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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第五章 誰がために
132/198

3−2

「シャンデリーゼとガラスの靴」

「知らない」

「紅姫と林檎」

「知らない」

「眠れぬ森と美少女」

「知らないわ」

 リリーナとココは図書館に来ていた。座っているのは児童書棚の前の椅子。ココが有名所の絵本を持って来るが、リリーナにことごとく知らないと言われる。リリーナはパラパラと絵本を開いて眺めていた。

「教会育ちの私でさえ知っているのに。貴族ってあまり絵本は読まないんですね」

「え?」

「え?」

 リリーナは隠れ令嬢で、領地の娘ということにしており、誰にも正体を明かしていない。なのに何故ココに貴族だという言い方をされるのだろうか。

「何故、貴族だと思ったの?」

 小さな声で聞いてみる。もしかすると、ココの勘違いかもしれない。

「あっ!」

 ココはハッとしてリリーナの耳元にこそこそと話しをした。

「植物たちが教えてくれたんです。リリーナさんの本当のお名前。だけど誰にも言いませんよっ。私にも秘密にしてもらいたいことはあるんですから」

 植物たちに聞いたのなら納得。人から聞いたわけではないのなら、とリリーナはほっとした。一方でココは太陽の丘の民の生き残りであり、最後の太陽の丘の魔女。普段はメイドとして率先して掃除に励んでいるが、本当は莫大な魔力の持ち主であり、難易度の極めて高い光魔法を使いこなせる。

「ちなみにニックも知っていましたよ?」

「えっ!?」

 ニックはココと同じく教会出身のサボり魔騎士。表向きは魔法が使えない野生児だが、本当は魔力が普通の人間よりも桁違いに強く、ココを守るために彼女の側にいる。リリーナはまだ彼とは深い話などじっくりとしたことは無いため、増々何故彼が知っていたのか不思議過ぎる。

「リリーナさんが守りの森に竜に乗って入る時に名乗ったって」

 そう言われてリリーナは自身の記憶を巻き戻してみた。


『私の名前はリリーナターシャ・ロズウェルと申します。貴女の怒りを鎮めるために勝手ながら踏み入ったことをお許しください』


「あ」

 言ってる。確かに本名名乗ってる。あの時は必死だったからと思いつつもリリーナは今後気を付けようと反省した。

「ニックも絶対に言いふらさないから大丈夫ですよっ」

「うん、私も彼なら信頼出来る」

 出会って間もないのに信頼関係が築けていることに、ココは心が少しちくんとした。

「いざ本題ですがっ! やっぱり恋の入門はまずは絵本からだと思うのですっ!」

 リリーナは澄まし顔でパラパラと本を捲った。速読で文章を読みつつどちらかと言うと絵を眺めていた。

 シャンデリーゼという継母とその娘たちに虐められている美しき娘が王子様が開く舞踏会に行くべく、妖精にドレス姿に変身してもらい、シャンデリーゼと王子様は出会い、恋に落ちる。しかし、妖精の魔法の効果は日を跨ぐことが出来ず、時間が迫りくるとシャンデリーゼは走り去ってしまう、ガラスの靴を残して。靴を頼りに王子様は国中の娘たちを探し回り、ついにシャンデリーゼを見つけるが、意地悪な継母に靴を割られてしまう。


 そこに、プネマカウリの樹が彼女の涙に奇跡を起こし、大地が輝き出すとガラスの靴も蘇った。


 こうしてシャンデリーゼと王子様は結婚をし、二人は幸せになりました。


「プネマカウリ………? 知らない植物だわ」

「本の感想そこぉ!?!?」

 相変わらず植物にしか眼中にないリリーナにココは驚愕するしかなかった。

「プネマカウリの樹は多くのおとぎ話に出てくる聖なる木ですよっ。大地にも祝福され、二人は結ばれて結婚をするってのが物語の鉄板ですからっ」

「そう。作者は同じ人なのかしら?」

「それぞれ別ですが、みんな古い伝承を元に作られているので、もしかするとルーツは同じかもしれないですねっ」

「プネマカウリの樹ね…」

 ココが持ってきた絵本の多くに描かれていた聖なる木。どの本もその姿は白い木肌が美しい巨木であった。

 ある物語では闇を照らす光となり、ある物語では果実を食べれば万病を治し、ある物語では願い事を叶えていた。

「実在する植物なのかしら」

「まさか! そんなのあったら絶対に欲しがる人がいて大変な騒ぎになりますよっ」

「それもそうね」

 リリーナはココの善意を無下にせず、彼女が持ってきた絵本全てを読み干した。

「私はこの話が特に好きですねっ。メイドが片想いをしていた王子様と両想いになって結婚をするんですっ! 憧れですよねぇ、好きな人と結婚って」

「私はそうでもないわ」

 リリーナは静かに本を閉じた。ココは彼女が本当は貴族だから結婚相手は自分の意志では決められないのか、と思い気まずそうな表情に曇り、何て言葉をかければいいのかわからなく戸惑っている。

「土いじりの時間が減るだけよ」

「ええぇぇぇ」

 やっぱり植物絡みですか、とココは身体を横に傾けた。

「リリーナさんは、その、やっぱり結婚相手とかは家同士で決められるんですか?」

「いいえ。そういう自分の意志を無視した貴族のしきたりなんて私は断固として拒むし、父もそういうのを嫌うので。強制的な結婚はないわ」

「どんな人と結婚したいとかは?」

「無い。私は他人と過ごすよりも植物と過ごしたいもの。私、自分自身を結婚を性に合わないと思うわ。そんなの、私だけでなく相手も幸せになれないことよ」

 結婚に憧れを抱いていたココだが、リリーナの淡々とした説明にスッと納得もした。

 おとぎ話の絵本の少女たちは結ばれて結婚をして幸せになると描かれている。

 しかし、現実世界では結婚が必ず誰もが幸せになれるとは限らない。性悪な性格では無い人でも結婚に向かない人もいる。リリーナを見てココはこれ以上リリーナに恋せよと押し付けるのは控えようと思い、本棚に絵本を戻していった。

 すると、コツン、コツンと低い足音が聞こえてきた。リリーナがふと音の方に視線を向けると、騎士団長のアンティスが歩いていたのだ。

「ココ、あちらの方のこと?」

 ココが密かに思っていると聞いたリリーナは彼が居ることをココに教えようとした。

 が、いない。

 ほんの一瞬視線を変えた程度の出来事なのに、ココは見事に姿を消したのだ。

「あら」

 ポツンと残されたリリーナは立つと、ある棚に向かった。


 児童書棚。


 本の後半の方のページを開く。

 プネマカウリの樹。

 彼女は調べ物をするかのような真剣な瞳でおとぎ話の絵本を読み耽るのだった。




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