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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第五章 誰がために
133/198

3−3

「はぁっはぁっはぁっ」

 魔法を使わなくても逃げ足が速い。ココはアンティスの存在に気付くと無我夢中で全速力で駆け出した。彼女は魔力が強い分、魔力の察知能力も長けている。気付けば図書館から飛び出して敷地内の煉瓦道を歩いていた。

「はぁ……すぐ逃げちゃうの、ダメだなぁ」

 一緒に居たリリーナを図書館に置き去りにしたことにも罪悪感を抱く。


「あ〜ら、恋の悩みかしら?」


 楽しそうな声色で聞くのは、地面に根を張り巡らせる者。そう、白薔薇姫だ。城の敷地内にある中庭の主で、全身を真っ白に輝かせる一輪薔薇。中庭にある薔薇の迷宮に鎮座しているが、とてつもなく長いと思われる根を敷地内中に伸ばしていて、時折こうして地面から突如話しかける。と言っても声が届く相手は限られるが。

「白薔薇姫様っ!?」

「あなたって好き好き言う割にはアタックしないのね」

「あ、あの、誰かに聞かれたら…恥ずかしいです」

 下を向きながらココは小声で返事をする。

「あら、どうせ聞こえないでしょ。今近くにリリーナターシャがいるわけでもないし、他の人間には聞こえないんだから」

「そうですけど…」

「早くキューピットとやらをとっ捕まえれば? そいつに弓矢で射ってもらって服従させる血生臭い恋の実らせ方があるんでしょ、人間には」

「人間の話を猟奇じみた解釈しないでくださいっ」

 白薔薇姫は植物、人間の文化については完全に理解をしているわけではない。強い魔力の持たない人間の声には植物たちは聞き取りにくいのだ。そのため、少数の人間の声しかはっきりとは聞えない。

「アンティス様は元々貴族です。私とは到底釣り合わないですよ…」

 とぼとぼと独り寂しげに歩く。ココは太陽の丘の民という幻の種族ではあるが、表向きは孤児で教会出身の魔法が使えないメイド。貴族の騎士団団長のアンティスとは到底結ばれることが出来ない身分差があるのだ。

「ふ〜ん、人間って本当に面倒くさいわよね。本当に相性の良い相手で強い遺伝子を残すには身分なんて関係ないと思うのに」

「いっ遺伝子…っ」

 突然ココはぼぉっ!と顔を赤面させると、クスクスクスと笑い声が聞こえ、自分を笑われたのかと周りを見ると笑い声の主は見当たらなかった。


「本当にあなたって、シリウス様が好きなのね!」

「ちょっと声が大きいよ!」


 こっそりと声のする方へ行くと、城の方へ入っていく二人の貴族令嬢らしき娘がいた。

「けれど、また魔物刈りに行ったりしてあまり会えないの」

「あら、でしたら贈り物したらよろしくて?」

 贈り物………ココが興味津々に盗み聞きをする。メイドのため、その辺を掃除している振りをしながら簡単に近付けた。

「贈り物って?」

「ハンカチなんてどうかしら。小さくて軽いし、持ち運んでくれたら、あなたのことを思い出してくれるわよ。でも単にあげては特別感が無いわ。思いを込めて少し刺繍をした物を差し上げた方が気持ちが伝わりやすくてよ」

 令嬢たちはそれからも楽しそうに話しながら廊下を歩いて行った。

「な、なるほど……!」

 ココは目を見開き、光り輝かせながらさっそく外へと駆け出した。黒のワンピースに白のエプロンが気持ちと一緒にふわりと舞う。

 そして木陰に隠れ、

転移魔法(テレポート)!」

 と唱え、姿を消したのだった。




「ただいま!」

 彼女が着いたのは守りの森、太陽の丘の魔女の彼女にとぅては庭だ。

「ココ! おかえり!」

「今日はセティーと一緒じゃないの?」

 森中の植物たちに声をかけられ、ココは嬉しそうに周りの木や花を見る。

「今日はお願いがあって来たの」

「なんだい、騒がしい」

 ドクンドクンと脈を打ちながら話しかけるのは森の主、苔だった。

「オババ様! あのね、久し振りに糸を作りたいの」

「糸? 何で急に」

「私だって縫い物したくなる時ぐらいありますよ!」

「はぁそうかい、地上で生きた時間が長過ぎてせいぜい忘れてなければいいもんだね」

 苔に嫌味を言われると、ココはぷぅっ!と頬を膨らませるが、すぐに自然と足を歩ませた。


 ココの顔の高さ程の茎を伸ばして細かなギザギザとした葉を茂らせて群れる植物へ。


「カラムシさん、あなたが許してくれるなら、あなたの命である茎を私に分けて下さい」

 

