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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第五章 誰がために
140/198

4−5

 失敗すれば異空間に身が取り残される。大きなリスクを伴うのが上級魔法を習得すること。だが、今のノインに恐怖心など無かった。

 会いたい。

 ただその想いを強く抱き、彼は初めて無属性上級魔法の転移魔法を唱え、身を瞬間移動させてゆく。


 初めて辿り着くのは三大貴族、ロズウェル邸。ノインは屋敷に行ったことも無く、設計なども勿論知らないが、彼女の気配を感じ取り、そこに身を飛ばした。

 ある部屋の床に紫の魔法陣が浮かぶ。

 目を閉じてノインは姿を現し、ゆっくりと目を開いた。


「…………くっ」


 思わず堪えるように笑ってしまった。何故なら目の前でカロリーナが卓上スタンドミラーの首を握って振りかざそうとしていたからだ。突然の魔法陣が部屋に浮かぼうとも逃げずに立ち向かう勇ましさが彼女らしい。

「すまない。無断で来たから不審者扱いだな」

「ノインっ!?」

 彼女が大きな声で驚こうとしたため、ノインは思わず手で口元を抑えて「しっ」と言った。

 

 ノインの手の平に彼女の唇が触れる。

 暖かな吐息で、熱く湿っていくようだった。


 触れてしまったら後には戻れない。

 会いたいと欲する想いはやがて、温もりを求める。

 ノインはカロリーナのブラウンの髪をそっと撫でると、片手で彼女の頬に添え、少し屈んで顔を近付けた。

 唇で想いを確かめ合うために。

「ん………っ」

 カロリーナは目を閉じ、ノインの背中に腕を回して抱き締めた。彼が彼女の腕に包まれたのを感じると、彼もまたカロリーナの頭と腰をぐっと支え、さらに熱い想いを唇から伝える。思わずカロリーナが背中を反らしてしまう程。

「はぁっ…はぁっ……」

 普段の堂々たる出で立ちと違い、彼女は微かに瞳を潤ませ、頬を赤く染めていく。

「ノイン………っ」

「カロリーナ………ッ」

 飽きてしまいそうなくらい、唇を重ね続けた。互いに抱き締めて身体を包み、ありったけの想いを熱を届け合う。

「………………ッ」

 だが、その時間も限られている。ノインは城に戻って支度等をしなくてはならない。戦争に発つ支度を。

「何でも言って。私の心はヤワじゃないわ。何だって受け止めるわよ。嫌なら捨てて心を守るから」

 ノインの一瞬の表情から彼の心情を察したカロリーナは、先程の蕩けた姿とは一変して普段の気高さを見せる。

「…………正直、迷ってる。自分でも何て言葉をかけたらわからないんだ、君に」

 切なそうなノインに対し、カロリーナはふふんっと微笑んで背筋を伸ばした。

「迷ってるなら全て言えばいいじゃない。全部吐き出した方がスッキリするんじゃなくて?」

 ほとんどの令嬢ならこのような時に「何でも受け止めますわ」とでも優しく健気に言うのだろう。だが、カロリーナは「さぁ吐きなさい」と言わんばかりにノインの背中を擦っている。

「…………明日、アンセクト国に行く。ゲルー国に攻められるのを共に攻防するために」

 彼の背中を擦っていた手が一瞬動きが遅くなった。だが、すぐにまた元の速さに戻っていく。

「万が一の事を考えると、俺のことは忘れて幸せになって欲しいとも思う。無事だとしてもいつ帰国出来るのかも見通しが立っていない。だけど、だけど………」

 ノインはカロリーナをぎゅっと抱き締めた。隠すようにして顔を彼女の肩に顔を伏せながら。


「近い将来を約束出来ないけれど、人生を共に歩むのは君としか考えられないんだ」


 情けない、何て無責任で身勝手な約束をしようとしているのだ、とノインは彼女の顔を見ることが出来なかった。

「永遠を誓いたいと願うのは貴方にだけよ、ノイン。異国で先に逝くなんて許さないわよ。もっと歳を重ねて、仮に貴方が先に逝くのなら、最初に死に様を見るのはこの私よ。そして、私が貴方より先に逝くのなら、それを最初に見るのは貴方」

 カロリーナは身を少し引き、ノインの肩を両手でぐっと力強く掴んだ。

「ノイン、顔を上げて」

 ゆっくりと顔を上げるも伏し目がちなノイン。徐々に彼女と目を合わすと、彼女もまた瞳に涙を溜めていた。決して零さぬ様、堪えながら。

「私と人生を共に歩みましょう。歩みが止まるその日まで、共に」

 ノインも決して涙を流さぬ様、慎重に彼女の手をそっと触れ、右手の薬指に唇を触れた。永遠を誓うキスを。

「生きて、必ず生きて帰ってくる」

「当たり前よ。私のことを考えたら絶対に死ねないでしょ」

 もう一度、二人は抱き合い、唇を重ねた。

 そっと身体を離すと、ノインは一歩彼女から下がり、転移魔法を唱えて発って行ったのだった。

 彼の姿が見えなくなった途端、我慢していたカロリーナの涙が一気にぽろぽろと大きな粒で流れ落ちる。

「…………っ……っ……死なないで……ノイン……っ…」

 膝を抱えてしゃがみ込み、廊下に泣き声が漏れぬ様、顔を伏せた。丸まった彼女の肩は、小さくか弱く震えていたのだった。




 間もなく争いが始まろうとしても、夜空を照らす美しき月が浮かぶ。

 リリーナ、アレスフレイム、ノイン、ココ、ニック、アンティス、エレン、カロリーナ、そしてアレーニたちが窓辺から月夜を眺める。それぞれに思いを巡らせ、やがて眠りに落ちていく。

 夜明けを迎えた。

 



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