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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第四章 迷いの森へ
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7−5

 リリーナは濡れたライトグリーンのリボンをポケットに仕舞うと、上を見た。


 日差しが暖かい。暑いくらいだ。


 森の中を風が吹き渡り、ずぶ濡れのリリーナとアレスフレイムを乾かしていく。風の力でふわりと二人は泉の上に浮かんだ。キラキラと水を弾かせながら。

 アレーニにも光が当てられ、みるみると服が乾いていく。

「おや、有り難いネェ」

 気持ち良さそうにアレーニは髪を靡かせ、風を受けていた。

 すっかり乾くとリリーナたちは地面に降ろされていく。

 だがその拍子にリリーナがくらっと立ち眩み、前へ倒れようとしてしまった。咄嗟にアレスフレイムが隣から支える。

「リリーナ!」

 無理もない、古の魔女の魔力が暴走したのだから。リリーナは聖水を飲んで回復をしていてもまだ疲弊が残っていたのだ。

 すると、アレスフレイムは彼女を横抱きにして抱えた。

「お姫様抱っこ…っ!」

 ココが憧れの視線を思わず向ける。

「殿下、大丈夫です。歩けますので」

「ハッ、そう言いながらいつも無茶するだろう。大人しく抱かれろ」

「っ!?」

 彼の言葉に赤らめるのはリリーナ、ではなくココ。そんなココをこういう王子様的なシチュエーションが好きなのかとニックとセティーがちらりと見る。


「リリーナターシャ、太陽の丘には行くのかい?」


 乾いたばかりの艷やかな顔で問うのはアレーニ。リリーナは少し考え、そっと自身の胸に手を添えた。


「やめておきます。きっと彼女には辛い現実があると思うので」


 昔は栄えていただろう太陽の丘。それがココが最後の太陽の丘の魔女となったのだから、閑散としているはずだ。再びフローラが自責の念に押し潰され、魔力を暴走させてしまうかもしれない。

