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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第五章 誰がために
135/198

3−5

「…………家に居た頃、よく妹や弟たちにも肩叩きしてもらってたな」

 カロリーナに肩に手を添えられていると、ノインがぼそりと呟き始め、カロリーナもまた肩揉みをし始めた。

「あら、仲良くていいわね」

「6人兄弟」

「6人!?」

「俺は1番上」

「あら……」

 一人称が“私”から“俺”に変わったわね、とカロリーナは気付く。ほんのりと口元を緩ませながら、彼女は肩揉みを続けた。

「片田舎で暮らしていたんだ。けど、父が事故で身体が不自由になって…。母と兄弟たちで協力し合っているんだけど……元気してるかな」

「ノイン、あなたこそご家族を特別な魔法使いの方に治療をしてもらったら?」

 病弱と噂されたロズウェル家の長女を特別に治癒してあげようと提案をしたのはノイン。カロリーナはそれを覚えていて、逆に彼自身の家族のために頼ったらどうかと提案をする。

「…………考えたこともなかった」

 ノインにまるで意外な提案をされたかのような驚いた顔をされたので、カロリーナは仕方がないわねと僅かに苦笑を浮かべた。

「もっと自分に贅沢をしてもいいのよ、と言いたいところだけど、自分のことを優先に考えるのが苦手な人っているわねよね」

「…………」

 兄弟が多く、ノインは家族で我慢をすることももはや当たり前のように感じていた。彼の給与は全て実家に送っている。幼き弟たちや苦労して働く母のために、そしてリハビリをする父のために。

「そこで提案よ!」

 急に明るい声が上から降ってくる。ノインは垂れていた頭を上げた。カロリーナの笑顔が見える。


「自分で自分を大切にするのが苦手なら、誰かに1番大切にしてもらうのはどうかしら? 例えば私にとか」


 思いもかけない突拍子もない提案。ノインは赤面になりそうで、急いで再び下を向いた。

 自分は単なる領民、それも地方貴族の。方やカロリーナは三大貴族の令嬢。恐ろしいくらいに身分差がある。魔法学校を首席で卒業をして得た王族の側近という職業だが、家柄までは変えられない。

 自分はカロリーナと釣り合うことなど許されない。ノインは俯きながら沼に吸い込まれそうな程心が沈んでいく。


 だけど……。


 見上げれば清々しい程に自分を見つめる笑顔。その眩しさに、ノインの心は掴まれていく様。

「…………考えておく」

 これが今の彼の精一杯の答え。

「ええ! 沢山考えておいて!」

 そして、曖昧な答えでさえも全面に許してくれる彼女の寛大さにノインは当たり前だった我慢精神が少しずつ解れようとしていく。彼自身の本音と向き合うために。


「はいっ! 肩揉み終了」


 本当はもっと触れて欲しい。


「そろそろお暇するわ。ありがとう、時間を作ってくれて」


 本当はもっと話したい。


「アジュールにもし会う機会があったらよろしく伝えてもらってもいいかしら」


 本当はアジュールよりも君が常に毎日会える距離に居てくれたら…。


「では、ごきげんよう、ノイン」


 本当は………。


「また会えるのか、俺なんかに」

 口に出してからノインは気不味そうに手で口を隠した。何て自分を卑下して格好悪いザマだ。これでは相手にわざわざ否定をしてもらいたいような女々しい発言だとノインは焦り、

「いや、今のは無しだ、すまな」

 訂正と謝罪をしようとしたが、彼の言葉を遮ったのは何よりも真っ直ぐな声色。

「沢山考えてって言ったでしょ。それも含めてね」

 偽りが微塵にも感じない彼女の姿勢にノインは何も言い返せずに戸惑いながら立っていた。

 ふっと軽く微笑むと、彼女はノインに背を向けて侍女と共に小庭を去って行ったのだった。

 

 ベンチに残った本たち。ノインはぎゅっと持ち、ある場所へ小走りで向かった。


「あらぁ、あなたが一人でお出ましになるなんて意外ねぇ、前髪くん」

 ノインが辿り着いた先は薔薇の迷宮。真っ白に輝く一輪花の白薔薇姫がシュッと立っている。

「力を貸してくれませんか。この本にかけられた魔法を解く方法を教えて下さい」

 ノインは緊張しながらも白薔薇姫に頭を下げた。白薔薇姫は首を傾げるように花弁を横に傾け、

「貸して」

 突然地面からぼこっと根を出すと本に巻き付き、花弁に近寄せた。

「…………とてつもなく強い魔力を感じるけれど、私にも解けなそうね。魔力の実態がわからないわ」

「そうですか…」

 白薔薇姫から本を返されるとノインは伏し目がちに本を受け取った。

「それ、太陽の丘から託された本なんでしょ? 太陽の丘の民に頼んでみたら?」

「しかし……アジュールの中のフローラが書物を読んだきっかけに再び暴走するかもしれませんし」

「あら、あなた知ってるでしょ? 太陽の丘の民のうっす〜い血を持ってる人」

「え」

 それはアレーニだ。しかし、アレーニは本の解読を頼んだ張本人。彼に頼んでも解決にはならないはずだとノインは考えた。

「頼んだ人に頼っちゃいかないのが人間のルールなの? あなたはこの本は意味のない言葉が羅列されているまでわかった、それを彼に伝えたら他の方法を閃くかもしれないわ。あの男はいけ好かないけれど、魔法や太陽の丘の民については知識も豊富だと思うもの」

 以前のノインなら一人でがむしゃらに解読しようとし続けただろう。誰かに頼れと言われても、誰かの手を煩わせまいと一人で背負おうとしただろう。

 肩にそっと手を触れる。

「植物から虫に伝言をお願い出来ませんか。その方が早く伝えられると思うので」

 ノインの依頼に白薔薇姫は美しく白き葉を広げた。

「喜んで。あなたからの願いですもの、引き受けるわよ。ノイン」

 何だ、名前覚えているんじゃないか、とノインは思いながら頭を下げ、薔薇の迷宮を後にした。

 厚い雲が空に積まれる暑き季節から、雲ひとつない青天に蜻蛉(とんぼ)が翔ける空が間もなく訪れようとしている。

「ノイン!」

 中庭に立つ大木カジュに大声で呼ばれ、振り向いたノインの顔は、正に晴れ渡っていた。




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