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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第五章 誰がために
139/198

4−4

 その日の庭仕事をひと通り終え、リリーナは貯水槽でジョウロを素手で洗っていた。彼女の髪と瞳と同じ色のライトグリーンのジョウロを。


「悪い、今いいか」


 突然、背後から声がし、リリーナは瞬発的に振り向いた。立っていたのはニックだった。

「あら」

 あの日以来二人は会ってなどいなかった。互いに聞きたいことはあるはずなのに、聞いたところでどうすると思いつつ接触をしていなかったのだ。

 リリーナの中には2000年前に生きた太陽の丘の歴代最強の魔女フローラが棲み着いて、ニックには推定5歳以前の記憶が無いが桁違いに強い魔力を秘めている。互いに共通しているのは表向きは魔力が無いことにしてあること。

「明日、アンセクト国に行ってくる。指名された」

「貴方は表向きは魔法が使えないはずじゃ…」

「蟲王の命令だ。俺やココのことも気付いている様子だった」

 流石魔法が栄えた国の長ね、とリリーナは静かに納得し、貯水槽からジョウロを持ち上げて逆さまにし、中の水を落とした。

「ココを頼む。それだけだ」

 庭にムクドリの群れの影が映る。夕陽を背景に高い鳴き声を上げながら。風で草がそよぎ、虫達が間もなく演奏を奏でようとしていく。

転移魔法(テレポート)

 静かに彼は魔法で姿を消してしまったのだった。


 すると間もなく、裏庭に別の魔法陣が浮かぶ。姿を表したのはアレスフレイム。

 リリーナが美しく一礼し、彼は以前贈ったジョウロを手に持っている彼女の姿を見て一瞬で胸が熱くなった。

「明日、アンセクト国へ発つ」

「畏まりました。お気を付けて」

 柔らかな土をゆっくりと踏み、一歩彼から彼女に歩む。

「ゲルーとの戦いになる。帰国するまで、城を、国を頼む。万が一の時は防御魔法を使って攻撃を防いでくれるだけで構わない。だが、本当に危険が迫った際には逃げて生き残って欲しい」

 ゆっくりとリリーナが彼の言葉に頷く。目の前に立った彼に彼女はそっと手を伸ばした。彼の腰…に留めてある水筒にそっと触れる。

 すると

聖水(アスモス・)湧泉(シャドルヴァン)

 彼女が呪文を唱え、水筒が水色に煌めくと、こぽこぽこぽと小さく音を奏でながら中に水が湧き始めた。聖水だ。

 アレスフレイムは水筒に添えられた手を軽く手で重ね、

「有難う。必ず大地を守り抜く」

 そして、唇もそっと重ねた。

 虫の音もその時だけは演奏を中断し、彼等を見守る。二人の時間を尊重するかのように。




「………………」

 一方執務室では度々椅子から立ち上がっては窓の外の小庭を眺める者がいた。ノインである。


 何も伝えずにこのまま戦争に発ってもいいのだろうか。


 長い前髪を斜めに垂らし、片方だけ見える瞳は行動と同じく落ち着きが無かった。

 しかし何を伝えたいのかが彼自身も理解しきれていない。

 ただ…………

 もし、彼女が小庭に姿を現したら真っ先に自分は彼女の元へと駆けて行くだろう。

 もし、突然彼女が扉を開けて入って来たら、戦争に行くことを伝えるだろう。

『死んだら私が許さないからね』

 彼女は笑顔でそう言うかもしれない。自信に満ち溢れ、寂しさや不安さを全く見せようともせず。

 だが、現実的に彼女が姿を現すことは今日は無いだろう。彼女の住むロズウェル家の屋敷から城までは距離がある。わざわざ日が沈む頃に王城に着くように出るとは考え辛い。魔法ではなく、馬車を使うのだから。


「………………会いたい…………」


 外を見ながら思わずノインは呟いた。驚き、思わず自分で唇にそっと指を触れてしまう。

『本当に心から使いたいと、誰かのために使いたいと願う時に叶うのかもしれないわ』

 ふと彼女の言った言葉をノインは思い出す。

 そして、

『自分で自分を大切にするのが苦手なら、誰かに1番大切にしてもらうのはどうかしら? 例えば私にとか』

 この返事を彼女にしたいと彼は願った。戦火で後悔しないためにも。そして何よりも、歯を食いしばって必ず生きて帰りたいと希望を抱くためにも。


転移魔法(テレポート)」 


 失敗を恐れずに唱えた。彼が今まで自力で成功出来ずにいた魔法を。




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