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前髪の長いノインは片目が完全に隠れているが、表に出ている片目でさえも光を失い、キリキリと痛む腹を手で押さえて立っている。
どうして他国の国王が簡単に入って来られるのか!?
「キミたち聞いたかい? 彼女はボクに甘えたいのだと!」
中性的な美しい顔立ちに黄色の腰までの長い髪を靡かせるのはアレーニ。魔法で急に現れたかと思えばリリーナの肩を抱き、彼女の唇にちょんと人差し指を当てた。
もちろんそんな状況にアレスフレイムが黙るはずがない。机に立って勢い良く飛び降り、リリーナとアレーニの間に割って入った。
「お前こそ聞いていたのか。生まれ変わりに詳しい奴を紹介しろと言っていただろ、クソ蟲キングが!」
「もちろん聞いていたさ。それも含めてね。ボクにはよ〜く聞こえるからねぇ♪」
今度はアレスフレイムが執務室にある応接用の低いテーブルの裏を瞬足で覗き込むと、丸いキラキラとした魔法石らしき物を見つけた。恐らく盗聴器のような役割だろう。
「これは何だ、ぁあ?」
握り締めながらアレーニを睨みつけた。アレスフレイムの赤い髪が怒りで逆立っている。
「あはっ♪ もしかして今ようやく気付いたの!?」
それでも全く反省の色を見せないアレーニ。ノインは顔色が悪くなりながら戸惑う中、リリーナはふぅと息を吐き、
「アレーニ国王。確かめたいことがございますので、今度前世に詳しい方をご紹介していただいてもよろしいでしょうか」
淡々と頼み事を伝えた。アレーニのことだから二つ返事はもちろん、このままリリーナを攫ってしまわないかとアレスフレイムは再びリリーナとアレーニの間に入ろうとした。
「しばらくは無理カナ」
だが、予想外にもアレーニは断ったのだ。
「意外だな。お前ならすぐにリリーナを連れて国へ行きそうなものを」
アレスフレイムに言われると、アレーニは疲れた様子で軽く息を吐き、客用のソファーに腰掛けた。
「ゲルーが次に狙いを定めたのはアンセクトさ」
ゲルー、それは大陸の北に位置する大国。竜騎士を保持しているため絶対的に武力が強く、各国が戦争で敗北をするか戦わずしてゲルーの要求を飲む程恐れられている国だ。このロナール国も竜騎士四天王アランボウ率いる武隊に襲撃をされたが、ローブで身を隠した謎の男やアレーニのおかげで難を逃れた。
そのゲルーが次にアンセクトを襲うのだろうか。
「確かな情報が入ったのか?」
「ボクの友達づてにね」
彼の言う友達とは蟲。アレーニは魔力が絶大な民族、太陽の丘の民の血をかなり薄いが引く者。そのために彼は蟲と会話が出来る特殊能力を身に着けている。
「ボクらが友好国になったおかげで、他の国もボクらと協定を組むことになった。レジウム国もね」
レジウム国、国王は表向き光魔法を世界で唯一中級魔法を使えると言われている、大陸の中心に位置する国だ。
「レジウムに流れていたゲルーからの密兵もボクらで仕留められているし、ロナールのおかげで各国の国民に食料も行き渡っている。ゲルーとしては面白くないだろうネェ」
アンセクト国には蟲が、ロナール国では植物が、もしスパイが潜ろうとしていることに気付いたら伝達し、各国の筆頭魔道士等が昨今取り押さえていている。また、入国審査を強化するなどスパイが潜る心配が減ってきた。だがそれは同時にゲルーが世界を支配しようとする企みを邪魔することにもなる。
「今ゲルーが最も消したい人物はボクだろうさ」
アレーニは吐き捨てるように笑ったが、リリーナたちは緊迫した面持ちで見つめていた。
「おっと、そうだった!」
突然アレーニが立ち上がるとツカツカツカと早歩きで向かった先はノイン。ノインは自分の方へ来るなんて予期せぬ出来事で、少し背中を反らしてしまった。
「コレ、ヨロシクね!」
「はい?」
アレーニが胸のポケットから出して渡したのはくすんだ黄色の硬い表紙の本。ノインは反射的に受け取ってしまった。
「そちらの筆頭魔道士クンによればロナール国の古代文字で書かれているらしいヨ! 太陽の丘で仲良くなった友達がボクにくれたんだ。キミ、こういう解読得意そうでしょ♪ じゃ、そろそろ帰るわ〜」
早口で一方的にアレーニは伝えたが、太陽の丘で入手したとか驚愕的な情報をあまりにもさらっと言ってくるため、ノインは何か言いたいが口をぱくぱくとするしか出来なかった。
「近々戦力を連れてアンセクトに来て欲しい。そっちの準備が出来次第、迎えに来るヨ」
アレーニは軽く服を叩くと、アレスフレイムたちに背を向けて宙に指で金色の円を描いた。
「落ち着いたらデートしようね、リリーナターシャ」
どこか冗談めいたようにも聞こえない雰囲気にリリーナはきゅっと唇を結ぶ。
「…………死ぬなよ、アレーニ」
彼の背中にアレスフレイムが呼びかけるも、アレーニは振り返りもせずに送還円に入り、アンセクト国へと戻って行ったのだった。




