癒やすために。恵みの水を存分に降り注ぐ。聖水を飲んだ土は柔らかくなり、息を吸い、大地の薫りを放ちながら涼し気な空気を解き放つ。草は濡れ傾くも、青々しさを取り戻していく。
蟲たちは突然の散水に葉の下に身を潜めた。だが、乾いた土や葉に瑞々しい生命力が取り戻すかと思えば、再び晴れ渡った時に唄おうと心待ちにもなる。
ヤンマの後をカジュの葉が追いかける。
「カジュ」
「おう、何だ」
「リリーナに伝えてくれ。貴様の代わりに水撒きをしておくぞ、と」
リリーナは見ていた。カジュの葉を通じて遠い地から。
「ありがとう、カジュ、白薔薇姫。もう見せなくて大丈夫よ」
時には喧嘩もするけれど、自分を理解してくれる心優しき人。リリーナは聖水を水筒に宿した意図を口には出さなかったが、理解し行動してくれたアレスフレイムの姿を見てほんのりと唇を結び、微笑を浮かべた。
やがてカジュと白薔薇姫の魔力による異国の地の情景が見えなくなるとリリーナは安心したのか、
「リリーナさんっ!? リリーナさん!!!」
ドサッと膝から崩れ落ち、意識を失ってしまった。ココの声にも何も応えずに。
「ニック!!!」
頭から海へと垂直落下していくニックは何やら片手を下に伸ばしていた。手の平を広げながら。白竜が消えた光の中を通り抜くと手をぎゅっと握り締めたのだった。
「風浮!!!」
セティーが風属性の魔法で急いでニックを浮かせ、岸壁の上、地上へ彼を降ろし、その後セティー自身も降りて行く。
「お前はぁあああ!! 飛べないくせに落ちるとか、何度目だ!? 少しは学習能力を持て、野生児!!」
「なぁセティー、これ何だろう」
「はぁ?」
セティーの大説教もまるで無視。ニックはしゃがみながら手の平にある物を眺めていた。白くていびつだが丸っこい物が2つ。
「クルミ……にしては小さいし色も白いか」
「どうしたんですか」
マリクとハニビも合流。ニックは少し躊躇ったが座りながら
「これ、白竜の消えたところから出てきたんだ」
手の平をマリクに見せた。
「おやおや……」
「あんたよくそんなちっこいの見つけたわね!? あんな体勢で普通見つけられないわよ!」
「……………」
ハニビに言われて思わずぎゅっと握り締める。彼には知られたくないことが多過ぎた。
「種……のように見えましたが」
マリクが柔和な笑顔でニックを見る。ニックは自分だけに見えるように僅かに手の平を広げた。
「種か………」
「よろしければ我が国の研究所に調査依頼出来ますよ?」
「いや、いい」
ニックはカーゴパンツのポケットの奥に種らしき物を仕舞い込み、立ち上がった。
「植物のことなら任せられる知り合いが一人居る」
「あの子のことか?」
セティーが怪訝そうにニックに聞いた。彼の言うあの子とはココのことだ。確かにココは太陽の丘の魔女で植物と会話が出来るが…。
「庭師の方」
「重要な物かもしれないんだぞ。最近知り合ったばかりの人間に信頼なんか」
「セティー、さっきの緑っぽい防御魔法、あれ、ぜってー庭師がやってくれたから」
「!?」
先程まで覆っていたライトグリーンとローズピンクの光の鎧、あれが無ければ敗北していたかもしれない魔法を異国から「庭師」が飛ばしたと聞き、一同は驚きを隠せずにいた。
「だから心配すんな」
「……………」
聞きたいことは山程あるが、他国の人間がいる手前、セティーはそれ以上何も言わない。
「ま、あの庭師の女ならわかる気がする。ちょっと普通じゃないから………」
以前リリーナに会ったこともあるハニビ。前回ロナールへ行き自分の過ちを思い出し、渋い顔をしている。
「……………」
普通じゃない。ニックも自身に隠し事が多く、普通ではないことは自覚はしているからこそリリーナについても他人事では無い。だが、誰かに「普通じゃない」と言われれば、リリーナの事とはいえ、心にわだかまりが残る。
「ひとまず城へ戻りましょう。風呂にでも入ってゆっくりしたいですし」
空気を察してかマリクが明るい声で提案する。
「それにアレーニ陛下達がお戻りになる前に僕達が先に帰城しないとマズイですからね」
「どうして?」
「命令に背いて彼を無断で連れ出したことがバレて大目玉を食らいそうですから」
「別に良いじゃないの。本当は魔力無しじゃなかったんだから。強い魔力の持ち主だって知って喜ばない人なんていないでしょ!」
「………………」
「頼む、ニックの事は誰にも言わないで欲しい」
「どうしてよ」
「戦いに関わらない平穏な暮らしをして欲しいからです」
食い下がらないハニビに納得するまで説得を続けるのはセティー。
「ハニビ様、人には誰だって隠し事のひとつやふたつ、あるってもんですよ」
「でも、国際的にも彼は重要な戦力よ!」
「おやおや、ロナールでのご失態、僕が知らないとでも?」
「っ!?!?」
それはハニビが禁断の魔法をアレスフレイムにつかったこと。魅力の魔法を使い、アレスフレイムの恋情を無理矢理ハニビに向かせたのだ。
「バラしたら国際的な大問題ですよねぇ」
「わかった! わかったわよ! 黙ってればいいんでしょ!」
ぶんぷんと拗ねるハニビだが、マリクはそっとニックとセティーの方へ顔を向かせてウインクをした。
二人がお礼を言おうとしたが
「ハニビ様のお口を塞ぐことも僕に課せられた仕事ですから。ぜひアレーニ様によろしくお伝え下さいね。給料爆上がりになる材料になりますので。さ、戻りますよ」
マリクの包み隠さない金欲に言葉を失ってしまった。
周囲転送魔法で移動する中、ニックはそっとポケットの上から手を優しく覆う。
大事に大事に守っていくよ、と手の平から温もりを伝えるように。