 それに純粋にフローラを悲しませなくない。リリーナは誰よりもフローラを守りたかった。

「そう」

 アレーニはふっと微笑み、返事をした。

「世話になったな」

 アレスフレイムがぶっきらぼうにアレーニに一応礼を言う。

「ふふん♪ この間はボクの方が迷惑かけたからネ。これでおあいこさ。そ・れ・に♪」

 嫌な予感しかしないアレスフレイムは続きの言葉を聞く前から眉をひくひくとしている。

「水も滴るリリーナターシャを拝めたから大っっ満足さ!」

「帰るぞ!」

 アレスフレイムはアレーニに背を向けてズカズカと森の入口へと歩いて行ってしまった。

「ありゃ〜、もう少し彼女と喋りたかったのにな〜」

 ぽりぽりと頭を掻きながら彼は二人の背中を見送った。


「お前は故郷に帰るのか?」

 ニックが子ども竜に話しかけると、

「キュイ?」

 子ども竜がニックに首を傾げた。

「さっき丘に様子を見に行った時、竜たちがすっかり馴染んで住み着いていたぞ」

「えっ!?」

 セティーからの報告にココもニックもそしてアレーニも驚く。

「餌とかどうするんだよ!?」

「まぁ無限に成る果実とかあるし、それを食べるんじゃないかな」

「竜!? 見たい見たい! この子もカワイイ〜! キュイちゃんって名前にしよう!」

「は? 竜にそんなマヌケな名前付けんなよ」

「マヌケじゃないもん! キュイって鳴くからキュイちゃん!」

「そうだぞ、野生児にはセンスがわからないのだろう」

「こんのぉ、シスコンが!」

 わちゃわちゃと騒がしい三人をアレーニは少し離れた場所から身体を横に傾けて眺めていた。この三人はどういう関係〜?? と傾き続ける。

 だがアレーニの存在を忘れているかのように三人はまだ言い合いを続けていた。戯れ合う兄妹のように。

「あ、俺そろそろ戻らないと。居ないことがバレたら…」

「そうだな、お前は」

 ニックが不在で怪しまれ、魔力持ちであることや諸々疑われるわけにはいかない、とセティーが心配そうに見る。

「トイレ掃除させられる」

「そこかよ!?」

 だが全く別の案件を気にするニックにセティーは思わずズッコケた。

「ケルベロス、転移魔法が使える場所まで乗せてくれるか」

「ウォン!」

 ニックがケルベロスに乗ると、

「またね、素性隠しくん」

 アレーニが彼に微笑みかける。何かを含んだような笑みにニックは少し身構え、何も言わずに走り去ってしまった。

「さてと、せっかくだから少し散歩でもしようカナ」

 ニックの姿が見えなくなるとアレーニは軽くズボンを手で払い、少年のように辺りを見回した。

「国に戻られなくてよろしいのですか? 国王不在のままにしても」

 セティーが警戒するように彼に言うと、アレーニは人差し指を立てて横に振り、

「ノンノン♪ ボクが突発的に居なくなっても国はちゃんと回っているヨ。アンセクト国はそんなにヤワじゃないのさ! ダイジョーブ、ボクはここで良からぬことなんかしないヨ。珍しい蟲がいそうだから、ちょっと仲良くなりたいのさ。じゃ〜ね〜♪」

 そのまま森のどこかに軽快なリズムで歩いて行ってしまった。

「悪い奴ではなさそうだけど」

 どこか腑に落ちなさそうなセティーを他所にココはキュイを撫で、

「ねぇセティー、この子を丘へ連れて行ってあげよう。一緒に来てもらってもいい?」

「もちろんだとも」

 可愛らしい妹スマイルを放ち、セティーはアレーニのことなど忘れ去るのだ。

「せっかくここまで来たんだもの。お母さんのお墓にも行きたい」

 顔はまだ笑みが残るものの切なそうなココを見てセティーは彼女の手をぎゅっと握った。

「行こう。きっとキュイに乗せてもらったら早く着く」

 セティーは優しくココを抱きかかえてキュイに乗せ、彼女の背後に彼も座る。

 子ども竜に乗って二人は太陽の丘を目指す。向かい風に吹かれながら。




 静かになった泉。

 そこにひゅるりと一枚の葉が舞った。苔が生い茂る木の幹の前に浮かび、光を放つ。真っ白な光を。

「あなたの嫌いな人間に叱られるなんてザマぁないわね」

「ふん、世界樹の守姫か。わざわざ嫌味を言いに来たのか」

 苔と葉が睨み合う。両者共に怯むことなどない。

「ええそうよ。私が大切にしているリリーナターシャたちにちょっとおいたが過ぎたみたいだったから」

「ふざけるな。あれは試練だ。フローラを人間たちが甘く見ているようだったから」

「別に死んでも良いと思ったでしょ? 試練を乗り越えられなかったら」

「………」

 声の主の圧力についに森の主が反論出来なかった。

「勝手に殺すんじゃないわよ。あの子は一方的にフローラに棲み着かれただけで、一人の人間の女の子よ」

「けれどもフローラが蘇れば今度こそ大地が終わる。それを一番理解しているのはお前だろう、守姫」

「不思議ね、太陽の丘を守る主のくせに大昔に共にした太陽の丘の魔女を抹消したがるなんて」

「皮肉を言うのも大概にしろ。お前の先代は何も守れずに灰となったくせに」

 ビュンッと葉からは白き棘が一つ放たれた。

「知ってる? 私達植物は人間や動物を殺してはいけないけれど、植物同士ならタブーにならないんですって」

 声は恐ろしく朗らかだった。

「次にあの子達を殺そうとするならば、丘諸共ぶっ壊すわよ。どうせ太陽の丘の民が不在なんだもの」

「……」

 脅しではなく本気だろう。森の主は固唾を呑んだ。

「………お前がそこまでしてあの人間に執着する理由は何だ。監視だけでなく、他に企みがあるのだろう」

 森の主に問われ、白き葉はふふっと笑った。

「世界平和よ」

 あっけらかんとふざけた答えを一言だけ言われ、森の主はモスグリーンの鋭い光を放って葉を一瞬で枯らした。

「お前は見かけの色を腹の色に変えるべきだ、白薔薇」 


 

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