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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第五章 誰がために
138/198

4−3

「出来た………っ!!」

 ハンカチを握り締めて達成感を抱いているのはココ。裁縫は幼い頃からやっており、メイド寮の自室で黙々と縫って完成させた。

 後は本人に渡すのみ。

 だが、これが彼女にとって難問なのだ。

「アンティス様に………」

 何せ照れ過ぎて想い人であるアンティスを見つけただけで、隠れたり逃げたりしてしまう。今も彼を考えただけで顔を真っ赤に茹だってしまうのだ。

「明日、騎士団の宿舎に行って………渡せるかな」

 不安を抱きつつ、彼女はひと仕事を終えて眠りに就くのだった。




「おはよう、ココ」

 早朝に庭師のリリーナとシェフのヴィックと厨房で朝食を摂るのが日課。ちなみに今日もリリーナはヴィックに髪を結ってもらい、いつものポニーテールに戻っている。

「おはようございますっ」

「あらやだ、目の下にクマ隈が出来てるじゃない。どうしたの?」

「ふぇっ!?」

 ヴィックに指摘をされ、ココは思わず目の下を触った。

「あんたまさか、愛しのアンティス様のために刺繍でもしてたんじゃないの?」

「えっ、どうしてわかったんですかっ!?」

 ココはあたふたとパニックになり、ヴィックはフフッと笑っている。リリーナに関してはパンを食べながら澄まし顔で二人を見ていた。

「あんたが睡眠不足になるなんて、何か作業をやり遂げた時かなって思うもの。悩み事だったら、そのうちすぐ寝そうだし」

「うっ…」

 図星過ぎて何も言い返せないココ。こそこそとポケットから緑色のハンカチを取り出して広げた。

「変じゃないでしょうか…?」

 緑のハンカチには白い絹のような糸で瓢箪(ひょうたん)型の実と丸みを帯びた葉が刺繍で描かれていた。

「あら上手! プネマカウリの実ね!」

 プネマカウリ、幻の樹の名を聞いてリリーナはぴくりとヴィックを見た。魔法に無縁のヴィックも知っているのか、内心小さく驚く。

「じゃ、後は御本人に渡すだけね」

「そ、そうなんですけど〜…」

「このヘタレ、頑張ったんだからちゃんと渡しなさい!」

「ふぁ〜い………」

 ヴィックに強く言われ、ココは力無さげにパンをはむっと頬張った。ゆっくりともぐもぐと噛み、笑顔を一瞬も見せずに朝食を完食。

「ごちそうさまです……」

 そう言って食器を片付けると、ココはとぼとぼと厨房を出て行った。




「はぁ」

 仕事場でもある騎士団の宿舎に辿り着く。騎士団たちは身支度をし、訓練や見回り等の準備に取り掛かっている。

 アンティス団長は団長室に居るはず。

 普段ならアンティスと顔を敢えて合わさずに団員たちの寝室に行き、ニックと口喧嘩をしながら清掃を始めるのだが…。

「どうしよう…」

 ココは団長室の扉の前に立ち尽くしてしまった。血に流れる僅かな魔力の気配を察するに、中にアンティスは居る。

「今日は東の洞窟まで偵察だぜ」

「早く戻れるといいよな」

 背後から話し声が聞こえてきて、ココは咄嗟に隠れようと思い、その反動で思わず扉を開けて中に入ってしまったのだった。

「ココ…?」

「うひゃぁああっ!? あああああアンティス様っっ!! の、ノックもせずに入ってすすすすすすみませんっっっ!!!」

 椅子に座っていたアンティスだが、立ち上がってココに近付いた。頭頂部で結んだ彼の黒髪が艷やかに揺れ、一歩一歩ブーツが低い足音で床を鳴らす。

「あああああのっ!! これっっ!!!」

 ココが下を向きながら緑のハンカチを前に差し出した。手はふるふると震え、耳まで真っ赤に染めている。

「私に………?」

「はいっ……! よ、良かったら、使って下さいっ!!」

 アンティスはそっとハンカチを受け取り、ほのかに頬を赤く染め、

「有難う。大切にする」

 ハンカチを持っていない方の手で彼女の頬に触れようと伸ばす。

 が、

「では、そういうことでっ!! 失礼しましたぁぁああっっ!!!」

 ココは扉までの僅かな距離も全速力で走り、そこから団員の寝室がある上の階へと駆け上がってしまったのだった。

「………………」

 彼女に触れる機会を失ってしまった片手。しかし、優しくハンカチを掴むと、それをそっと彼は唇に当てたのだった。


「おはようございますっ!! 清掃入りますっっ!!」

 顔を真っ赤にして呼吸も荒いままココは日々の仕事である清掃に取り組もうと大声を出した。

「ちょっ、ココちゃん今日やけに気合入ってない?」

 団員たちが戸惑いながらココに話しかける。

「至って普通です!!!!!」

「そ、そうか………」

 だが、背後から大股で彼女に近付く男が居た。

「朝からうっせーぞ」

 軽くコツンと背後から頭を叩かれ、ココはギュインと勢いよく振り返る。

「うるさくて悪かったわね!」

 今日もニックと口喧嘩が始まる。そう思った彼女だったが、返って来たのは喧嘩口調ではなく、額に添えられた大きな手。

「……………寝てろ」

「えっ」

「熱がある。1日ぐらい掃除しなくても俺たちは死なねーよ」

 そう言うとニックはココの腕を引っ張り、自分の寝台にココを強制的に横にさせた。

「ニック!?」

「悪い、こいつ看病してから行く。副団長に遅れると伝えておいて」

 ニックが同室の団員に声をかける。普段なら二人のことを誂ったり、ニックのサボりグセを叱るのだが、

「わかった。ゆっくり来いよ」

 どことなく切なそうな顔をし、彼等はそっと部屋から出て行くのだった。

「何かあったの?」

「こっちのセリフだ。目の下クマ作って熱出して、仕事出来る体調じゃないだろ」

 ニックが不機嫌そうに腕を組み、寝台の横に椅子を置いて座る。

「これ、作ってて。はい」

 ココが上半身を起き上がらせてニックにも緑のハンカチを差し出す。彼用に作った方にも同じ刺繍が施されていた。だが、上手く縫えた方をアンティスに渡している。

 ニックは大切な物を取るように優しく受け取り、唇を少し結んで頬を染めた。

「有難う」

「何だか様子が変だったね。普段なら看病なんて言い訳にして訓練サボるなとか言いそうなのに」

「ココ、落ち着いて聞け」

 ニックがココの手をぎゅっと握り、しっかりと視線を彼女の瞳に向ける。彼女もまた、ニックを見ていた。

「戦争に行く。明日アンセクト国に行ってくる。セティーも」

 ココは口を半開きにし、頭が真っ白になる。涙も流すことが出来ないくらいに。

「俺がいない間は庭師と離れるな。あの女と共に居れば問題は無い」

「せん……そう…………」

 ようやくココから涙がぽろぽろと溢れてきた。

「必ず生きて戻って来る。俺が約束を守らなかったことなんか無いだろ?」

 安心させるかのようにニックがココをぎゅっと抱きしめる。ココもまた、幼い子どものように彼を力強く掴んだ。


「行ってくる」


 イカナイデ………昔どこかで泣きじゃくっていたような……彼女はどこかはっきりしない感覚になりながらも、大泣きを堪えた。


「待ってるからね」




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