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「お嬢様、生きた心地がしませんでしたよ。勝手な行動は慎んでください。ご迷惑をおかけしまして大変申し訳ございませんでした」
何度も何度もノインに頭を下げているのはカロリーナの侍女。
「もう、ロザリーは気にしなくていいのに」
「お嬢様が言うセリフではございません!」
ご尤も。それは本来、謝られているノインが言える言葉だ。それをカロリーナが言うものだから侍女のロザリーはさらに令嬢に叱る。
「謝らないで下さい。カロリーナお嬢様とのお話は楽しかったでしたよ」
ノインが柔らかな口調でフォローをするも、ロザリーはハッとしてカロリーナを見て、
「まさかお名前を教えたのですか!?」
と尚も気が気でない表情を浮かべていた。
「カロリーナってだけよ」
カロリーナの返事を聞くと侍女は少しほっとしたようにも見える。ロズウェル家の令嬢であることを黙っていて欲しいということか……? とノインは心の中で疑問を抱いていた。
「お嬢様、正門までご一緒致します」
背後から声がしてノインが振り向くと声の主はリリーナだった。
「まぁ、アジュール。嬉しいわ、ぜひ!」
カロリーナが目を輝かせている一方、侍女は不安で仕方がなさそうにも見える。
どういうことだ………? 彼女らが会うことがそれ程までに禁止されているのか………?
ノインはこの三人の関係性について疑問ばかりが浮かんでしまう。単に領主令嬢と領地娘が仲が良いだけという訳でもなさそうだ。
「ではノイン様、失礼致します」
リリーナが丁寧に礼をすると、カロリーナと侍女も続いて頭を下げた。そして彼女たちはノインに背を向け、城を発ったのだった。
「お嬢様、大丈夫でしたか……?」
三人で並んで歩き、ロザリーが小声で話しかけた。
「大丈夫よ。トレスは汚れちゃったけど、怪我はしていないわ!」
「カロリーナターシャ様ではございません」
「心配しないでロザリー。カロと一緒にいるだけなら疑われたりしないわ」
「うんうん」
全く反省の色が無いカロリーナに対して、リリーナとロザリーの眉がぴくりと震える。
「お父様の耳には城に来ることを言ってあるの?」
「いいえ。城都へ買い物へ行くと言って無理矢理城の方まで来たのですよね」
二人に責められて流石にカロリーナも肩身が狭くなり、
「ごめんなさいったら〜! だってお姉様に最近全然会えていないんですものっ!」
気まずそうな表情をしながらも反論をした。
「そうね、もう少し屋敷にも帰るようにするわ」
ふっと微笑みながらリリーナが返事をすると、その美しさにカロリーナは頬を赤らめた。
「お姉様、庭師になってから変わられましたね」
「変わった?」
「植物以外にも笑顔を見せてくれるようになりましたわ。お姉様の笑顔を毎日拝める草花はしあわせ者ね!」
ふふんっとカロリーナは上機嫌にスキップをし、ロザリーがすかさず「人前ですよ」と注意をする。
変わった…………。
フローラや世界情勢のことで目まぐるしい月日を送っていたリリーナは自身の内面の変化など全く考えたこともなかった。カロリーナはお転婆だが、リリーナとは違う視点をいつも気付かせてくれる。
久々に再会したと思えばあっという間に正門に到着。
「ではロザリーさん、お嬢様をよろしくお願いします」
「はい」
正門を守る番兵の手前、三人はリリーナを領地の娘としての話し方となる。
「お嬢様、お館様にもよろしくお伝え下さい」
「ええ、わかったわ。あ、そうだ」
余計なことはしないで、とリリーナとロザリーは冷や冷やした。
「アレスフレイム様、にもよろしく伝えてね」
カロリーナは自分の首筋をちょんちょんと指で軽く押し、リリーナに彼に首筋に付けられた印を思い出させようとした。
が、
「畏まりました」
表情一つ変えずに淡々と返事をするリリーナ。無理してそうしているわけではない。カロリーナの動作を見ても特に何かを思い出しもしないのだ。熱い情を唇から肌へと伝えたられたというのに。
「アジュールもお元気で」
ロザリーが別れの挨拶をし、リリーナも頷いて応える。
「ま、あの戦争好きだった前国王がいなくなってくれたおかげでアジュールが一人でこっちに来ても前より安心に思えるようにもなったわ。お優しいマルスブルー様が新国王になられたし、ようやく平和になったわよね」
空は青い。爽やかに平和を象徴するかのように。
けれども世界には征服をしようと企む者もいる。
カロリーナたちはそんな極秘情報を知るわけもなく、だからといってリリーナも伝える気持ちは無い。不安を煽らせるだけに過ぎないから。
「そうですね」
一言そう返事をし、リリーナはカロリーナたちに頭を下げて見送った。
本当に平和だったら良いのに、と切実な願いを胸に秘めながら。
「カロリーナターシャ様、お転婆もほどほどになさって下さいませ」
馬車箱の中ではロザリーのお説教が再び始まった。
「はいはい、ごめんなさ〜い」
しかし当のカロリーナは窓を見ながらツーンとしている。
また会いたいな。
その相手は姉であるリリーナと、そして……………。
「それにしても…」
男にキスマークを付けられてどうしてあんなに無頓着なんだ!? とカロリーナは不思議で堪らなかった。
人に対して笑顔も増えた、てっきり恋愛をしているのかと思ったがそうでもなさそう。
恋愛に関して余りにも姉は無関心過ぎる。露骨にアプローチをされているのにもだ。
「お姉様は魔女の呪いでもかけられたのかしら」
カロリーナはぽそっと呟く。
じゃじゃ馬令嬢は窓からの穏やかな景色を眺めながら、屋敷へと連れ戻されるのだった。




