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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第五章 誰がために
134/198

3−4

「…………はぁ」

 執務室でため息を漏らすのはノイン。

 太陽の丘にあった本をアレーニから手渡され、解読を頼まれたが一向に解読が出来ないでいる。


 文字は読める。が、言葉がまるで意味を成していない。


 適当に文字を並べているだけかのようにも見え、ノインは何かの法則でもあるのかと思考してみたが、全く出口が見えないのだ。

 おまけに転移魔法の習得も出来ていない。

 古代文字の辞書や転移魔法の魔導書などが机に山積みになっていて、ノインが本に埋もれてしまいそうである。


「ごきげんよう、ノイン!」


 バンッと突然扉を開けて登場したのはカロリーナ。先日は侍女から逃れるために塀を乗り越えて汚れたドレスを身に纏ったじゃじゃ馬っぷりではあったが、今日はドレスに汚れは無い。だが、背後から申し訳無さそうに先日と同じ侍女が後からやってくる。

「………カロリーナ、どうやって入って来れたんだい。今アレスフレイム様は不在だが、簡単には入れない部屋だ」

「そんなのロズウェルの肩書を使ったに決まってるでしょ! 三大貴族の令嬢がお通りよ! ってね」

 あまりにも堂々とした風情にノインは何も言えなかった。

「申し訳ございません、事前に相談もせず、非礼であることは重々承知しております」

 そしてカロリーナ本人ではなく、今日もまた侍女がひたすら頭を下げてくる。ノインは軽く息を吐き、

「頭を上げて下さい。非礼だとは思っておりません」

 侍女のロザリーにこれ以上の気遣いは不要だと伝えた。ロザリーもノインに言われ、頭を上げてたが気まずそうにしている。

「私、昨日きちんとお礼を伝えてなかったでしょ。昨日はありがとう、ノイン。お陰でアジュールにも会えたわ。そして迷惑をかけてしまってごめんなさい」

 ノインの前に真っ直ぐに立ち、背筋を伸ばしてはっきりとした口調で謝罪をするカロリーナ。途中で髪を耳にかけたり、首を傾げたりなど、女性らしい仕草など一切せずに。凛とした姿にノインは何も返事を出来ずに、じっと彼女を見ていた。

 カロリーナは視線をノインの机上に移した。山積みの本。ノインの多忙さを察し、カロリーナは美しい立ち姿をさらに背筋を正してノインを見つめた。

「………今日はこれだけ! 突然押しかけて来ちゃってごめんなさい。失礼するわ」

 くるっとノインに背を向けて凛々しくヒールをコツコツと響かせながらあまりにも潔く去ろうとする。ノインは思わず中腰になり

「カロリーナ」

 彼女の名を呼んだ。ゆっくりとカロリーナが再びノインに振り向く。

 彼女を呼び止めたがノインは何て言葉をかけたら良いのか戸惑っていた。自分でも何故彼女を呼んだのかわからなかったのだから。

「…………良かったら、また小庭で話しをしないか?」

 女性に話しをしようなど誘うのは初めてで、ノインはむず痒くなりながら立っていた。一方でカロリーナは、

「喜んで!」

 凛々しいくらいに満面の笑みで答えた。そして、その場に立ったまま大きな瞳でノインをじっと見る。ノインはハッとし、大切な本だけ持つと彼女の横に立ち、腕を曲げて差し出した。

