7−3
「我を失っている…?」
カジュと白薔薇姫経由で戦場の光景を見ているリリーナが次に気付いたのはニックの異変。
「そう、理由はあなたの中の人が暴れそうだから言えないけれどね」
「…………」
また太陽の丘の民絡みの残酷な過去だろう。リリーナはそっと自身の胸元に手を添えてまるでフローラを安心させた。
―――――彼に声を届けられるのは私ではない。
リリーナは横で狼狽えるココの方を向き、
「今、あなたの教会からのご友人が我を忘れて無謀なことをしているの。このままでは危険だわ」
落ち着いた声で現状を簡単に伝えた。
「ニックが!?」
危険だと聞き、ココはさらに目を潤ませる。
「どうしよう……うそですよね、ニック、絶対に帰ってきてくれますよね…っ」
「あなたが連れ戻すのよ、ココ」
「私が!? 無理ですっ、そんなの」
「彼が死んでもいいの!?」
珍しく語気を強めたリリーナ。ココは目を真ん丸に開き、目尻にたっぷりと涙を溜めた。
「だって……だって………っ」
「あなただけが、どんなに彼と離れていても直接語りかけることが出来るはずよ」
スッ、とリリーナは人差し指をココの胸元に向ける。服の下に潜む風色の宝石。同じ宝石のネックレスを持つニックとココは、いつもココに危険が及んだ際に即座にニックが駆けつけてくれた。
「白薔薇姫、ココに彼が居る方だけ見せることは出来るかしら」
「構わないわよ」
白薔薇姫が葉をココの方へ向ける。思わず彼女は後退りし、身体を少し反らしてしまった。
「ココ」
「だって、私…………」
怯える彼女をまるで無視するかのように白薔薇姫が葉を光らせ、彼女の頭の中に現状を映し出していく。
「ニック止まれぇえええ!!!」
荒風の中、セティーはニックを追いつつも自身の守ることで精一杯だった。近付こうとしても黒い球体が放つレーザービームに邪魔される。方やニックはもはやボロボロの状態だった。レーザービームやモーサの攻撃を避けてはいるが掠れていて、肩や膝など衣服は破れて血が流れている。
けれども、乱雑に落ちる雷は止まない。
雷の鞭を操りながらニックは闇雲にモーサを捉えようとした。鞭の先は首より上を狙う。即座に命を落とそうとするかのように。
「ニック……………!?」
今まで彼のこんな殺意に取り憑かれた姿など見たことがない。ココは恐る恐る彼の名を呼んだ。
「死ね! くたばれ!!!」
ニックの鞭がモーサの首を狙う。彼の瞳は瞬き一つせず、憎き相手を見逃さない。
「ニック、ニック………っ!」
きゅっ…………とココは風色の石を握り締めた。手の中で石が燃えているかのように熱い。
「許さない!! 許さない!!!!」
「ニック危ない!!!」
黒い球体に彼が囲まれた。赤いレンズが同時に輝き出す。
「ニックっっ!!!!」
ココの大きな瞳から大粒の涙が零れ落ちた。ぴちょんと指の隙間に落ち、指から石へと潤していく。
「…………ココ…」
ニックから憎悪が浄化。彼女の声が届き、ぴたりと乱雑に落ちる雷が止んだ。
しかし、
「ニック避けろ!!!!」
我を戻したが、同時に黒い球体に狙いを定められていた。次の手を考えようとしたが、レンズの赤い輝きは最高潮に達し、ニックを撃ち落とそうとレーザーが放たれる。
ビィイイイイイイイ!!!!!!
一斉にレーザービームを放ち、中心に浮かぶニックから爆炎が上がった。
「ニックゥウウウウウウウ!!!!!」
セティーが叫ぶも虚しく、爆煙で彼の姿を確かめることが出来ない。
だが、煙が立ち退くと、現したのはライトグリーンとローズピンクの光の鎧に包まれしニック。
「何ッ!?」
予想外の展開にモーサも驚きの声を漏らす。
「風ノ魔鎖!!!」
ニックの意志が戻った隙にセティーが風の鎖でニックの腰を捕らえ、無理矢理セティーに引き寄せ、そのまま彼はその場から離れようと飛んだ。野生動物をリードで引っ張っているかのようだ。
「すまない! コイツの応急処置と頭冷やさせます! すぐに戻りますがここを離れます!」
滑空しながらセティーがマリクとハニビに告げる。
「畏まりました。長居は厳禁ですよ……ッ!!」
取り残されたマリク達に背を向け、セティー等は岸壁にある小さな洞窟へと飛んで行ったのだった。ひゅるりとカジュの葉が慌てて追いかける。




