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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第五章 誰がために
142/198

5−2

「さぁ着いたよ! 入って入って」

 大きな扉の前に着き、巨大蜂からセティーとアレーニが降りて扉を開けると、大きな寝台があった。

「…………え」

 風のように爽やかに微笑むセティーだが両腕に一瞬で沸き起こったのは鳥肌。

「ほらほら入って入って!」

 アレーニに背中をドンと押されて若干よろけながら部屋に入ると、アレーニがすぐに扉を閉めて鍵をかけた。

 それからセティーの鳥肌を見て、ぶくくっと大笑いするのを堪えながら口元を手で隠し、

「君と二人きりになれて嬉しいヨ。永久の関係を誓うためにコレを用意したんだ」

 一瞬で真面目な表情に変えると魔法で机の鍵を解除し、小さな藤色の箱を取り出した。宝石でも入っていそうな小箱だ。まるでプロポーズでもするかのような。セティーの腕が増々ざわざわと鳥肌を立てる。

「受け取って欲しい」

 箱を開けると中にあったのは蝶の形の指輪。蝶の胸部分に藤色の宝石が埋め込まれたシルバーのリングだ。

「ご冗談はそれくらいになさって下さい。時間が無いのでしょう? この宝石に仕掛けられた魔力の正体は何ですか?」

 だがセティーはまだ腕の肌は治ってはいないものの、冷静に微笑を浮かべながらアレーニの悪ふざけを制した。

「流石筆頭魔道士ダネ! 冷静だけどツマラナイ!」

「で、この指輪は何なんですか?」

「君にボクの友達に魔法をかける権限をあげる」

 アレーニの言う友達とは蟲のこと。以前アレーニは蜂やヤンマを巨大化して股がって飛んだり、蜘蛛に糸を吐かせて捕らえたり等してきた。

「君は飛べるが、お友達は飛べない。必要だと判断した場合、蟲に呪文を唱えてもいい。この指輪をしていれば、彼等も君の魔力に応えてくれる」

「何故私に?」

 アレーニはフッと笑い、じっとセティーの風色の瞳を見つめた。

「君なら冷静さを欠かないと思ったからネ」

 ふざけていると思えば急に真面目に褒める、アレーニのリズムに付いて行けず、セティーは俯いて黙って指輪を受け取って嵌めようとした。

「あ、指に入れてあげようか?」

「結構です」

 アレーニに嵌められる前にと自分でセティーは蝶の指輪を嵌めた。

「……そっちの部隊に入れたマリクはこっちの筆頭魔道士さ。信頼出来る人物だから、お友達クンと思う存分力を出しても安心だよ。ロナール側にあまり君たちは見られたく無いんでしょ?」