「では、行こうか」

 カロリーナの貴族女性の割には筋肉質でスッとした手がノインの腕に添える。

「ありがとう。お願いするわ」

 常に胸を張るカロリーナが横にいると、ノインも背筋が自然と伸びた。ロザリーは意外な男女の組み合わせに驚きを抑えられず、開いた口を手で隠す。

 いつもアレスフレイムの側で片目を前髪で覆ってひっそりしていたノインだが、隣のじゃじゃ馬貴族令嬢をリードしているかのようにただ前を見て歩んで行った。




 辿り着いたのは二人が初めて出会った小庭。

 ノインがベンチへと促すと

「ありがとう。ノインも横に座って」

 カロリーナは座って優しく隣をぽんぽんと叩いた。

「ああ、ありがとう」

 ノインも横に座る。

 ただ二人で並んで座るだけなのに、先程腕に添えられた時とは違う妙な落ち着かなさをノインは感じていた。

「その本、重要書物なの?」

 ずっと持ち歩いていた本に興味津々になるカロリーナ。

「ああ。今はこれの解読をアレスフレイム様から頼まれていた」

「どんな内容なの? あ、流石に言えないかしら」

「いや」

 ノインは軽く笑った。

「言えないには言えないな。全く解読出来ていないから。文字は読めるが全く単語すらになっていない」

「単純じゃないってことは、魔法絡み?」

 流石に名家の令嬢だな、とノインは感心した。

「そう。特別な場所で入手した書物で、大昔の解析にも繋がるかもしれないんだ。本も開けるようになったのは、特殊な魔力の持ち主が魔法による細工を解いたおかげなんだ」

 カロリーナは、「ふ〜ん」と澄ました顔で考えると、答えを出すのに然程時間もかけず、思い付いたことを述べた。


「ねぇ、そんな重要な内容なら、私なら何重にもロックするわよ?」


 カロリーナの予測にノインは目を見開き、本と彼女を見た。あまりにも可能性が高過ぎる。

 きっと太陽の丘の民にしか解除出来ない方法なのだろう、と。

 ノインが緊張下面持ちで本を見ている表情をしていると、それを見たカロリーナが急に立ち上がった。

「カロリーナ?」

 そして彼の背後に立つ。両手を彼の肩にぎゅっと掴んだ。

「他にもさっき机の上に魔導書も置いてあったわよね? 何か魔法の練習もしているの?」

「あ、ああ、そうだけど…」

 不思議そうにノインは振り返ってカロリーナを見上げた。


 彼女は聖母のように美しく微笑んでいた。


「頑張り過ぎないようによ。十分過ぎるくらいにあなたは努力していると思うわ」

 するとカロリーナはノインの肩を揉み始めた。ノインはドキッとして最初は身体に力が入ったものの、カロリーナの慣れた手付きに思わず見も心も解れていく。次第に肩を預けるようにノインの頭が垂れていった。

「あのアレスフレイム様が不自由なく政策が出来るのはあなたの支えがあってこそですもの。私達国民は王族に感謝しているし、勿論、あなたにも感謝しているわ。たまにはね、努力だけじゃなくて時の流れに任せることも良い結果になったりするわよ。私は魔法が使えないけれど、プレッシャーを感じながら習得するよりも、本当に心から使いたいと、誰かのために使いたいと願う時に叶うのかもしれないわ。本の解読だって、信頼出来る誰かに協力してもらった方が早く解決出来るかもしれない」

 肩のツボを押す指の力が思ったよりも強い。令嬢なら身体を動かすことなどほとんど無いだろうが、カロリーナにはどこか鍛えた様子も感じる。日々走り回って侍女たちを困らせているのだろうか。

 それとも、

「随分、力が強いんだな」

「あ、ごめん。痛かった?」

「いや、気持ちいい。令嬢は肩揉みも習うのか?」

「お父様や領地の人たちにしたりされたりしていく内に覚えていったのよ、私はね」

「カロリーナも畑仕事をしているのか」

 親指にぐっと力が入った。ノインの凝った物が力強く解かれようとしていく。

「当然。ま、主に現場監督みたいなものだけどね。状況判断をして、人繰りや出荷計画を考えたりして。作物を育てるのは領民たちが努力してくれているわ」

「………君も、日々努力をしているんだろ。指先の力でわかる」

 肩揉みをしていた手がきゅっと止まる。

 互いの顔が見えない。

 彼を掴んだ手、そして彼女に掴まれた肩、それぞれが新たな熱を覚えていく。




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