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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第五章 誰がために
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2−1 じゃじゃ馬令嬢と

「ノインは解読に専念してくれ。しばらく執務や護衛はやらなくていい。いざとなればカジュが居る。城内なら白薔薇も居るし何かと安心だ」

「こっちは任せておけ、ノイン。だけどあんま根詰めるなよ。疲れたら樹に来てくれたらいつでも果実をあげるからな!」

「フローラに関することでしたら私には秘密にしてくださいませ。彼女が私の中で聞いてまた錯乱することを避けたいので」

 アレスフレイムと彼の胸ポケットから出てきたカジュの葉とリリーナに言われ、ノインはアレーニから手渡された本を両手で持ったままぽかんとしていた。

「ほら、さっさと図書館にでも行って調べてくれ。カジュもたまには外の空気を吸ったらどうだ」

「アレスフレイム様!?」

「おい、オレまで!?」

 アレスフレイムにずんずんと押されノインとカジュは部屋からまるで追い出され、バタンと勢い良く扉が閉められる。と思えばすぐに中から微かに

「アレスフレイム様…? ん………っ」

 リリーナが唇を何かに塞がれた音が聞こえてきたのだった。


 ははーん、二人きりになれたチャンスって訳ですね。


 ノインとカジュは苦笑いを浮かべると、城内の長い廊下を歩いて外へと出た。とりあえず向かうは図書館だ。




「カジュは転移魔法を使えるのか?」

 転移魔法は無属性魔法の上級魔法。自身を別の場所に瞬間移動する呪文だが、ノインは習得出来ていないのだ。主のアレスフレイムや他の者たちは使えるのに自分が出来ないことにここ最近一層歯痒さを感じていた。

「オレか? 使えるぞ」

 カジュと言い庭の植物たちは人間が驚く魔法を容易く使ってしまう。と言っても本来なら植物が魔力を秘めているのは秘密で、ノインやアレスフレイムはリリーナと知り合って特別に知ることが出来、特に魔力の高い植物となら会話も出来る。

「教えてくれることは出来ないか」

「いいぜ! じゃあひと目の付かないところに行こう」

 カジュはノインの胸ポケットにしゅるりと入り、二人は小庭に歩んで行った。


 小庭と言っても一般家庭から見れば立派な庭。庭師リリーナが日々丁寧に手入れをしているからちょっと休む分には落ち着く場所だ。ノインももし王族の側近でなければ木陰のベンチに座ってひっそりと読書でも楽しんでいただろう。

 だが、今はベンチに本だけを置き、

「どんなに厳しくても構わない。教えて欲しい」

 胸に潜む友に声をかけると、カジュは再びしゅるりと舞い上がり、ノインの前に浮かんだ。

「よし! まずはイメージが大切なんだ。どこに行きたいのか。漠然とした情景ではなく、具体的に」

「…っ」

 ノインは唇をきゅっと閉じると目にぐっと力を宿した。彼の頭にあるのはほんの数歩先の場所。まずは目に見える場所で試そうと無茶をしない作戦だ。

「風に身体を預けることを考えて」

 背中から柔らかな風が吹いている。これに乗れば…。

「唱えてシュッとしてパッだ!」

 シュッとしてパッ…………。

「カジュ、魔力の流れとかどうすれば良い?」

「シュッとするんだよ。そしたらパッとなるから」

 わ、わからない……………。

 あまりにも大雑把な説明にノインは冷や汗をかいた。

「とりあえず唱えてみろよ。最初はオレがサポートするから、徐々に一人でやってみたらどうだ」

「それがいい」

 カジュのサポートがあれば安心出来る。ノインは口を開き、魔法を唱えようとした瞬間


 塀の上からふわっとした影が舞った。


 逆光でよく見えないがドレスがぶわぁっと広がっているのだけがわかる。

「いったぁぁ〜〜」

 木の後ろに着地をした影にノインは少し身構えながら近付いた。

 貴族出身ではないノインでさえもひと目見ただけでわかったのが、塀を飛び越えた娘が着ているのは刺繍が細かく豪華でかなり値段の張る程繊細なドレス。だがそんなドレスが土汚れが所々付いていたり、木の枝や葉が引っ付いていた。

 そんじょそこらの貴族の娘ではないだろう。だが、お転婆通り越してじゃじゃ馬だ。ノインよりも少し歳下に見える。結婚適齢期の高貴な貴族の娘がするような行動なんかじゃない。