 カラムシの群れは長い茎を揺らすと

「構わないけれど、何に使うの?」

 と尋ねてきた。

「戦いへ行く者への加護を縫うためです」

 そうやって、ココは以前母と縫ったことがある。北の地の異変に立ち向かうべく、太陽の丘を発つ仲間のために……。

「承知したわ。必要な分を民に捧げましょう」

「ありがとう」

 ココは丁寧にお辞儀をして、数本のカラムシを抜いた。茎をぎゅっと握って持つと、今度は別の場所を目指して歩く。木漏れ日が眩しい。


 ココの腰辺りまで茎を伸ばし、羽状の切り込みのある葉、そして茎の先にとても小さな黄色の花が咲いている。茎と葉は細かい白い毛が生えていて、一年中雪を薄く纏っているような植物。


「来ると思ったわ。作り方、忘れていないのね」

「忘れないよ。あなたの力が必要だもの、シロタエギクさん」

 シロタエギクは何もかも理解をしているかのように、茎を曲げて葉をココに向けた。

「誰かの盾となることを誓いましょう」

「ありがとう」

 ココは葉を茎の根本からぶちっと引き抜き、抜いた植物たちを持ち、また別の場所へと移動をした。


「はぁっ、やっと着いた」


 泉である。こんこんと湧き出るのは聖水。リリーナの魔法が維持され続けていて、聖水の泉は深い底も美しい蒼で見える。

 ココは泉のほとりに足を揃えて立つと、手に持っていたカラムシの茎とシロタエギクの葉を泉の上へと放った。

風浮(フロウ)!」

 幼い頃に父に教えてもらった風属性の魔法を唱え、カラムシとシロタエギクを泉の上に浮かせた。


植物紡糸(フィト・クロスティ)!」


 両手を前に出しながら広げ、ココは魔法を唱えた。泉に太陽の光が降り注ぎ、水の反射で煌めく中、カラムシはくるくると回転しながら皮を光らせて繊維状へと変形し、シロタエギクは泉の水が噴出されると、水に溶け込み、繊維状のカラムシと合わさっていく。光りながら回転し、陽の光で水が乾いていくと、白く光る滑らかな糸が出来上がったのだった。ふわりとココの手のひらへと落ちていく。

「すごい……水が違うから白さが増した気がする」

 ほぉとうっとりしながら出来栄えの良さに見惚れていたが、帰らなくちゃとココは思い返した。

「ケルちゃん!」

 ココの匂いを感知して聖獣ケルベロスがやってきた。身体に対して頭が3つもある。恐ろしい姿ではあるが、ココにとっては昔からの友達だ。背中に乗るのも慣れていて、首元にしっかり捕まればケルベロスは走って行く。

「オババ様、みんな、また来るね!!」

 聖獣の背中に乗りながら別れの挨拶をし、あっという間に森の外へ到着した。

「ありがとうケルちゃん、大好きよ」

 3頭それぞれにココは頬擦りし、転移魔法で再び王城へと戻ったのだった。




「勝手にどこに行きやがってた」

 ひっそりと城に戻れたと思ったが、呆気なくココは問い詰められている。ニックに。彼の茶色の瞳は怒りで満ち溢れていた。ココのすぐ後ろは木が立っていて、目の前に立つニックの手が木にドンと付き、ココは不機嫌なニックに突き迫られている。

「さ、里帰り」

「太陽の丘か……だから魔力を感じなかったのか。急にどうした」

 不機嫌な顔から少し心配そうな表情も混じえてきた。ココはおどおどとしたながら彼を見る。


 アンティス様だけに渡すのもアレだし、ニックにも作ってあげようかな。


 単に贈り物を作るための糸を作りに行ったと言えばめちゃくちゃ叱られるかもしれない。ココはなるべく叱られるのを避けるためにも、上目遣いで許してもらおうとした。

「その、刺繍をするための糸を作りに行ったの。贈り物を作ろうと思って、ニックに」

「俺に?」

 こくこくとココが頷くと、ニックは自身の口元を咄嗟に片手で覆い隠した。

「ちゃんと受け取ってやるから、無断で遠くに行くのはやめてくれ。心臓に悪い」

 よく見るとニックの額に汗が出ていて、服も汗で染みている。

「………ごめん」

 ココが反省したように謝るのを見ると、ニックは彼女の頭をそっと撫で、

「わかればよろしい」

 とほっとしたように言うと、騎士団の訓練場へと走って行ったのだった。


 両腕を振って駆ける彼の口元は緩んでいる。彼女の贈り物を心待ちにしながら。




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