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アンセクト国の北、国境には山々が連なり、鋭い山頂は雪化粧をしていた。
山の前の盆地の草原に姿を現したのはアレスフレイムたち。
「あの山の向こうからゲルー軍はやって来るヨ」
まだ静かな草原。嵐の前の静けさを物語っているかの様。アレーニは山の頂に目を向けながらアレスフレイムたちに声をかけた。
ロナールの草原よりも、草の海原感が薄い。
アレスフレイムは口には出さなかったが自国に比べて草の勢いや量が少ない印象を抱いていた。山から離れた方に木々が並んで立っている。草と比べて高さもあり、葉が大きい。恐らくどれかがこの草原の主だろうとアレスフレイムは推測をした。
山に背を向け、アレスフレイムは木々に頭を下げる。
「我が名はアレスフレイム・ロナール。貴方の地で戦を起こすことを深くお詫び申し上げる」
ノインもアレスフレイムに続いて頭を下げた。他のメンバーは突然の行為に驚きを隠せない。
「急にどうしたの。誰に挨拶!?」
「この地の植物の主にだ。リリーナがいつも初めて訪問をする土地には必ず挨拶をする。人の家に上がり込むのと同じだからと」
だが、主からの返事は聞こえない。無言を貫いているのか、または魔力が弱いのか…。
「……君は植物使いの代理人なんだネ。ボクも今度からは挨拶をしようかな、友達に」
ふとアレーニがレジウムの女性に視線を向ける。
「君は何に挨拶をするかい?」
突然風向きが変わった。
自然の流れではない。何者かによる荒々しい風。
「さぁ、迎え撃つとしよう」
女性に向けていた視線を山頂に移し、アレーニの黄色の長い髪が風に吹かれて靡く。
「炎ノ魔剣!」
アレスフレイムは大剣を鞘から抜き、魔法を唱えると、剣刃に螺旋の炎を渦巻いた。
「水ノ魔鎖!」
ノインは先が鎖を魔法で出し、鋭利な先をまるで泳がせて操る。
「氷ノ薙刀」
アンティスがしんと静かに唱えると、彼の右手に彼の髪と同じ色の黒く長い柄が現れ、先には空気も凍らせる氷の刀を備えた薙刀を振り払った。
そしてアレーニは
「国王として全ての力を使い、国を守ろう」
ゆっくりと長い睫毛の瞳を閉じて、
「身体に宿し古の血よ、蘇れ」
開けたのは元来の黄色に燃えるような輝きを放つ瞳。
その瞬間、ドォオッ! と巨大な魔力の波が放たれ、草はうねり、彼等の髪が靡かれる。
雲の動きが不自然に早くなった。
山の頂の空気が揺れ乱れ、硬い風が吹き荒れていく。
ゲルー国の竜騎士。総勢8体の竜が空を灰色に染め、荒々しく翼を羽ばたかせていた。
「…………聞こえる…」
すると、今まで一言も言葉を発さなかった謎の女性が目を見開き、竜を見上げながら呟いた。
「やっぱりね、君の血筋は竜系だ。ちなみにボクは蟲系」
アレーニだけが笑みを浮かべながら返事をするも、アレスフレイムたちには全く理解が出来ない。が、アレスフレイムちは視線を竜騎士から逸らさなかった。
「おいで。ボクたちを乗せて」
アレーニが声をかけると、首都から勇気ある蟲たちが飛び、ヤンマは途中で巨大化し、アレーニを乗せた。アレスフレイムたちもそれぞれヤンマに乗っていく。
「協力を乞えば生き物は応えてくれる。君がやるべきことは、竜に声を届けることだ」
アレーニたちがヤンマに乗って浮上をすると、竜騎士たちが一斉に攻撃をしかけた。
「たった5人で竜騎士に挑むとはイカれているなぁ!」
「すぐに楽にしてやるよ!」
竜の背中に乗ったゲルーの騎士が「大火炎!」「激流砲!」と次から次へと魔法を放ち、アレスフレイムたちはそれぞれの武器を巧みに操り、防御していく。
「戦いたくないのね」
雨水が葉から滴り落ちるような清らかな声色。すると、すべての竜が彼女をじっと見つめた。
「何を止まっている!?」
「火を吹け!」
騎士たちが声を荒げるも、竜たちはまるで反応をしない。
「この変な女のせいか!」
咄嗟に騎士の一人がレジウムの女性に向かって長槍を放った。
「しまった!?」
アレスフレイムたちが防ごうにも投げられた槍の速さには敵わなかった。
が、ヤンマを自在に操るアレーニは彼女の前に一瞬で立ちはだかった。
そして、
グサァァッッ!!
彼の肩を槍は貫いた。
「アレーニ!!!!」
アレスフレイムが叫ぶも、アレーニは傷口を抑えながら笑っている。
「やったぞ! アンセクト国王の動きが鈍くなる!」
「仕留めてしまえ!!」
ゲルーの騎士たちが興奮した様子でアレーニに追い打ちをしようとした。
その時だった。
「太陽の恵みよ、癒やしの力を燃やせ」
一筋の光が空から一直線に降り注がれる。レジウムの女性は白髪を煌めかせ、瞳を黄金色に染めた。アレーニと同じように。
「光ノ回復」
アレーニの背後から手を伸ばし、陽の光を放ちながら暖かくアレーニの傷を瞬時に癒やしたのだ。
「ボクは単に仲良しするために同盟を組んだわけではない。互いの戦力を知り、最高のパーティを作るためだ。国境を越えてね!」
アレーニは背筋を伸ばしてヤンマの上で立ち上がった。
「即死以外にボクらを殺す術は無いヨ」
二人の瞳は陽の光を宿すように燃えている。そしてアレスフレイムたちも正義の心を瞳に燃やす。
ヤンマに乗りながら彼等は戦い、時にどんなに深い傷を負っても必ず瞬時に治癒されていった。
多少歪だが竜たちが円を描くように空中を浮遊している時が訪れた。
「中心に人間を振り落としなさい!」
女の声に反応し、全ての竜が一斉に中心に向かって人間たちを巨大な身体を振って落としていった。それをアレーニが軽々と巨大な送還円を指で描き、アンセクト国の牢獄へと送り付けたのだった。
「やったか…!?」
ほっとしたように言うアレスフレイムだが、
「いいえ、大将が間もなく来ます」
どこまでも物静かな女の声を聞き、彼等は緊張した面持ちで山頂を見上げた。
国境の風を杜撰に吹き散らされる。牙を向けながら姿を現そうとしているのは、ゲル国竜騎士四天王の一人。




