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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
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4 薔薇の迷宮

 陽が沈み、夜が訪れると満月に近い見事な月が夜空を照らした。

 まだ寝静まる時間では無いが、王城内の人々は夕飯や湯浴みの準備等に勤しんでいた。


 リリーナは足早に中庭を薔薇の迷宮に向かって一直線に歩く。

 芝を踏むかさっかさっとした音が夜に溶け込む。


 小屋程の大きさの薔薇の迷宮の前に立つと


「通しなさい」


 中庭の主の命が聞こえ、壁を作っていた茨たちが開かれていく。

 リリーナはまずは深く礼をし、中へと進んで行くと、彼女を隠す様に入り口はまた茨で覆われた。


 迷宮の中心には色とりどりの一輪薔薇がスッと二列に並び、奥には葉も茎も棘もそして花も真っ白く光る一輪の薔薇が君臨をしていた。


「ようこそ、リリーナターシャ・ロズウェル。会いたかったわ。私は白薔薇姫、この庭の主よ」


 人間の姿ならば花冠をあしらい、肌は透き通るように美しく見る者すべてを魅了する姫君だっただろう。

 隠しているはずの本名の“ロズウェル”を知っているとは、流石広大な大地を統べる者の力を物語っている。

 

「お会い出来て光栄でございます。白薔薇姫様」

「やぁねぇ! 様は付けなくていいわよ、白薔薇姫で」


 クスクスっと白薔薇姫は笑いながら左右に揺れた。


「明日はきっと満月よ。お月見でもしましょう」


 天井の絡み合っていた茨が離れ、夜空が浮かぶ。

 丸くて大きな月が現れ、白薔薇姫をさらに美しく白く照らす。


「明日からアレスくんとお出かけ楽しみ?」

「はぁ…」


 お出かけ、という行楽ではない。収穫が激減した王室管理の畑へ視察をする、あくまでも仕事の一環だ。


「これから色々な人に出会い、あなたの人生を華麗に色付けていくといいわ。もし恋をすればそれもあなたをより一層魅力的な花へと成長させていくわよ」

「え…………………」


『いいかいリリーナ、恋をしてはいけないよ。再び大きな戦争が起きてしまうからね』


 幼い頃から恋をしてはいけないと忠告をされていたが、真逆のことを言われ言葉を失ってしまう。


 その時、地面の下から凄まじい勢いで巨大な魔力を秘めた根が這って来て、ボコッと一本の白銀の根が姿を表す。


「小娘が、何を戯言を言っているのだ」


 裏庭の主、カブがやって来たのだった。その声色にはふつふつとした静かな怒りが込められている。

 白薔薇姫以外の薔薇たちは頭を下げるかのように花弁を垂れ下げていく。


「やーねー、時代遅れの御爺様が来たわ」

「お前はまた大地が焼け野原になっても良いのか!」

「良いわけがないわ」


 本気で怒りをぶつけるカブに対して、まるで扇子を仰ぎながらあしらう姫君のように白薔薇姫はツンとしてそっぽを向いている。


「フローラの悲劇があったから、貴様の母親は!」


 急に白薔薇姫の空気が氷漬け、自身の棘を茎から放ち、カブの根を目掛けて射ったが、驚異的な反射力でカブは根を振って払い除けた。


「この子は彼女じゃないわ。リリーナターシャはリリーナターシャの人生を歩むべきよ。私たちが縛って良い権利なんてないわ」


 それまでいつも若干ジャジャ馬だった主だが、凛として怯むことなく一国の王妃のように同じく主であるカブに反論をした。


「しかし、彼女の力は!」

「私はこの子に殺されることなんてないわ。この子の芯は強いもの。一輪花のように」

「………………確かに、彼女は弱かった…………」


 話が全く見えないリリーナだが、再びカブの口から“フローラ”という名を聞き、彼女が何者なのかを知りたい想いに駆られていた。だが、今は主同士の話し合い、誰もが間に口を割ることの許せない雰囲気が漂っていた。


「リリーナターシャは彼女では無いのよ。私たちは見守っていましょう。きちんとこの子には自分の人生の地を歩ませたいわ」

「…………………だが、恋は許せない。絶対だ」


 そう言うとカブは根を地中に戻し、去ってしまった。

 白薔薇姫は「はぁ〜〜〜」と大きくため息をし、


「まったく、頑固な爺さん」


 と悪態をついていた。


「あの、今のは…………」


 リリーナがようやく口を開くと、白薔薇姫は「う〜ん」と横に傾き


「真実は私たちもわからないの。私たちがあれこれ言っても必ず真実とは限らない。きっと、あなた自身の力で、これから向き合うことになる。大丈夫よ、時が来れば、自然とわかることだから」


 酷く抽象的に答えた。

 リリーナはそれ以上は何も聞けず、じっと月の光を見ていた。


「明日から楽しんで来て、リリーナターシャ。アレスくんたちは根が良い子だから、信用出来るわ」


 アレスフレイムの名を聞き、リリーナはあの憎たらしい人を小馬鹿にした笑い顔と、明日の道中に嫌でも魔法学を彼から学ばなくてはならないことを思い出し、げんなりとした。


「あらあら、そんな顔をしないの。綺麗な顔なんだから」


 白薔薇姫はふふっと笑い、花弁を揺らした。


「あ、一つだけ忘れないで」


 月を見上げていたリリーナだが、視線を白薔薇姫に移した。


「私がアレスくんを信用出来るって言ったからって無理に信用しなくても良いの。その逆も然りであなたを幼い頃から守ってきた第二の親の植物たちからの異性に対する忠告に忠実にならなくても良いの。あなたの心がアレスくんを許せると思ったら、色々とあなたを知ってもらっても良いと私は思うわ」


 白く輝く一本の薔薇は真っ直ぐに立ち、しばらくリリーナと二人は無言で見つめ合っていた。


 夜風に揺れる木々の葉の音がし、


「今日はゆっくり休みなさい。会いに来てくれてありがとう。またいつでもいらっしゃい」


 月見のため天井を開けていたが、再び茨で閉じられていく。


「ありがとうございます。おやすみなさいませ」

「おやすみ、リリーナターシャ」


 リリーナは一礼をすると、彼女に背を向けずに後ろ歩きで下がり、薔薇の迷宮を後にした。


 フローラ……………畑から戻って来たら図書館で調べてみよう、何かわかると良いんだけど。


 風に揺られて解けそうになった髪を雑に一つに結い直しながら、リリーナは芝を静かに歩き、庭師の初日を終えるのだった。



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