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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第四章 迷いの森へ
114/198

7−2

 死の知らせが丘に届いた。

 風に乗って鳥たちが先に葉が付いた枝を咥え、急ぐように羽撃かせる。一方では水が染み渡るように、長く続く大地から伝達されていく。


 フローラが死んだ。

 人間に殺された。

 恋が災いとなった。

 庭が火の海となった。

 歴代最強の魔女が死んだ。


 あちこちから不幸な知らせが丘へと届けられた。次から次へと絶え間なく。

「だから丘から降ろさせるなとあれ程言っていたではないか!!」

 太陽の丘でも民同士がいがみ合っていた。一人の青年を大勢の民たちが取り囲んでいる。

「でも、まさかこんなことになるとは誰も予測出来なかったはずよ!」

「フローラは元々普通では無いんだ。地上に行くべきでは無いのだよ。あの魔力を抱くには幼すぎた」

 ガサッサッと土が擦られる音がゆっくりと聞こえる。丘の長老が言い合いの場へと近付いた。

「すぐに亡骸を回収せねば。あの身体自体が特別な魔力を秘めている。悪しき者の手に渡れば、世界の大地は完全に崩壊するだろう」

 長老の言葉に皆が固唾を呑む。

 そして、美しい黄色の髪の青年が顔を上げ、意志の強い瞳をスッと皆に見せた。

「探してくる。妹を」

 彼がそう言うと、彼のすぐ後ろに居た同い年ぐらいの女もまた、黄色の柔らかな長い髪をきゅっと縛り、美しく揺らめかせた。植物のツルのように。

「私も行くわ! 大切な妹だもの」

 二人は妹の前例に無い決断を最終的には背中を押してしまった。幸せになって欲しい、と。だが彼女の訃報を聞き、後悔ばかりで自責の念に押し潰されそうになっていた。泣き崩れたいがそんな時間さえ許されない。

 大切な家族が死んだと知りながらも、二人は妹を迎えに丘を降りる。

 先にあるのは憎しみと欲望で燃える大地。

 また新たに太陽の丘の民が降りた先に待ち受けていたのは…………。




「いやぁああぁああぁあぁああぁ!!!!!」


 張り裂けそうな叫び声がリリーナの胸の内側から湧き上がった。何度も何度もとめどなく叫び続ける声の主は、錯乱し、魔力を乱していった。いや、もはや暴走に近い。

 リリーナを中心に突然暴風が円を描きながら舞い上がり、根が細い種類の草花たちが無惨にも土から引き離される。

「落ち着いてフローラ!」

 リリーナは胸に手を当てて声を張り上げるが今のフローラに届くはずがない。


 このままでは森の植物たちが危険だわ。


 リリーナは声が届かない相手にどうやって落ち着かせようか頭の中をフル回転させた。森の植物たちだけでない、この辺一帯、いやロナール国中、もしかすると世界中の植物たちが危険に晒されているのだ。

 胸から湧き上がるのはフローラの叫び声だけではなかった。彼女の悲愴感、絶望感、只事ではない負の感情が森の主から魔法を受けた直後に彷彿し、飲み込まれそうになる。が、辛うじてリリーナは耐えた。植物たちを守りたい一心で。


