表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第五章 誰がために
137/198

4−2

 天井の透明なステンドグラスの無色のガラスには、例年よりも早く黄色く染まった葉がはらりと落ちていた。

 ここレジウム国は以前よりも格段に密兵は減った。ザルだった国境の警備もアンセクト国を筆頭に強化し、ロナール国が作物を無償で輸出することで大陸の各国が警備に国費を費やす余裕も生まれつつある。謁見の間の玉座にて肘を付きながらレジウム国王は兵士の報告を聞いていた。

「失礼します」

 だが突然、慌てた様子の兵士が入って来る。

「何事だ」

 眉間にしわを寄せた国王に睨まれ、兵士がさらに強張った様子に。

「ただいま、アンセクト国より国王が来国をされまして。陛下にお会いしたいと」

 レジウム国王はさらに不機嫌な顔立ちになり、

「全員外へ出ろ。ヤツを通せ」

 玉座に座りながら片足を揺すり出した。

「ハッ、ただいま!」

 謁見の間に居た全員が走って扉の外へと出て行く。代わりに微笑を浮かべながら長い髪をサラサラと揺らしてアレーニが入って来た。手にはノインから返してもらったあの本を持っている。

「フンッ、事前に連絡もせずに来国とは、それがアンセクト国の常識か」

 明らかに苛つきながらレジウム国王が座ったままアレーニを見下ろす。

「そうカッカしないの。こっちだって非常事態なんだカラ」

 アレーニが指で円を描くと、ソファーを魔法で出し、背もたれに寄りかかって座った。

「勝手に物を置くな」

「疲れているんだからちょっとぐらい休ませて下さいヨ」

 王子の頃からこの男は極端にマイペースで苦手だ、とレジウム国王は露骨にため息を漏らした。

 しかし

「さっさと言え。用件は何だ」

 憎たらしいが昔からキレ者でもある。レジウム国王は単に暇つぶしに来た訳でも無いと悟り、さっさと彼の用事を済ませようとした。

 アレーニはクスッと微笑み、本をふわりと浮かすと指先で円を描いてレジウム国王の膝の上に瞬間移動をさせた。

「本を開いてみて。何がある?」

「この本がどうしたのだ」

 さっさと本題を伝えないアレーニに苛々しながらもレジウム国王は適当に本を開く。そして本の最初のページも開き、パラパラと全ページを流れるように半開きに目を通した。

「何だこの本は…」

「何が見えます?」

「これでは本が読めぬだろう」

 レジウム国王が本を開いたまま片手で中を払った。見開きページの上にある何かを払い落とすかのように。

 すると、何もないと思えた本の中身から幾つもの網目模様黄色の皮のような物が舞い上がり、はらはらと落ちていった。

「これは………!?」

「やっぱりね、これで中身が見えるようになった」

 レジウム国王が驚いて振り向くとすぐ背後にアレーニが立っていた。本は全て白紙になったが、本に挟まった状態で出現したのは一通の手紙。

「アンセクト国王、これは一体何なのだ」

「手紙を開けてみよう。きっとボクたちが読んでも理解が出来る内容のはず」

 レジウム国王が封筒から便箋を丁寧に出す。

「ロナール語か」

「読めマス?」


 あなたがこの手紙を読んでいるということは、記憶を取り戻したか、何かの理由で太陽の丘に戻って来れたということでしょう。


「あなた………? 太陽の丘……?」

「………………」

 アレーニは黙って指を軽く唇に当てながら真剣に聞いていた。そこに普段の飄々とした笑顔は皆無。


 私達は大陸の北に向かいます。生きて戻って来れるとは限りませんが、それでも行かなくてはなりません。大地の悲痛な叫びを無視することなど太陽の丘の民として出来ませんから。

 私達はあなたたちに魔法をかけます。この手紙を読んでいる頃にはとっくにかかっている状態のはずでしょう。それは、あなたを記憶から消すこと、そしてあなたの力を決して誰にも話さない強制の呪文です。

 太陽の丘の民には今までも異例な程力の強い者が何人かいたと聞いています。その中でも突出しているのは2000年前に生きた、フローラという者。太陽の丘の民の亡骸は見つかっていない者も多数いますが、フローラもその一人です。当時の植物使いが「彼女は人間に最期まで捕まらなかった」と言っていたのを聞いたらしいのです。ですが、当時大地は一度死に、皆新たな生命として蘇ったため、彼女の最期の在り処を知る者が植物にも動物にも蟲にも鳥にも魚にも竜にも居ないのです。

 彼女の亡骸が悪しき者に渡る前に何としても太陽の丘に連れ戻したい、これが私達の長年の願いです。当時あなたはまだ幼かったから話しませんでしたが、私達は代々言い伝えられていたのですよ。


「…………アンセクト国王、これが何かわかるか」

「う〜ん、確証は無いけど何となくならネ」

 途中で本を取り上げようともせず、アレーニはレジウム国王の背後に立ったまま真剣に聞き続けている。レジウム国王も仕方なく再び読み上げた。


 あなたがこれを読んでいる時代には北の地はどうなっているのでしょうか。平和でしょうか、それとも荒れたままでしょうか。北の地の支配者が欲しているのはフローラの亡骸。竜たちを無理矢理支配し、大陸全てを支配するのが企み。

 もし、生き残ったのがあなた達だけならば、あなたが最後の光。そして運命にも太陽の丘の王の力を受け継いだ者。全ての命を味方にし、北へ行って平和な大地を取り戻して欲しい。そして、フローラを見つけて欲しい。

 必ず生きて、全ての大地に太陽の光の恵みがあらんことを祈ってます。

 

 手紙を読み終え、レジウム国王は静かに封筒に仕舞い、また本に挟んだ。

「…………」

 本当にこの男はキレ者だ、とレジウム国王も黙っている。

「近々、ボクの国がゲルーに攻められる予定でね」

「戦力の要求か。兵士は何人必要だ」

「一人で良いんだな。レジウム国で1番強い人」

「…………」

 背後から発せられるアレーニの声色は怖くらいに朗らかだ。何故こんなにも見透かされているのかとレジウム国王はぎりぎりっと本を大きな手で握り締める。


「その女性だけを明日アンセクト国に寄越して欲しいんダナ」


 尚も黙って顔を伏せて本を握るレジウム国王。アレーニはレジウム国王から本を取り上げ、

「有難う。おかげで色々知れたヨ」

 ステップを踏みながら階段を降りて出しておいたソファーを魔法で消した。

「そんなにビビらないでヨ。悪いことには使わないって。じゃあ失礼しますヨ」

 そう言うと彼は相変わらずマイペースに魔法で姿を消して自国へと帰って行く。


「あの男は本当に昔から食えないわ」


 玉座に座ったままレジウム国王は額の汗を手で拭い、またもやため息を漏らすのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