6−1 岸壁の戦い
「まだ敵は来ていないようですね」
アンセクト国の南。浜辺に穏やかに波が打ち、背後には背丈の低い木々の森が広がっている。
「森に隠れながら敵を打つのも戦略としてアリですが、上から焼き払われたら不利になるので、砂浜で何とか撃ち落としましょう」
マリクが辺りを見回しながら皆に指示をする。ハニビは海を眺めていた。
「今日は天気も良いから、敵が来るのが見つけやすいわね」
勝ち誇った様に見つめると、遠くで何かが飛び跳ねているのが見えた。イルカだ。群れで飛び跳ねている。
「あら、イルカを見れるなんてラッキー!」
「そうですね、ハニビ様」
きゃっきゃと喜ぶハニビの後ろでニックが静かに海を見渡していた。静かにじっと何も話さずに。
「…………」
「どうした」
セティーが彼に近付き、そっと声をかける。
海は穏やかで、遠くでイルカの飛び跳ねる音や高い鳴き声も聞こえた。空も青々と快晴で、ウミドリの群れがガァーガァーと鳴きながら空を泳ぐ。
「…………なぁ、もじゃ頭」
ニックが顔だけ向けてそう呼んだのはマリク。
「……僕のことですかね?」
くせっ毛の頭を触りながら彼は苦笑いしている。
「東に移動するぞ」
「えっ!?」
突然のニックの提案に一同は驚き目を見開いた。
「東、ですか!?」
「正確に言えば南東か…? 断崖絶壁の場所」
「待って下さい。そっちは魔導施設も無ければ、戦いに似つかない場所です。近くには小さな集落があって……」
マリクが言いながら何やら考え始めてしまった。後から反論に続くのはハニビ。
「そうよそうよ! いつも南だったらここから攻められるの! 民間人の犠牲を出すのは戦争のタブーだから!」
「タブーを守るような奴等なのか、ゲルーってのは」
「っ!?」
まさかの民間人を狙いながら攻められるとは思ってもいなく、ハニビは目を真ん丸に開き、憤りを顕にした。
「ゲルーがタブーを侵さないとは言い切れないわ! でも何故この場所には来ないとあなたはわかるの!?」
「……………ッ」
ハニビの疑問は真っ直ぐだが、ニックは答えにくそうに視線を逸してしまった。
「野生児の観ってヤツだろ? なぁ、野生児」
代わりに答えたのはセティー。ニックの肩を抱きながら悪戯に笑みをハニビに向けた。
「私はこの野生児を信じます。貴方方はこちらに残り、私とニックだけ別行動でも構いません。私は彼の保護者代わりでもありますしね」
「保護者って何だよ!? 大して歳も違わないだろうし」
黙れと言わんばかりにセティーは爽やかな笑顔でニックの前に出て、アンセクト国の者たちに立ちはだかる。
マリクは何やらにこやかに考えていて、ハニビは警戒しながら睨み、シャドはおどおどしていた。
「わかりました。我々全員をご案内願いますか?」
「マリク!?」
あっさりとマリクがニック達の意見を受け入れたが、ハニビ達はまだ納得をしていない素振りだ。
「僕は付いて行く気満々ですよ? ハニビ様とシャド殿を二人だけで残しておくわけには参りませんからねぇ、お連れしてもらいますよ」
「私はまだ信頼したつもりは!?」
「時間が無い。喧嘩するなら置いて行くぞ」
「はぁ!? 何様な……んぎゅ!?」
マリクがにこにこしながらハニビの口を手で塞いだ。
「周囲転送の魔法は使えますか?」
「使ったことがない」
「転移魔法の自己だけを瞬間移動させる感覚を、周囲に円を描くように範囲を広げれば良いだけです。戦場の舞台へ連れて行って下さい」
マリクは終始にこやかだが、瞳は戦う覚悟を宿している。ニックは今まで使ったことがない魔法だが、彼の教えを聞き入れ迷いなく発動しようとした。
「範囲を広げれば良いだけってそんな簡単なことでは無いですよ! 全く別の場所に連れて行かれてしまったら」
シャドが不安を口にするが、ニックは全く聞こうとしない。周囲に感覚を研ぎ澄ませ、
「周囲転送」
両手を下ろしたまま、彼は静かに唱え、自分達の姿を消したのだった。
「本当にこんなところで戦うの!?」
移動した先は岸壁を強く打つ波の音が出迎えた。ゴツゴツした足場の悪い岩場。水飛沫を上げて荒々しく波を打ち付ける海。岩場は高く、落ちたら命はまず無いだろう。背後には村が小さくはあるが肉眼で見える。
「戦いにくいったらありゃしない所ですね」
尚もマリクは穏やかさを保ち、村の方角へ体を向け、
「ひとまず、国民の安全を最優先ですね」
手のひらを上に向け、滑らかに腕を上へと伸ばした。
「水ノ魔壁」
すると一斉に辺りから一直線に水が噴き上がり、村と海岸の間に長くて巨大な水の壁が出来上がった。
そして、マリクはハニビたちに背を向けたままそっと指先を動かす。文字を空に書くように。
ハニビたちの方からは見えないが、村側からは魔法文字が水の壁に浮かぶ。『今すぐに首都へ逃げなさい』と。
マリクは魔法を出し終えるとくるっとにこにこしながら振り返った。
「一応壁は作りましたが、ここから国へ侵入させないよう、全力で止めましょう」
「でも本当にこっちに来るのか」
海風では無い風が吹き荒れた。
海の方へ視線を向けると、あんなにどこまでも続いていた青い快晴の空に灰色の空が迫って来ている。波飛沫も高さを増した。戦いの合図を告げるかのように。
「お出ましですね」
マリクは片手を前に構えた。同じく筆頭魔道士のセティーも前へと手を構える。ハニビは両手を前に構え、ニックは腰のベルトに掛けてある鞭に手を添えた。
ゲルーの竜騎士は海を翔け、アンセクト国の南東へと出陣。
「まずは一人目……ッ!!」
突然、ある者が短剣を振りかざした。刃先はハニビへと向けられた。躊躇うことなく彼女の心臓を目掛けて。
「きゃあ…っ!?」
余りにも予期せぬ出来事にハニビは反射的に抵抗することも出来ない。
だが、
「バレバレですよ?」
マリクは水ノ魔壁を彼女の前にも身長の高さ程に噴き上げさせ、セティーはハニビを風魔法で浮かせて避けさせ、ニックは鞭を短剣を持つ手首に巻き付けて動きを止めた。
「初対面の方々にも見事な見破られっぷりですね、シャド殿」
短剣を握り締めながら悔しそうに歯を食いしばるのはハニビの側近の青年、シャドだった。




