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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第五章 誰がために
149/198

7−2

「曇ってきたわね」

 雲ひとつ無い秋晴れが続く今朝の空とは一転し、どんよりとした灰色の雲が天を覆った。リリーナは中庭で目を細めながら空を仰ぐ。

「リリーナさんっ、リリーナさんっ、リリーナさんっ!」

 慌てたように草を蹴る音。メイドのココが意義を切らしながらリリーナに駆け寄った。

「ココ」

「どうしようっ! ニックが…っ! ニックが…っっ!」

「落ち着いて。彼がどうしたの?」

 すっかりパニックになりかけているココの肩をリリーナはそっと掴んだ。

 するとココは胸元に隠してある風色の宝石のネックレスを取り出し、リリーナに見せた。

「これ…ニックも同じのを持ってて」

 ドクン、ドクン…ッ。

 まるで鼓動しているかのように時折赤く光る。それも不安定に。

「こんなの初めてで…きっとニックに何かあったんじゃないかなって……私、どうしたらいいのかわからなくて…っ」

「…………」

 大きな瞳を潤ませ、宝石をきゅっと握り締めるココ。

 あの魔力が桁違いに強い彼が簡単に倒れるとは考え難い。けれども、ゲルー国の竜騎士を容易く撃ち落とせるとも思えない。あの彼でさえも苦戦しているのなら………。

 リリーナは冷静さを努めて考え、同時に密かにアレスフレイムの安否に不安を抱いた。

「薔薇の迷宮へ行きましょう。向こうの状況を知れるかもしれないわ」

 白薔薇姫の力を借りよう、そうココに促し、二人は足早に薔薇の迷宮へと向かった。




 ドォォオオオオン!!!!

 幾つもの雷が海に落とされる。振り続ける雷に狙いなどなく、闇雲に落ち続けていた。敵も味方も関係なしに、無差別に。

「ちょっ…っ! 危ないじゃない!」

 雷を飛びながら躱していくハニビ。だが、当の雷を落としていく本人にはその声は全く届いていない。

「ニック!!! 戻れ!!!!」

 セティーが懸命にニックを追いかける。雷が落ちようとも逆風に吹かれようとも。

「チィッ、小僧一人にコレを使うとはな」

 敵のモーサは胸元から球の粒を3つ取り出して放り投げると、空中でボールの大きさになり、黒い球体に赤いレンズがギョロリと現れた。

 そして、レンズの中心から

「!? ニック、避けろ!!!!」

 ビィィイイイイイイッッッ!!!!!

 赤いレーザービームがニックを目掛けて発射。

「ぐっっ!?」

 ニックは避けたが肩に僅かにレーザーが掠れ、火傷を負ってしまった。それでもニックはモーサを追うことをやめる気配がまるで無い。息の根を止めるまで、自我が戻って来ないかのように…。




「カジュ! 一枚を坊やの方へすぐに飛びなさい!」

 茨で覆われた薔薇の迷宮では中庭の主、白薔薇姫が緊張を張り詰めながらカジュに指示を出している。

「姫様、出来るっちゃあ出来るけど、アレスフレイム達の方もこのままだとヤラれる!」

「クッ…! あっちの植物達は何ぼーっと突っ立っているのよ!」

「…………」

 予想以上に緊縛した雰囲気にココは怯えながらおろおろと見ていた。

「白薔薇姫」

 が、臆せずに白薔薇姫に声をかけるのは隠れ令嬢のリリーナ。

「リリーナターシャ、向こうではアレスくんたちが劣勢よ。アレスくんや蟲達チームと坊や達チームに分かれているんだけど、どちらも苦戦してるわね…」

「そんなっ。ニックは……セティーは…っ」

「白薔薇姫、私に出来ることはあるかしら」

 涙目で狼狽えるココの横で毅然と策を考えようとしたのはリリーナ。自身の手を見つめ、フローラの力を借りながら強大な魔力で何か出来ないかと、無表情ながらももどかしくしていた。

