3−5
春の暖かくも力強い風に乗り、カジュの青い葉と手を取るように空間を飛び、建物と建物の間に辿り着いた。
どちらかが図書館かしら。
間をすり抜けると片側は城の端で、片方は2階建ての建物だった。
図書館だと思われる方に行き、ノインからもらった利用カードを手に持ってリリーナは入館をした。
誰もが彼女を腫れ物のような目で見る。
つなぎのズボンを履く女性など見たことがないから、たったそれだけの理由で。
利用カードを入口で見せる必要がある様だったのでリリーナもあとに続いて見せると、係の司書がカードを持って眉間にしわを寄せ、納得がいかなそうだが彼女にカードを返し入館を許した。
感じ悪…………。
彼女は内心ぽつりと呟き、壁にある館内地図を見つけ確認をすると、とある本棚へ真っ直ぐに向かった。
こんなにも図書館までが遠いと苛ついたことは初めてだ。
アレスフレイムは転移魔法で一足先に飛んだリリーナの後を早歩きで追う。
第二王子が側近も付けずに急いだ様子に通り過ぎる者達は何事かと不安になりつつ頭を下げていく。彼に媚入りたい令嬢たちもただならぬ彼の雰囲気に話し掛ける勇気が出ずにいた。
歩いて15分程経った頃だろうか。ようやく王城図書館へ辿り着いた。
館内へ入ると司書たちが一斉に礼をして、慌てた様子で王子に話しかけた。
「お探しの物があればお手伝い致します」
「いい、人を探しているだけだ」
カードも使わずに顔パスで彼はツカツカと革靴の音をさせながら、受付を通り過ぎると館内案内図を見つけ、リリーナと同じ様にとある本棚へ向かって真っ直ぐに歩みを進めた。
そもそもアレスフレイムがリリーナに図書館を勧めたのは、莫大な魔力を秘めておきながら魔法の基本的な知識が欠けた庭師の彼女に魔法学を学んで欲しかったからだ。
彼女は立ちながら厚みのある本を静かに読み耽っていた。
農業・園芸の本棚で。
「貴〜〜様ぁ〜〜〜………っ!!!」
アレスフレイムは魔法学の本棚ではなくこちらに真っ直ぐに来たが、無駄足をしなかったにしても真面目に学ばない彼女に鬼の形相で近付いて来た。
しかし彼女は全く臆せずに人差し指を唇に当て、静かに、と合図する。
先程アレスフレイムの心を奪われかけた原因の彼女の唇が思い出され、また男心を締め付けられそうになるが、すぐに我に返り
「魔法を学べと言っただろう」
と苛つきながらリリーナに説教をした。
「まぁ、アレスフレイム殿下、こんなところまでわざわざいらっしゃったのですか」
普段表情の変化が少ない彼女だが、心情が顔に滲んでいて、アレスフレイムは見事に読み取り
「暇じゃねぇよ。貴様が真面目に勉学をするのか監視に来たんだ。落ち着かなくて悪いな」
と実際に放った言葉ではなく裏の言葉に対して返事をした。
リリーナは目を少し丸くし
「殿下は心の中が読める魔法を使えるのですか?」
微塵にも悪びれずに純粋に問いかけた。
「顔に書いてあっただけだ」
「まぁ」
リリーナは片手を頬に添えた。
「あ、そうそう、アレスフレイム殿下」
「なんだ」
もうこいつの言動にいちいち驚いてたまるか、とアレスフレイムは若干身構えた。
「こちらのシリーズを明日持って行ってもよろしいでしょうか?」
「道中読み耽る気か」
「いえ、畑で働く方々に差し上げるためです。植物学者のポーター先生の書かれたこのシリーズが植物を育てるのにわかりやすい書物でございます。特に植物たちの病気の対処方法が。収穫が減ったと聞いたので、病気の対処や畑の再生方法についての知識が無いかもしれません。出来たらこの本を差し上げて、図書館の分には新しく取り寄せていただきたいのですが」
「……そうか。わかった、司書に言っておこう」
良かった、これでいつでもまた先生のシリーズが読める!と内心リリーナはガッツポーズをした。
アレスフレイムが8冊もある厚みのある本を棚から取り出して運ぼうとした。
リリーナは慌てて
「殿下、これくらいなら私でも持てます」
と制するようにリリーナも棚から本を取り出そうとしたが
「気にするな。どうせ司書に本の注文をするのに一旦渡さなければならない。それに、貴様は女だろう」
異性から女性だからと気遣われたことの無いリリーナは若干戸惑いながら「ありがとうございます」と礼を述べ、アレスフレイムに本を任せた。
すると陰で覗き見をしていたであろう司書の数人が慌ててやってきて、本を受け取り急いでカウンターへ運んだ。
「魔法学の書物も何冊か借りておこう。明日の道中にびっちり教え込んでやる。ま、今日は好きな本を読むことを許してやろう」
ハッと憎たらしい笑みを浮かべ、アレスフレイムはその場を去った。
明日は転移魔法で移動じゃないの……?
リリーナは軽くため息をつき、再び植物関係の本を読み耽るのであった。
周囲はあの常に不機嫌なアレスフレイム殿下と不気味な庭師が会話をしていることにざわついていた。
殿下は庭師を探しにわざわざ図書館まで出向いた。
庭師に本を運ばせずご自身で運ぼうとした。
しかも、あの殿下が微笑んだらしい。
あの庭師、初日に二人の王子を誑かした。
なんて恐ろしい魔女なのでしょうか。
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では、また。




