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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第五章 誰がために
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2−3

 春に舞う小鳥のように愛らしくも目にも止まらぬ速さで城内を駆ける二人。妹カロリーナのドレスがぶわっと鳥の翼のように広がり、手首を掴まれながら走る姉リリーナの束ねられたライトグリーンの髪が爽やかに木々を渡る鳥の尾の様。すれ違う者たちすべてが彼女たちを目で追い、誘われるようにゆっくりと後から付いて歩く。

 昼間のダンスホールは無人で、ヒールとブーツの一歩一歩進む音がコツコツと鳴り響く。

「これなら伸び伸びと踊れそうね!」

 ホールの中心に立ち、ドレスのスカートを軽く指先で持ち上げ、ダンスに申し込むカロリーナ。

「流石に楽団は呼べないわよ。何を踊るの」

 二人きりなので敬語を使わないリリーナ。黒のブーツがコツコツとヒールよりも低い音を奏でる。


「情熱的に舞いましょう!」

 

 カロリーナがドレスを指で半円を描くように広がらせ、二人は同時に手拍子を打ち始めた。舞踊の幕開けだ。

 複雑なリズムを手で打ちながら足は手とは違うリズムを打ち、二人の呼吸を合わせる。

 本来なら男女ペアで踊るもの。リリーナは男性側の踊りをするのだ。

 カロリーナが誘うように腰を振り、ヒールでリズムを打ちながらリリーナへ近付くとリリーナはカロリーナの腰に手を回し、片手で彼女の手を掴む。

 リリーナがリードをしながらホール内を鮮やかに移動し、絶えずリズムを刻み、二人の視線は途切れることなく結び合い、合図をせずとも時折手拍子を鳴らし、踊りの鼓動を上げる。

「何かしら」

「ねぇ、あれって魔女?」

 二人の姿を追って来たメイドたちが入口でひそひそと話しながら覗き見をしている。次第に貴族令嬢や子息、執事たちも集まって見物し始めたのだった。

 見物客には目もくれず、リリーナたちは情熱的に舞う。リリーナの黒のオーバーオールのズボンの片足がスラッとカロリーナの脚の間に入り込み、艷やかにカロリーナに接近すると、カロリーナは胸を強調しながら柔らかく背中を反らせると、リリーナは胸に触れないギリギリのところで手を靭やかに動かし、顔もカロリーナの身体に密着するかのように寄せる。まるで男女が溶け合う様に。

「やだ……魔女に踊ってもらいたくなる」

 踊りを見ただけでぞくぞくと身震いをしてきた女たちがこの後リリーナと一曲を望みたくてうずうずとし始めてきている。

「あれってじゃじゃ馬令嬢の」

「意外な組み合わせだよな」

「よく見るとあの魔女、異様な程美人じゃないか…?」

「俺ともダンスを」

 今までズボンを着ているという理由だけでリリーナを魔女だと揶揄してきた者達が途端に彼女の美貌に気づき始めてきた。やがてそれは欲望へと変わる。彼女を欲しい、と。


「おい、何をしている」


 何もかもを静まり返らせる声が響く。アレスフレイムが容赦なくダンスホールへと入り、リリーナたちに近付いたのだ。

 彼の声にリリーナがハッとし、辺りを見てようやく人が集まって来ていることに気が付いた。

「まあ、アレスフレイム様。ごきげんよう。勝手にホールをお借りしましてごめんあそばせ」

 カロリーナが笑顔でアレスフレイムに謝罪の言葉を言うも、アレスフレイムは無視し、リリーナの肩を抱き、自分に向かせる。


 するとぐっと抱き寄せて密着し、彼はリリーナの首元に顔を埋めた。


「あ……っ…アレスフレイム…様……っ…? ん……っ」


 誰もが見るだけで顔を赤らめたくなる様子に、後からやって来たノインがマズいと慌てて彼もホールの中心に合流する。

「アレスフレイム様!」

 ノインが強く名を呼ぶとアレスフレイムは首元から顔を離した。

 リリーナの首元に赤く付けられたのは彼の口付けの印。

「ハッ、散々魔女だのほざいておいてダンスに誘う気か? 俺に勝ったら許可を出してやろう」

 そう男共にアレスフレイムが強気に言い放つと、彼は大剣を抜いて彼等に向けた。彼はこれまで戦争で相手の首を取って勝利を導いてきた英雄。敵うはずがないと全ての男達が退いて行ったのだった。そして彼女を再び見ようとしても英雄の熱い刻印がそれ以上求める欲求を失せさせていく。

 だがリリーナ本人はうっとりもせず、首に付いた唾液を手で軽く拭い、何事も無かったかのように彼を見ていた。

「アレスフレイム様といったいどういう関係……?」

 カロリーナがリリーナとアレスフレイムを驚きながら見ていると、ノインはハッとし、

「ここまでだ。侍女のところへ行くぞ」

 カロリーナの手を取って無理矢理ホールから連れ出したのだった。




「ちょっとノインどういうことよ!」

 城内を進み、ノインは使われていない客室に咄嗟に入り、カロリーナ背ををドアに向け、肩をぐっと掴んだ。

「すまない………彼女のご両親にはまだ知らせないで欲しい」

「え…?」

 ノインは切なそうな顔でカロリーナに懇願をする。

「アレスフレイム様の片想いなんだ。あの二人は恋人ではないが、特別な関係ではある、と思う。領地の娘が王族に想いを寄せられるなんて驚愕的なことはわかってはいるが、今は二人をそっと見守って欲しい。頼む」