「怪我はないか」

 塀の高さは人の2倍はある。それをヒールで……いや、ヒールは先に投げ捨てていたのか地面に無造作に転がっていて、娘は裸足で飛び降りていたのだ。

 ノインはお嬢様育ちにそんな無茶なことをして怪我をしていないわけがないと思い、そっと声をかけた。

「もちろん怪我はあるわ。でも放っておけば平気レベルよ」

 その後に続く返事を出来ずに黙ってしまったノイン。

 ブラウンの柔らかな髪の娘はすくっと立ち上がってドレスを雑にパンパンと払った。

「お声掛け下さってありがとう。一人で居るところをお邪魔しちゃったわね」

 柔らかな髪質とは違い、笑みはきりっとしていて大きな瞳が輝いてまるで目が離せなくなる。

 またどこかに走るのか脱いだヒールを慌てたように履き始めた。


「お嬢様ぁ〜!! すみません、ブラウンヘアーの貴族の娘を見ませんでしたでしょうか!?」


 小庭の入口から侍女らしき声が聞こえてきた。娘はヤバッという表情を浮かべると慌てて木の陰に隠れ、

「いないって言ってお願い! どうしても会いたい人がいるの」

 ノインに懇願をした。先程のじゃじゃ馬とは違って切羽詰まったように泣きそうな顔にみるみると変わってしまった。


 男か………。


 ノインは軽くため息をつくと、小庭の入り口へと静かに歩いた。

「どうされましたか」

 ベテランの侍女らしき女が必死に見回りの騎士に話していた。

「ノイン様。どうやら貴族の娘とはぐれてしまった様でして」

 侍女も走り回ったのだろう。ぜえぜえと息を切らしている。

「見つけ次第お声掛けします。お疲れでしょうからぜひ少し休憩をなさってください。城内は絶対に安全です。必ずお連れ戻しますので今しがたお待ち下さい」

 ノインに説得をされ、侍女は戸惑いながらもしぶしぶ頷いた。

「君、案内をしてもらえませんか。メイドにお茶を用意するように伝えて下さい。私からの命令だと言っていただいて構いません」

「承知しました!」

「あの、お嬢様の事、よろしくお願いします。何かあったら私、旦那様や奥様に会わせる顔がございません…っ!」

「ご心配なさらず。お嬢様の特徴を聞いてもよろしいですか」

「はい、お嬢様はお歳は16、髪はブラウンヘアーで、少しウェーブがかかっていて肩より少し長いくらいでございまして……」

 特徴や服装を聞いてノインは間違いないと心の中で確信していた。

「わかりました。見つけ次第、必ず送り届けます。では」

 いつから恋する者に甘くなったのだろう。侍女を振り払って怪我をしてまで会いたい相手がいる女に情けをかけるなんて。

 ノインは多少罪悪感はあったが、小庭へと戻った。

「撒いてやったぞ」

 小さく声をかけると木からひょこっと娘が顔を出した。

「ありがとう、本当にありがとう。貴方とてもいい人ね。私、カロリーナ。貴方は?」

「ノイン・マーライ」

 本名を名乗らない辺り完全にノインに気を許しているわけでもないだろう。

「禁止されているのか、その人と会うことを」

 恐らくかなり家柄が良い。相手はもしかすると貴族ではない男なのかもしれない。身分差で禁じられた恋なのか。

「そうなのよ〜! お父様に超超超超超〜反対されていて。お前が会ったら迷惑なことしか起きないだろうって」

 何となく父親の言いたいこともわかる気がする、とノインは思った。もしかすると身分差問題では無いのかもしれない。

「だけど……ほとんど会えなくなっちゃって寂しいから…会いたくて…」

 心から恋しそうな表情を浮かべるカロリーナ。ころころと表情が変わる彼女のペースにノインはすっかり飲まれてしまった。

「……その服装は色々な意味で目立つ。いったい誰に会いたいんだ。本人から許可が出たら連れて来てあげよう」

 すると今度はわかりやすいほどぱぁぁぁああ!! とカロリーナの表情が明るくなった。

「いいの!? 嬉しい、ありがとう! ノインって本当に優しいのね!」

 カロリーナはノインの両手をぎゅっと包み、ノインが少しどきっとしたのも束の間で、ぶんぶんと上下に激しく振った。

「わかった、わかったから、誰に会いたいんだ!?」

 ノインが振り解くと、カロリーナは大きな瞳を真っ直ぐにノインに見つめた。ノインは彼女の意志の強さを秘める瞳から目を離すことが出来ずにいる。


「王城庭師。私が会いたいのは庭師の女性よ」


 


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