6−3
「アンセクトの気高き乙女たちよ! 共に戦え!」
雌の蜂の軍隊が体格差があるにも関わらず果敢に竜に攻めようと真っ直ぐに飛ぶ。
その様子を見たセティーは蜂が味方になろうとしていると察し、左手を上に掲げた。
「蟲ノ巨大化!」
セティーが唱えた瞬間、指輪は輝きを放ち、次から次へと蜂たちを巨大化させた。竜よりは体格は小さいが、人が簡単に乗れる程の大きさだ。
そして、ハニビの背後に留まった女王蜂。彼女は美しき透明な羽根をドレスのように泳がせ、ハニビをがっちりと掴み、ハニビを宙に浮かせた。
「何故!? アレーニが居ないのに蟲を操れる!?」
アンセクト国の内情を知っている裏切り者のシャドは驚き叫ぶ。蟲を巨大化させて戦力にするのは計算外だったのだろう。
「指輪をいただく仲ですから」
セティーが竜の羽根が織り成す強風に怯まずに飛ぶ。剣を力強く振り上げて、竜の首輪を切り落とそうとした。カァアアアアンンッッッ!!! と鋭く金属が弾く音が空中に響くと、パキパキと首輪の宝石を砕いていく。
「国王一人が居なくてもアンセクトは揺るがないわ!」
そして太陽の丘の民の血を蘇らせたハニビは鋭い大槍を握ると果敢に飛び、渾身の力を込めて突き刺すと、竜の首輪の宝石は砕け散った。背後からの竜の息吹や竜騎士の魔法には女王蜂が尻の針を黒く光らせると毒の矢を放って打ち消していく。
ニックが既に宝石が割れている竜の背中に飛び移り、
「雷光ノ鞭!」
鞭に雷の魔力を与え、バチバチと電撃を弾かせながら竜騎士を鞭で払い落としていった。それを下でマリクが転送神術でアンセクト国の牢獄へと送っていく。
「背中に乗る人間を振り落とせ! 落としたらお前達の仲間の新たな安穏の地に飛ぶんだ!」
雷の鞭を振り回してバチバチと音を空に響かせ、首輪の洗脳が解けた竜たちに呼びかけるニック。声に応えるように前回同様に竜たちは背中に乗った竜騎士等を振り落とそうとした。
「炎ノ息吹!!」
今度はシャドが標的をニックに変え、魔法を唱えた。勢いのある炎が放たれ、ニックは竜に乗ったまま炎を避けた。
すると、真下から水が噴き上げて鎮火した。巨大な鯨だ。潮を噴き上げて炎を消したのだった。
「どうなっているんだ!? 蟲だけじゃなくッ!?」
蟲使いのアレーニの特性を知っているシャドが苛つきながら叫ぶ。
すると、大槍の矢先をシャドに向けたハニビが飛び、女王に続くように大量の雌蜂たち後に続いた。尻の毒針をギラリと光らせながら。
「貴方はアンセクト国を知りすぎたわ、シャド。私が葬ってあげる」
ハニビの頭上には眩しい程に日射しを降り注ぐ太陽。目を開けられなくなる程の強い光を大槍が反射させると、矢先を前に向け、飛ぶ勢いに任せて貫いた。シャドを。
「が……ッッ」
鮮血は毒槍で赤黒く染まり、シャドは最期の言葉も何も発せずに無様に竜から落下していく。
「一応回収しましょうかね」
落ちるシャドをまたマリクが魔法で転送した。
残りの竜の首輪の宝石をハニビたちが打ち砕き、竜騎士等を落として牢獄へと転送されていく。最後の竜が首を垂らしてまるで一礼すると、どこかへ飛んで行った。恐らく太陽の丘を目指して。
「終わったかしら」
水平線を見つめながら呟くハニビ。勇ましく大槍を奮った彼女の顔や服は返り血が付着していた。
「ハニビ様。拭いて差し上げます。こちらへ」
岸壁に立つマリクに呼ばれ、ハニビは妖精のように舞い降りる。瞳を閉じて彼に顔を差し出し、素直にハンカチで噴かれていく。マリクもまた、微笑みながら彼女を優しく丁寧に綺麗にしていった。
「いや、まだだ」
波の音に溶け込みそうだが澄んだ声で言ったのはニック。セティーも浮きながら警戒し、水平線を見つめる。
先ほどの竜よりも一際大きな体。そして白く輝き、水面に照り返され一層きらきらと煌めく。
白竜だ。
そして白竜もまた宝石が付いた首輪を着けられていて、さらに顔にも鎧が覆われ、白竜の自我等奪われているのが一目で解る。
「あっさりと突破しているかと思えば、我が軍が壊滅ですか。手応えがありそうですね」
竜に乗っている人間もまた先程の竜騎士とは違う服装をしていた。青の衣に白い宝石を先に付けた杖を持ち、髭を蓄え、眼鏡を下げた老人。
「我が名はゲルー竜騎士四天王モーサ、私の科学と魔力の力に勝てますかな」
強い魔力にニックたちの衣もピリピリと緊迫する。モーサが杖を前に出すと、白竜が口を開き、強烈な息吹を出した。
光の息吹。
白く輝かせながらも速さも然ることながら威力も絶大。一瞬で崖をさらに崩し、マリクは咄嗟に蜂に乗り、ハニビも宙に浮いて避けた。
「光属性……ッ!? 竜に光属性の技が使えるだと!?」
マリクが驚き声を上げると、モーサは満足そうに髭を撫でながら笑い声を上げた。
「ファッファッファッ!! 元々は此奴は水属性。だが、餌次第では光属性に変えられるんですよ」
「餌って…」
ハニビが苛つきながら聞く。
「光属性の最高峰。太陽の丘の民ですよ」
太陽の丘の民、生き残りのココから大地を救うために民が北へ向かったと聞いていたが、残酷な事実にセティーは内に沸々と青く怒りの炎を灯した。
「長年少量だが食べ続け、ようやく光属性を竜が吸収することが出来ました」
「食べさせたの…!? 太陽の丘の民たちを」
「ええ、彼等はゲルーと手を組むのを頑なに拒みましたからね。どうにかして利用をしようと考えた末、竜の血と肉にしたのですよ。さぁ、天は快晴! 太陽の力に焼かれてしまえ!」
雲ひとつ無い空。だが、唸り声が降り注いできた。竜ではない、空の唸り声。
「何だ…」
モーサが訝しげに見上げるとごろごろと轟が聞こえ始め、稲光がチカッチカッと見えてくる。
「許さねぇ」
竜の上で怒りを顕にするのはニック。海が荒れ、岸壁に高く波が打ち上げ、海鳥の群れが急上昇し荒風から逃れようとした。
彼の中に彼自身が理解出来ない怒りが込み上げる。
怒り、いや、憎しみだ。
何故こんなにも殺意が込み上げてくるのか。
ココの故郷の人間を襲ったからなのか。
人間を竜の餌にしたからなのか。
わからない。
12年前もそうだった。何故扉を叩いていたのかわからない。叩きたい、そんな願望さえ抱いていた。
今は、殺したい。
憎しみで釣り上がった瞳を向け、ニックは孤高に白竜とモーサに向かって飛び立った。脇目も振らずに。
「ニックゥゥゥゥウウ!!!!!」
向かい風に揺さぶられながら、セティーが叫ぶが、ニックには届かなかった。




