3−1 恋する乙女たち
「ふぅ……」
昨日妹のカロリーナが突然城にやってきたことを思い出しながら、リリーナは朝の水遣りを終えた。額の汗を手で拭う。
それから厨房へと向かった。
「あ! リリーナさん、おはようございますっ!」
「あらリリー、おはよう」
「おはよう」
最近メイドのココとシェフのヴィックと朝食をとることが多い。騎士のニックも加わることもたまにある。
テーブル代わりの作業スペースにパン、サラダ、ベーコンに目玉焼きが並べられていた。
「いただきます!」
三人での朝食。それぞれ自分の持ち場の仕事がまだあるため、あまりゆっくり味わっては食べられない。
その日によって食器洗いはリリーナかココがやる。ヴィックには朝ご飯を用意してもらっているため、二人なりに感謝の意を込めて片付けはヴィック以外がすることにしていた。
「今日はもう水遣り終わったから、私がやるわ」
今日の片付けはリリーナ担当。
「ありがとうございますっ。お願いします」
ココが食器をシンクに運ぶと、ちらちらとリリーナの首辺りを見ていた。
「何?」
視線に気付いたリリーナが聞く。ココは少し顔を赤くしながら、
「す、すみませんっ、じろじろ見ちゃって。き、昨日、アレスフレイム様からのアレ…本当なのかな……って」
昨日のアレ、つまりキスマークについて話題を振ってきたのだ。
「アレって?」
だが当の本人は何のことだろう、と落ち着いている。
「えっ、あ、もしかして違うんですかねっ。私も噂で聞いただけなので」
「でも、首筋に赤いのまだちょっと残ってるわよね〜」
ヴィックも話に参加をすると、リリーナは表情一つ変えないが、一方でココが一瞬でぼぉお!!、と茹でダコに。
「首? どこ? 何だろう、虫刺されかしら」
「虫ぃ!?!?」
ココとヴィックが同時にずっこける。
「や、まぁ、そうね、リリーは恋愛に関しては本当に興味なしというか」
「で、でもでも、あのアレスフレイム様からあんなことをされたんですよっ。見た人もたくさんいたんだとか」
「あんなことって?」
「キスマークよ、キスマーク」
楽しそうに恋バナをするヴィック、失神してしまいそうなくらいに顔が熱いココ、常に冷静沈着なリリーナ。
「キスマークって?」
「えっえっ、だって昨日、アレスフレイム様にダンスホールで……その、されたんじゃないんですかっ!?」
「ココ、リリーが言った意味は多分ね」
ヴィックとココが目を合わせ、無言で会話をした。
キスマーク自体を知らない!?!?!?
「あ、あの、リリーナさん。ちなみにキスは知っていますか?」
「キス? 魚?」
MAJIKA!?!?!?
ココとヴィックの衝撃は止まらない。
「小さかった頃、絵本とかで読まなかったですか!? お姫様の眠りを王子様のキスで目覚めさせたりだとか」
「幼少期の愛読書は植物図鑑だったから読んでいないわ」
「…………」
ココが絶句していると、ヴィックが軽く鼻から息を漏らし、
「ま、リリーらしいって言ったらリリーらしいわね」
食器洗いをするリリーナの背後にヴィックが立った。リリーナが雑に結った髪を解いていく。
「今日は髪の毛後ろにまとめて束ねるのは目立つからやめておいた方がいいわね」
「ハーフアップにしてみたらどうですか!? 絶対に似合うと思うんです!」
「いいわねぇ! せっかくだからアレンジしちゃう?」
「しましょしましょ! 三つ編みにしながら上をまとめたりとか出来そうですか?」
「あったりまえよぉ! ワタシの腕が鳴るわ!」
リリーナの背後で何やらきゃっきゃっと楽しそうな声が聞こえてくる。それもリリーナの髪をいじりながら。
「出来た!」
リリーナも食器洗いを終える頃に後ろも何か出来たらしい。普段は頭の後ろで髪を一つにまとめているが、今日は垂れてきていて違和感を抱く。
「あの、髪、後ろにまとめてもらっても良いかしら」
「今日は我慢しなさい! 首の赤いのが消えるまで」
リリーナは納得はしてないが、友人から強く言われ、渋々今日の髪型を受け入れた。
「ここにいたのか」
すると話題の人が登場。アレスフレイムだ。今日もノインを連れずに単独行動をしていた。
「あっ!」
ここでもまたココとヴィックだけが嬉しそうな表情を浮かべ、リリーナは澄まし顔。
探していたリリーナを見ればいつもの髪型と違い、緩やかな長いライトグリーンの髪をを垂らし、頭頂部はハーフアップに三つ編みでまとめていて、雰囲気ががらりと変わっている。なんとも女性らしい姿にアレスフレイムは頬をほんのり赤らめ、釘付けだ。
ココとヴィックが
「(いい仕事しましたでしょ!?)」
と無言でドヤ顔でアレスフレイムに訴えかけた。
「(給料アップしてやろう……!!)」
アレスフレイムもまた無言で親指を立てて二人を讃えた。
「何かご用ですか?」
常に平常運転のリリーナが尋ねる。アレスフレイムは僅かにだが照れた顔をしながら、
「まぁ、顔を見に来ただけだ」
リリーナの髪をそっと指に絡ませて唇を当てた。
もちろん、顔を赤くしたのはココとヴィック。
「そうですか。至って身体に異常はございませんよ」
そういうことじゃなーい!!!!!
とリリーナの背後でココとヴィックが悶絶している。
「邪魔したな」
と言うとアレスフレイムはあっさり厨房を出て行ったのだった。
「甘い!! 甘〜〜〜いっ!!!!」
「見てるだけでお腹いっぱいですよ、もう!!!!」
ヴィックは握り拳で作業台を叩き、ココは何やら壁に手を広げて抱き締めるようにしてへばりくっついている。
「いいな〜、いいな〜、リリーナさん、いいな〜」
「あんたも頑張りなさいよ、愛しのアンティス様と」
「ヴィックさんっっっ!!!」
ここが何やら慌ててヴィックの口を両手で抑えた。リリーナは首を傾げながらそれを見ている。
「アンティス様……? 騎士団団長の?」
「ひゃっ、もももももうっ! ヴィックさんのせいでバレちゃったじゃないですかっっ!!」
「大丈夫、誰が見てもバレバレだから。団長ご本人様は気付いてないみたいだけど」
「ココは騎士団に入団希望しているの?」
嘘だろ、とココとヴィックの動きが一瞬で止まった。今は恋バナが盛り上がっているのに、何故騎士希望の話になるのだ。
「リリーナさん、行きましょう!」
「え?」
「咲かせましょう、乙女心をっ!」
目を真ん丸に見開いたココはリリーナの手を力強くぎゅっと握り、光の速さで厨房の勝手口から出て駆け出した。
ココのメイド服のスカートがふわりと舞い、リリーナのライトグリーンの髪が風に揺られて靡く。
心を踊らせながら駆けるプラチナブロンドのココの髪は、朝の爽やかな陽の光に照らされ眩しい。リリーナが今まで閉ざしていた道を照らしながら導いていくかのように。




