5−1 戦場の蟲の楽園
雑草さえ生えなくなった最北の地。地面が乾き切り、割れ、風が吹けば砂が舞う。
領空には何匹の竜が行き交う。
外国から食料等を半ば強引に調達し、砂地にぽつんとそびえ立つ針のような屋根の尖った城へと運んでいく。
夜になれば、背中に人を乗せた竜は他国へ忍びに飛び、無人の竜は夜行性ならば空を気ままに飛ぶ。
この日の深夜、ある者がマントで身を隠して城の入り口に転移魔法で現れ、門番に顔をちらりと見せると当たり前のように入城を許可した。
この城の主であり、国の長が床に片膝を立てて座って深い夜を眺めていた。
「来たか」
来訪者には全く見向きもせず、長は窓を眺めながら声をかけた。
「ラノ様、大変遅くなりまして申し訳ございません。ヤツの目を欺くのは少々難しく」
「言い訳を聞くのは時間の無駄だ。要件を話せ」
「ハッ。アンセクト攻めは本日決行で良いかと思われます!」
「フン、確実に燃やし尽くせるのだろうな」
「四天王のお二人もいらっしゃれば余裕かと。ロナールの奴らも同時に焼き払えると思います」
ラノと呼ばれし長は立ち上がった。
「ロナールは宿敵だ。残らず灰にするぞ。民も国土も王族も」
ラノは長い爪を立て、窓ガラスをギリギリと音を立てて恨みを込めて削った。思わず密告者の顔が曇る。
「竜が目を覚まし次第、出撃しよう」
「ぐっも〜にん♪」
早朝。執務室にてアレスフレイムたちが集まってアレーニを待っていると、何とも緊張感皆無の挨拶をして彼が魔法陣から姿を現した。
彼だけではない。彼の背後に誰か立っている。
「後ろの者は?」
アレスフレイムが怪訝そうに訊ねる。
「あっ、ボクがスカウトしたんだ」
決して紹介などせず、アレーニは執務室に居るメンバーを見渡した。ニックとセティーと目が合う。
「よし、ちゃんと居るね。時間が無い。すぐに飛ぶよ。皆、なるべくボクの近くに寄って!」
アンセクト国へ参戦するメンバーがアレーニに近付き、見送りに来た国王のマルスブルーが一歩下がる。
「無事に帰国することを祈っている」
マルスブルーの見送りの言葉が言い終わらない内に
「周囲転送!」
と唱え、周囲のメンバーをまとめて魔法陣の上に浮かばせて瞬間移動をして消えたのであった。
着いた場所は城内の大広間。壁は蟲の彫刻が至る所に装飾されている。そこに大人数の魔道士たちが集結していた。流石魔法大国を名乗っているだけにら魔道士の数も多く、彼等から放たれる魔力も強いことが感じられる。
アレスフレイムがちらりとある人物を見た。アレーニにスカウトされた者である。剣士にも魔道士にも見えない。
白い襟付きのシャツに茶色の七分丈のズボンに茶色のブーツ。腰に剣を携えているが短剣だ。白髪ではあるが、年齢はアレスフレイムよりも一回り歳が上ぐらいだろう。肩ぐらいの白髪を静かに垂らす、女性だった。
「おい、お前まさか一般民をスカウトしたわけじゃないだろうな」
アンセクト国に着くなりアレスフレイムがアレーニに声を上げる。
すると
「アレスフレイムさまぁっ♡」
アレーニの妹のハニビが懲りもせずアレスフレイムに抱きついた。今日も頭頂部に金髪の髪を団子にまとめ、厚みのある唇をアレスフレイムに向け、あわよくば彼の唇を奪おうとする。が、案の定、彼は容赦無く払い除けた。
「ハニビ様! あ、先日はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。後からアレーニ様に事情を聞きました…。本当に多大なご迷惑をかけて、謝りきれないことをしました」
今度はハニビの世話役の青年ジャドがやってきて、アレスフレイムを見つけるなり頭を下げた。アレスフレイムと初めて会った時と同じく、眼鏡をかけて謙虚そうな態度で恐る恐る彼に謝罪をしたのだ。
「お兄様が言っていたわ。シャドは例の前世の人物が完全に彼の中から消えたって。ロナールでの当時の出来事もシャドは覚えていないみたいですの」
シャドはロナールに訪問をした際、彼の中に眠る前世の昔の国王がリリーナに棲み着くフローラを自分の物にしようと目覚めてしまい、リリーナを幽閉した過去を持つ。
「そうか。前世とお前は別人だ。気にするな」
アレスフレイムに許してもらい、シャドは安心したように目を潤ませた。
「ありがとうございますっ!」
再びアレスフレイムにシャドがもう一度頭を下げ、アレスフレイムはアレーニを探そうとしたがもう近くにはいなかった。スカウトされたという女性もだ。
「はいはいは〜い、皆〜、1回しか言わないからしっかりと聞くように!」
大広間で羽音をさせながら巨大蜂が宙に浮かび、アレーニが股がって乗り、大声を上げる。皆が彼に注目し、顔を上げた。
「下を向くな、常に上を見上げろ。アンセクト国の勝利は世界平和を意味する。過酷な戦いであっても、世界の大地を守り抜く誇りを忘れてはならない」
へぇ、アイツがこんな士気を上げるようなことを言うんだなぁ、とアレスフレイムは腕を組んで聞いていた。
「戦は我が国の北と南、同時に起こると予想される」
彼の言葉を聞き、一瞬だが空気が揺れる。それでも動揺せぬ様、魔道士たちやロナールの騎士たちが彼の言葉に耳を傾き続けた。
「そ・こ・で、北と南それぞれの部隊と城に残る部隊に分けるんだけど、編成はボクがぜ〜んぶ考えたカラ。反論は聞かないヨ。時間が無いからネ」
ごくりと誰もがつばを飲む。アレーニは飄々としているが、キレ者で魔力もずば抜けて強い。誰も彼の出した結論に反対など出来ないだろう。
「まずね〜、ゲルーだったら最初に自国に近いから北を攻めてきて油断をさせて、竜で遠回りして一気に南から攻めると思うんダ。だから南の方が厄介な敵が来ると思われる」
一瞬だが、魔力が震えた。まるで図星を指されたかのような。アレーニは微笑み、編成発表を続ける。
「南の部隊から発表するヨ。ハニビ、シャド、マリク、それとロナール国の筆頭魔道士クンと騎士もどきクン、以上」
「おい!」
「反論しない!」
アレスフレイムが思わず声を荒げるが、すぐにアレーニが制した。
「次に北の部隊。ボク、ロナール国の応援、レジウム国の応援、以上。残りの魔道士たちは全て城及び、国民の避難誘導に全力を注ぐこと! それと、牢獄にじゃんじゃん人間と竜を送るかもしれないから、それをなんとかしといて〜」
すると、アレーニは蜂に乗ったまま降下し、セティーに向かった。
「戦争に行く前にボクは彼と癒やしてるから、皆は準備しておいてネ〜!」
問答無用でセティーを抱えて蜂に乗せ、アレーニはどこかへ飛んでしまったのだった。
「マジかよ………」
青ざめながら呟くのはニック。
自分が激戦地へ行かされるためではなく、本当に自分とセティーはアレーニの慰めもしなくてはならないのかと慄くのだった。