「今回は絶対に助けに行っては駄目。敵は太陽の丘の民を狙っているわ」

「……きっと大丈夫ですよね。ニック達なら絶対に……帰って来てくれますよね……っ」

「……………」

 泣きそうになりながら希望を抱こうとするココに対してリリーナも白薔薇姫も何も答えられなかった。

 植物達が手を貸そうにも相手の命を奪えばタブーとなる。戦争に勝つには自分たち人間の力で打ち勝たなければならない、とリリーナは考えていた。

 植物の力は借りられない。ならば…………。




「へぇ! そっちは女の太陽の丘の民か! 今日は餌を二匹も収穫出来るなんてツイているぜ!」

 グゥゥウと唸る竜の上で笑い上げるカルーロ。竜はあれから自我を取り戻すことは無く、暴走するかのように火球を出してアレスフレイムたちに襲いかかる。時折レジウムの女が光属性の魔法でアレスフレイム達を回復させていくが、その度にカルーロが瞳をギラつかせて興奮した様子を見せた。

 アレーニが蜘蛛の糸で動きを封じようとしても簡単に羽で払われてしまう。アレスフレイムもノインもアンティスも懸命に攻撃をするが、竜の光属性の攻撃で相殺されたり息で消されたりしてしまった。

 ボロボロになりながらも反撃を怠らない彼等は、生き残ることが一縷の望みになりつつあってしまったのだった。




「無理ですっ! そんなの絶対に出来ないですっ! 私なんかがやったら変なことしちゃいそうですし」

 リリーナの提案に全力で拒否をしたココ。リリーナは困った表情になり、白薔薇姫は露骨にため息をつく。

「はぁ〜〜〜っ! あんたってほんっっっとうに、ポンコツ魔女ね!」

「だって、だって、私そんなのやったことないんですもん」

「リリーナターシャだってやったことないわよ!」

「時間が無いわ。私一人でします。カジュ、白薔薇姫、お願い致します」

 涙目のココを他所にリリーナはすぐに作戦を実行しようとした。

「どうして…どうして、怖くないんですか」

「怖いわよ。けれど、失ってから後悔を背負う人生の方が私には耐えられない」

 自身の手をじっと見下ろす。今この手で出来ることを……。




「悪いノイン! 一枚南に飛ばす!!」

「なっ!?」

 突然のカジュの離脱にノインとアレスフレイムはさらに歯を食いしばる。

「わかった。行って来い………ッ!」

 向こうも激戦なのだろう。アレスフレイムは傷だらけになりながらもカジュに背中を押した。そして、カジュの葉は転移魔法で一瞬で姿を消したのだった。




 白き薔薇の葉がリリーナの頭にそっと触れる。

「今からカジュの視界をあなたの頭に映し出すわ。直接傷を付けないから私のタブーは侵されないと思う。あなたの思うままに大地を守りなさい、リリーナターシャ」

 ぽわぁっと柔らかな光が葉から放たれ、リリーナはそっと瞳を閉じた。

 頭の中に映し出された世界に全神経を研ぎ澄ませる。

 傷を負った仲間に感情は向けない。悲しみや怒りを抑え、客観的に映像を捉える。

 今、必要な魔法は何か、と。

 右手を前に構える。左手は右手の次に魔法を繰り出すため肘を曲げておいた。

 遠い地に居る私が出来ることは………彼女の清らかな意志が、希望が、今、国境を越えて放たれていく。




「これで、終わりだ! 死ねええええ!!!!」

 カルーロが上空に上がり、竜の口を大きく開かせると、流星の如く無数の光の息吹を振り落とした。

 塞ぎきれないかもしれない、けれども……! とアレーニが魔法円を空に描いて盾を召喚。

 が、強烈な息吹に呆気なく砕かれた。

 終わった。

 誰もが諦めたその時、

「何だッッッ!?!?」

 アレスフレイム達が皆、無傷で息吹を受け止めた。そして草原も。

「…………リリーナか…っ!?」

 以前覆われたこともあるライトグリーンにローズピンクが混じった光の鎧。


 魔法の転送、これがリリーナが見出した答えだった。




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