 フフンっとアレーニは笑い、小瓶から何やら角砂糖を取り出してぽりぽりと食べている。

「まぁ…そうですね」

「食べる? 砂糖の塊」

「じゃあひとつ」

「どーぞ」

 セティーももらい、噛まずに口の中で溶かしていった。

「君は、太陽の丘の民の生き残りを守るナイトってところカナ」

「……………」

 肯定も否定もしない。セティーは黙って少し俯きながら砂糖を舐め続けていた。

「実際に太陽の丘に行って驚いたよ。もっと生き残っている民族だと思っていた。絶滅しかけていたんだね」

「……………」

「よく王城に暮らしながらバレないでいるんだと感心するよ。女の子の方も。王サマが変わって本当に良かったネェ」

「………父に」

「ん…?」

 目を合わさぬまま、セティーがぽつりと語り出す。

「生前、私の父に託されたのです。大地に平和が訪れるようにと。太陽の丘に帰すために。私が風を手繰るのは父上との約束を果たす、ただそれだけです」

 アレーニはセティーの風色の瞳に宿された決意に頷き、もう一つ角砂糖を食べるとすぐに噛んで飲み込んだ。

「指輪、マリクに渡そうか正直悩んだんだ。けど、君に託して正解だった。風使い」

「行きましょう、平和な大地を勝ち取りに」 

 セティーが白いマントを翻して歩んだ。横にアレーニも笑みを浮かべながら歩く。

「君となら本当に閨を共にするのもイイカモネ」

「馬鹿言ってるんじゃないですよ」

 セティーが苦笑しながら指輪をぐっと奥に嵌め込んだ。

 扉を開けると向かい風に出迎えられたが、二人は目を見開き、前へと突き進んだのだった。




「ニック、お前は戦場に行かなくて良い。無謀過ぎる」

 そうニックに話し掛けたのは、騎士団団長アンティス。ニックにとっての上司だ。

「でも国王命令なので勝手に背くわけにはいかないんじゃないんスか」

 無謀なわけねーだろ、俺よりも魔力が弱いくせにうっせーな、と内心ニックは悪態をついていた。

「アイツにも考えがあるんだろうが、俺も反対だ。魔法が使えない騎士が竜に立ち向かえる訳が無い」

 続いてアレスフレイムも加わる。彼の背後ではノインも深刻そうにニックを見つめていた。

「はぁ!? 魔法が使えないクセにわざわざ来たわけぇ!?」

 すると、ハニビが目を真ん丸にして大声を上げた。大広間に居た魔道士たちが一斉にニックに注目する。ハニビの横でシャドが「まぁまぁハニビ様」と宥めていた。

「わざわざって言うか、ここの王サマに無理矢理連れて来られたんだよ!!」

「じゃあ魔法が使えるんじゃないの? お兄様は命を粗末にする人じゃないわ!」

「俺を………慰めの相手にしたいんだとよ!!」

 もはやヤケクソ。ニックは大広間に行き渡らせる程の声量で反論をした。アレーニは国王でありながら結婚適齢期が過ぎている。そういうことなのかとアンセクト国の魔道士たちがざわついたのだった。


「でしたら、戦場で恐怖で震えた彼を包み込むように陛下は愛でたいのかもしれませんね」


 紺色の落ち着いたローブに、焦げ茶色のズボン、黒いブーツをコツコツと響かせながら、微笑を浮かべた青年が彼等に近付く。

「あら、マリク」

 アンセクト国筆頭魔道士マリク。やや垂れ目の瞳に、ブラウンのパーマのかかった髪。一見すると柔らかな印象を与える見た目だ。

「初めまして、ロナール国の皆様。僕はマリク・アエイク。アンセクト国の筆頭魔道士を務めております。彼は城に残しておきましょう。安心して先に北へゲルーを迎え撃って下さい。くれぐれも陛下をよろしくお願いします」

 出撃直前だと言うのにマリクの声色は聞く人を落ち着かせる程柔らかだ。

「城に残してくれると助かる。アレーニには後から俺から説明をするので、責任は全てこちらで負う」

「畏まりました」

 マリクはどこまでも柔和。にこっとマリクに微笑まれ、アレスフレイムもそれ以上ニックにも何も忠告をしなかった。

「では、我が国の魔道士たちが転送神術で一斉にお送りしますので、こちらの方へお集まり下さい。陛下もすぐに戻って来られると思いますし。ハニビ様もすぐに出られます様、お支度を済ませておいてくださいね」

 マリクに導かれ、アレスフレイムたちが彼の後を付いて行こうとする。

 その時、アンティスが胸元からある物を取り出した。出撃前に一目見ようとするために。

 緑のハンカチだ。

 そしてアンティスはそっとハンカチに唇を当てた。愛おしくキスをするかのように。

 ニックは幸か不幸か見てしまった。自分も同じハンカチをポケットに仕舞っている。ココから贈られた刺繍入りのハンカチを。

 ニックの心はカチンと一瞬で凍った。氷属性の魔法の使い手のアンティスに魔法をかけられたかのように。




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