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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
13/198

3−4

 第一王子とその恋人との御三時が間もなくとなり、執事たちが急ぎ足でテーブルや専用のベンチなどセッティングをしていく横をリリーナはすたすたと通り過ぎる。


 庭師の引き継ぐも出来ないし、どこに行こうかしら。


 行く宛もなくリリーナは広大な芝生を城に向かって歩いていた。

 執事やメイドたちが好奇の目でリリーナを見る。


「出た、あれが例の」

「そう、沈黙のロズウェルのお気に入りで、さっき図々しくマルスブルー様と一緒に歩いていた女よ」

「本当に女のくせに黒のつなぎを履いていやがる」

「スティラフィリー様に失礼な発言をしたらしいわよ」

「でも何でマルスブルー様はあんな女なんかと歩いたの?」

「不気味、正に魔女だな」


 好き勝手に卑下する執事たちを他所にリリーナはひたすらこのあとの時間の潰し方に悩んでいた。


 そうだ、図書館へ行こう!


 彼女は閃き、地面に向かって

「中庭の主様、えっと…ノイン! ノイン様って今どこにいるかわかりますか? アレスフレイム様の側近の髪が紫で前髪がやたらと長い」

「あーはいはいはいはい! 彼ね! 多分執務室じゃないかしら。近くまで案内をするわ!」

 中庭の主の導きの元、彼女は王城へと向かった。

 だが、

「でも、そういう部屋って簡単に入れないんじゃない? 見張りみたいな奴がいて」

 と、人間のリリーナよりも先に中庭の主がふと気付いた。

「そうか…確かに………」

 さて、どうしようかと再び悩むリリーナだったが、


「カジュ、あなたの葉を風に乗せ、執務室を偵察して頂戴」


 中庭の主の澄み切った声色の命令が聞こえると、リリーナは振り向き、葉の生い茂る大木にふと目を向けた。


 彼がきっと、カジュ。


「はい、姫様! 任せとけ!」


 するとカジュの青々とした人間の手の平の大きさ程の葉が一葉、風に乗ると目に追えない速さで敷地内を飛んで行った。


「窓から見たらノインとアレスしかいないぜ! 今なら転移魔法使って入れるんじゃないか?」


 人間の姿ならデニムのオーバーオールにシャツを着て体格の良い大男であっただろう。カジュは常に豪快な声色で体を揺らし、無限に生えていそうな葉を青いまま落としていった。


「わかったわ。二人ともありがとう」


 リリーナは近くの木の裏に隠れると転移魔法(テレポート)を唱えた。




「はぁ、なんで俺がアレが年を食った報告でクリエット家の訪問に同行しないといけないんだよ」


 アレスフレイムは執務室の椅子に座り、貧乏揺すりをしていた。


「マルスブルー様の弟君でいらっしゃるからですね」


 報告書等執務を手伝って筆を動かしながら返事をするノインに、アレスフレイムは「はんっ!」と嘲笑し、


「所詮婚約ではなく恋人関係だろ? 結婚を前提とした正式な間柄でも無いくせに家族ぐるみで挨拶する必要なんか無いだろ」

「ええ、ごもっともですね」


 マルスブルーはアレスフレイムとは正反対にいつもにこやかだが、アレスフレイムの逆鱗に触れることが多い。

 一人で何事も決断をすることが出来ず、いつも弟のアレスフレイムを頼る。第一王子という立場で有りながら、どこか自己肯定感が低く、かと言って相手の様子を全く想像もせずに面倒事を押し付けることがある。それに加え、マルスブルーも魔法は使えるが、ほとんど初級魔法しか使えない。

 国民も兵士もマルスブルーよりも第二王子のアレスフレイムに対する期待は大きくなり、未来の国王に君臨することを望む者も多い。


『ねぇ、アレス、スティラフィリーのご両親に誕生日祝いのパーティーに招かれたから君も一緒に行こうよ。そんな嫌そうな顔をしないでよ、彼女のご両親だって君に会いたいんだから。あ、そっか、ノインももちろん一緒で大丈夫だよ。え、それでも嫌? 困ったな、まるで僕たちの交際に賛成していないみたいになるなぁ』


 悪意も無く言いたい事だけ言ってマルスブルーが去って行った。

 その後はまぁいつものアレスフレイムならぬ“荒れるフレイム”化する。ひたすら怒りの言葉を発する主にノインはただただ宥める。

  