 ノインが頭を下げ、カロリーナはふぅと息を吐き

「頭を上げてちょうだい」

 凛とした声色で彼に声をかけた。

「アレスフレイム様のお気持ちは既に彼女の両親も知っているわよ。だって私のお父様が知っているんだから」

「え…」

 どういうことだ。カロリーナの父親が知っているのが何故リリーナの両親に繋がる? とノインは戸惑いを隠せないで見つめる。

「レイトス・ロズウェル、私のお父様の名前よ」

「ロズウェル家の………!?」

 まさか塀を飛び越え庭師会いたさに無茶なことばかりした目の前の女性が国の三大貴族の令嬢。ノインは口を開けて何も言葉を出せないでいる。

「あら、名家の娘だからって今までとコロッと態度を変えるなんてイヤよ! 私には敬語を使わなくて良いし、あなたの素直な気持ちを吐き出して良いの」

「名家の令嬢に見えねー」

「ちょっとは敬ってみようか」

 だが素直過ぎるノインの言葉にカロリーナは「ぷはっ!」と口を開けて笑い出した。陽だまりのように。

「あははっ! 驚いた!? こう見えて超いいところのお嬢様なのよっ!」

 カロリーナに釣られて思わずノインも笑い出す。

「自分で言うか?」

「当たり前よ! 自分の家に縛られるも利用するも私次第なんだから。ノインをドッキリさせるのに大成功したわ!」

 手入れをされた柔らかな髪質、抜きん出て質の良いドレス、品の良い笑みを浮かべてはいるがカロリーナの表情には常に人生の冒険家のような自信さえ見える。

「領地の娘のためにこんな無茶をするとは。ロズウェル家の躾は凄いな」

 ノインが遠慮なく笑う姿にカロリーナもふふっと笑う。

「それ程仲が良いんだな、アジュールとカロリーナは」

 姉に対して名字呼びに対して自分には名前、本当は愛称だが呼んでくれたことに少しくすぐったさを覚えてくる。カロリーナは唇をきゅっと結んで無意識に頬をほんのりと染めて視線を逸した。

「あ、ロズウェル家と言えば、カロリーナの姉のことだけど」

 けれども急に姉の話題を出され、カロリーナは視線をキツくしながら警戒をした。姉は社交界には出ない謎の存在。たった一度だけカロリーナの夜会デビューに付き合ってくれた際に男達が群がって姉を求めたため、すぐに姿を消し、そこからは幻の蝶とも呼ばれている。それ以降カロリーナも夜会等に参加すると、男に声をかけられたかと思えば幻の蝶を狙う輩ばかり。他の令嬢からは嘲笑われ、長女は引きこもり、次女は男漁りだと言われてしまう。そこで黙るカロリーナでも無いため、夜会からつまみ出されることもしばしば。

 ノインも結局は幻の蝶が気になるのね……とカロリーナはみるみる熱く染まった頬も冷えていった。

「外にあまり出られない程病弱だと聞いたけど。もし黙ってくれると約束するなら、王族専用の特別な魔法士で治せるかもしれない」

 ノインの言葉に偽りを感じなかった。少しも。魔法士に会わせることを無理強いもせず、幻の蝶に会えるための下心も臭わない。ただ純粋に病弱の家族を心配している、カロリーナは初めて心から信頼出来る異性に出会えた、と確信した。

 が、

「お姉様が病弱って?????」

 さっき情熱的なダンスをしましたが、と信じられなかった。

「あ、違ったか。人づてで聞いたから」

「お姉様は至って健康よ! まったく、誰がそんな噂を流したのかしら」

「アジュールだと聞いたが」

 まさかの本人発信源。カロリーナは令嬢らしからぬ「ぶーっ」と思わず吹き出してしまった。

「え、えと、それは、その、やっぱり、あまり病気だって言いにくいじゃない…? も、もぉぉ、アジュールったら〜〜」

 偽の情報や秘密にしていたならもっとカロリーナは怒りを露わにしそうなのに、とノインは彼女を不思議そうに眺めた。

「えっと、あっ、そう、お姉様は健康よ、心配無いわ、ありがとう。ただ、病気ってことにしておいてあまり社交界には出たくないのよ」

 そういうことですよね、お姉様!?

 とカロリーナは表情を硬くひくひくとさせながら必死にノインに説明をした。

「そうか。元気なら良い、良かった」

 ほっとした表情を見せる顔にカロリーナはふふんっと笑みを浮かべ、手をそっと差し出した。

「侍女が待っているところまで案内をして下さらない?」

 女性にエスコートを頼まれたことなど初めてだ。普段王族に付き添っているため貴族が男女と歩く姿よく目にしてはいるが……ノインは見様見真似で腕を曲げてカロリーナが添えやすいようにした。

「これで良いか?」

「素敵よ。ありがとう。ではお願いするわ」

 客室から出ると二人は並んで城内を歩いた。

 人の目も気にせず、背筋を伸ばしながら堂々と。




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