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カロリーナの侍女を客間に案内をした騎士が廊下に出ると他の騎士にも小声で相談をしていた。
「一応アレスフレイム様の耳にも入れた方が良いか」
「そうだな。令嬢の家が家だしな」
執務室の扉をコンコンとノックをする。
「チッ、誰だ」
「失礼します。一応至急アレスフレイム様にも伝えたい事態がございまして」
やばい、明らかに舌打ちされた、と騎士たちが恐る恐る扉を開けるとアレスフレイムが従業員たちから魔女と揶揄されている庭師のリリーナを抱き締めているところだった。
騎士たちは色々な意味で戸惑いながらも扉を開けた以上引き返せない。
「何だ、用があるなら早く言え」
「はっ!」
明らかに邪魔をされたと不機嫌なアレスフレイムに対して騎士たちは益々緊張で強張っていく。
「城の敷地内なので安全ではありますが、一人、侍女とはぐれてしまった貴族のご令嬢がおりまして」
「何だそんなことか」
「ロズウェル家のご令嬢と聞きましたので念の為ご報告に来た次第です」
ロズウェル家、それはこの国の三大貴族の一つ。その名を聞くとすぐにリリーナがアレスフレイムから離れて黒い編み上げのブーツをコツコツと軽快に鳴らしながら無言で部屋から出て行った。
「な、なんだ…!?」
「確かあの魔女、いや庭師はロズウェル家の領地の者だと聞いたことがある。令嬢と知り合いなのかもしれない」
さっきまで腕の中に居た愛しき彼女があっさりと抜け去り、アレスフレイムは抱いた姿勢のまま抜け殻となってしまっている。
「で……では、我々は任務に戻りますので………」
騎士たちもいそいそと執務室から逃げるようにして出て行った。
その頃リリーナは普段よりも大股で早く歩き、
「あ、リリーナさん!」
廊下でココとすれ違っても
「ごきげんよう、ココ」
全く歩みを止めることなく通り過ぎって行った。
「アジュールと知り合いなのか?」
「アジュール? あ! ああ、そう、そうなのよ! アジュールと知り合いなの、私」
リリーナが何故こんな高貴な令嬢と知り合いなのか疑問を抱くノイン。カロリーナの何か誤魔化したような反応に益々疑問が増していく。
「ノインはアジュールと知り合いなの?」
「ああ、まぁ」
「ふ〜ん、結構お偉そうなポジションなのに?」
お前もな! とノインはツッコミたかったが、初対面の令嬢にそこまで砕けられないのでぐっと飲み込んだ。
「従業員の管理もしているから」
「なるほどね。ねぇ、ノインはアジュールのこと好き?」
「はあ!?」
いきなり何を聞くんだとノインは素っ頓狂な声を出してしまった。ノインは王族の側近、普段こんな質問などされることはない。
「もちろん恋愛的な意味なんかじゃないわよ! 変な目で見ていたら私が許さないんだから」
「許さないも何もそれこそアレスフレイム様に殺されます」
「え? 何でアレスフレイム様?」
しまった、とノインは思うも、
「アジュールのことは信頼出来る者だと思っている。これまで幾度となく彼女に助けられて来た」
「お姉様に?」
「お姉様?」
今度はカロリーナの方がしまったと思う番に代わった。
「えっ、あっ、と、歳がね! 本当の姉妹みたいに近いから! わ、私の姉と同い年なのよ! つい! うっかり!」
「こんな所で何をされているのですか」
小庭の入口の方を見るとリリーナが立っていた。額に少し汗をかいている。
「っっ!!」
リリーナは1ヶ月に1度ぐらいしかロズウェル家に帰らないため、その日が夜会と重なるとカロリーナと顔を合わせることも無い。久々の姉との再開にカロリーナは目を潤ませ、笑顔に花咲き、腕を大きく広げ、すぐに熱く抱擁しようと駆けていく。ぎゅぅっと力強く抱き締めるために。
「お姉さ」
むぎゅぅううううううう!!!!!
しかしカロリーナの頬がリリーナの両手に思い切り挟まれ、お姉様の「ま」まで言えずに令嬢らしからぬ顔にさせられていた。
「お嬢様、いけませんわ。いくら姉妹のように年齢が近く親しくして下さるとは言え、単なる領地の者に敬称などお付けするなんて恐れ多いですわよ、お・嬢・様」
「むぐぅっぐ、ぎょ、ぎょめんあしょばしぇ」
「アジュール! 貴族相手に何をしているんだ!?」
リリーナが珍しく失礼な態度をし、ノインは咄嗟に仲裁に入った。
「申し訳ございません、ノイン様。つい、うっかり」
パッと手を離し淡々と謝罪の言葉を述べるリリーナ。テンションは似ていないがノインは二人はどことなく似ているようにも見えた。
「久しぶりに会えて嬉しいわ! せっかく二人の時間ですもの、踊りましょう!」
「踊る!?」
カロリーナのぶっ飛んだ提案に声を合わせてしまったリリーナとノイン。カロリーナは構わずリリーナの手を握り、
「ダンスホールはこっちよ! こんな真っ昼間に使ってる人なんていないでしょ!? ちょっと踊らせてもらいましょ」
「お嬢様、お戯れを」
「アジュール、お嬢様命令よ!」
やられた、と思いながらリリーナはカロリーナに手を引っ張られ、城内のダンスホールに無理矢理連れて行かれるのだった。
カロリーナの茶色のふわっとした髪とリリーナのライトグリーンのしっかり束ねられた(まだヴィックに結ってもらっている)髪が風に靡いて揺れ、ヒールとブーツの音を軽快に鳴らして行く。
子どもの様に無邪気に走る二人の年頃の娘の姿はかなり珍しく、すれ違う人たちが誰もが二人を凝視した。そんな視線にカロリーナが止まるはずが無い。
人生は一度きりですもの、羽根を自由に広げて楽しまないと。
とでも語っているような瞳の輝きにリリーナはやれやれと思いながらも久々の妹の我儘に付き合うのだった。