 マルスブルー様のご性格もなんとかならないものか、と思わずため息をつきながらノインはアレスフレイムよりもペンを速く走らせていった。


 その時、部屋の端に魔法陣が浮かんだ。


 ノインはペンを雑に置き、アレスフレイムの前に出て剣を抜いて身構えた。


「はぁぁぁぁぁぁ」

「は?」


 アレスフレイムは椅子に腰掛けたまま大袈裟にため息をついた。全く警戒心の無い主にノインがたじろいでいると、魔法陣から庭師が現れた。


「貴様は普通に扉から入れないのか」

「番兵が私を通すとは思わなかったので」

「部屋に俺ら以外がいたらどうするんだ」

「直前に確認しました」

「あ? ここは3階だぞ。どうやって」

「図書館の利用カードをいただいたらすぐに退室しますわ」

「おい、俺の質問に答えろ」


 頼むからまた主の機嫌を悪化させるなよとノインは黙って二人の会話を見守っていた。というより参入出来なかった。


「ノイン様が図書館の利用カードを用意してくださるとのことなので参りました」


 涼しい顔をして質問に答えないリリーナターシャにアレスフレイムは苛立って椅子から立ち上がり、彼女に詰め寄った。


「どうやって俺ら以外が居ないことを確認したんだ!」

「透視ですわ」

「へーへー、透視ですか、信じるとでも?」


 窓の外にカジュの葉が中を覗いているのを見つけるとリリーナは閃いた。


「では、アレスフレイム殿下。お手を背中に回して何本か指を立ててくださいな。私は目を閉じて透視で本数を答えましょう」

「あ? 立ててみたが」


 アレスフレイムはすっかりリリーナのペースにハマり、素直に背中に手を隠し、指を2本立てた。


「2本だぜ!」


 カジュの大きな声が聞こえ


「2本でございますね」


 目を閉じたままのリリーナは答えるとアレスフレイムはムキになり


「これは何本だ!?」

「手を握っていらっしゃるのでゼロでございます」


 ノインは付き合ってられぬと図書館の利用カードの準備をし、一人戸棚から新規のカードを取り出すと事務手続きに取り組んでいた。


「薄目を開けて窓に映ったのを見ているんだろう!?」

「では、さらに両手で覆い隠しましょう」

「ぐ………! これは何本だ!?」

「両手をご使用されたんですね、答えは7本です」

「くそっ! これはどうだ!」


 アレスフレイムはリリーナの遊びに本気になり、リリーナに近づき彼の大きな手をさらにリリーナの瞳を隠す手の上に重ねた。

 

 ぐっと二人の距離は近くなり、彼の手の平のすぐ下にあったリリーナの口紅で塗られていない自然で艷やかな唇が、不意に彼の視線を盗んだ。


「殿下…? ついに降参ですか?」


 アレスフレイムはハッと我に返ると、横から前髪の長いノインがツカツカと歩み寄って利用カードで二人の間を割ったので、慌てて一歩リリーナから退いた。


「はいはい、出来ましたよ。これで一般公開分は使えるのでどうぞ」


 リリーナは目を隠していた手を戻し、そのままカードを受け取った。


「ありがとうございます、ノイン様」


 お辞儀を丁寧にするとリリーナはアレスフレイムと目も合わせずに通り過ぎ、部屋の奥の窓に近付いて行った。


「おまえ、まさかまた転移魔法を……っ!?」

「カジュ」


 外を風に乗って漂う一葉の名を呼ぶと


「図書館の方だな!? 俺の葉に委ねるように飛ぶんだ。連れて行ってやるよ! 君の姿が誰にも見られない転移位置まで!」


 葉が不自然な勢いで飛ぶ姿にアレスフレイムは気付くと


転移魔法(テレポート)


 葉を追うように片手を伸ばしながらリリーナはまた姿を消した。

 その一瞬、ライトグリーンの髪が揺れ、彼女の瞳にあるほんの少しのピンクが午後の陽の光に照らされて反射し、異空間を舞うように去った彼女の姿は、アレスフレイムの一度も芽吹いていない男心にも水を与えたのであった。


 まるで木の妖精に見えたとか、不覚過ぎるだろ………っ!


 消えた魔法陣を悔しながらも名残惜しそうに見下ろすと、アレスフレイムは通常運転に苛立ちながら


「ノイン、執務を終わらせておけ!」


 と赤髪を靡かせ一人で執務室を飛び出した。


「畏まりました。行ってらっしゃいませ」


 本来なら護衛をしなくてはいけない立場だが、むしろ異常事態があればあの庭師の方が返り討ちにするだろうと、ノインは静かになった執務室で緊張することなく快適にペンを走らせていったのであった。


 まるでじゃれ合う子どもの様だったな。


 ふと笑いが溢れる執務室は実に平和な時間が流れた。 

 

ご覧いただきありがとうございます。

ご感想、叱咤激励などいただけると嬉しいです。


では、また。

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