「リリーナターシャ!!」


 暴風にも果敢に向かって来たのは巨大蜂に乗ったアレーニ。


 アレーニ国王…っ。


 リリーナは呼びかけに応えようとしたが、もはや返事すら出来ない。フローラに意識の全てを飲み込まれないようにするだけでも精一杯なのだ。

 だが、それでも魔力の暴走を食い止められない。

 アレーニが視界に入った途端に辺り一面に霜柱が立ち、森に漂っていた湿った空気は無数の氷の刃となり、アレーニに襲いかかった。全てを拒絶するかのように。

「くっ…!?」

 アレーニは特化した無属性魔法で自身と蜂を包み込む球体の防御魔法を一瞬で放ち、間一髪で防いだ。

「防ぐだけでやっとだと…ッ!?」

 いつも飄々としている彼だが、歯を食いしばって氷の刃に耐えていた。耐えるしか出来なかった。それからリリーナをどう救えば良いのか考える余裕が全く生み出されない程に。

「フローラ!!」

 もう一度呼びかけるが、フローラは泣き叫び続けるだけ。

 迷いの森は大陸の最南に位置し、雪や氷とは無縁の地。そこに生きる植物たちに氷など与えたら弱らないわけがない。リリーナは次から次へと植物たちが苦しむ姿を見るのが耐え難かった。それも、フローラが放ってはいるが災いを起こしているのはリリーナ自身の身体でもあるのだから。


雷光(サンダー)ノ鞭(マスティギオ)!」


 突然、天から雷の鞭が氷の刃を弾き壊した。氷がパキンパキンと砕け散り、木漏れ日に反射して眩く煌めかせる。

「っ!?」

 アレーニやリリーナが見上げると、竜に跨ったニックが空に浮かんでいたのが木々の間から見えた。やがてニックは竜に乗ったまま泉の上まで降下した。

「泉…っ」

 息絶え絶えのリリーナの瞳に映ったのは聖水を湧き上がらた泉。


 ―――――これしかない。


 一瞬彼女の瞳のライトグリーンが輝く。決心の強さを象徴するかのように。だが声に出したらフローラにこちらの作戦が聞かれるかもしれない。リリーナは自身の考えを悟ってくれるであろうある人物に賭けてみようと決意する。


 ほぉ……この状況でまだ精神が乗っ取られないとは。


 リリーナたちが苦戦するのを見物している森の主の苔が心の中で呟く。


 女には魔力が微塵にも感じられない。それでもあの魔女にまだ抗えるのは、あの魂のせいか、それとも、あの女自身の精神力か。


「私のせいで……っ!! 私のせいで……っ!!! みんな死んじゃった……っっ!!! ぁああぁあぁああぁあぁあ!!!」


 内からくるフローラの叫び声の言葉にリリーナは驚愕をした。

 太陽の丘の民が丘を降りて命を落としていったのは、フローラが死んだのがきっかけ。普通なら彼女は知らない時の出来事。ココから話を聞いてはいたが、これでは、まるで……


 ―――――彼女の死後の世界を見させられているのね


 森の魔女は何て恐ろしいのだろうか。

 僅かでも気を抜けば無機質な空間へと意識が堕ちてしまいそう。リリーナは決死な想いで立ち上がった。


「あなたと生きる覚悟も、死ぬ覚悟も」


 リリーナのライトグリーンの瞳に応えるように真夏の葉が揺れ、爽やかな音を奏でる。

「ダイジョウブ、来るよ!」「ダイジョウブ!」「来る!」

 木々の間から飛びながら到着をしたのはココとセティー。霜柱を見てココは身震いをしていた。リリーナが植物を傷つけるとは一切考えられないからだ。

「はぁ…はぁっ…」

「リリーナさん…っ」

 誰かが来ると追い込まれたような切迫感にフローラは只々苦しみ、追い返そうと次の魔法を操ろうとする。


 次に出すのは火。


 そう直感したリリーナは左手で右手首をぎゅっと摑み、身体を無理矢理ひねるようにして、火の手を泉へと向けた。途端に爆炎が泉に放たれ、水蒸気が辺りにジメジメとしながらも熱を伝えていく。

 だが、泉はリリーナが直前に唱えた魔法が生きていて枯れることなく聖水が滾々と湧き出ていた。

 さらに湿度を増した森は苔が活発的に胞子を放ち、繁殖していく。周りにあるゴツゴツとした大きな石にもびっしりと苔が覆い隠してしまいほうになる程に。

「ココ! 隙ができたら幾千の星を私に巻き付けて! 動きが止まったら、私の胸元に光失記憶を唱えてっ! くっっっ!!!」

「リリーナさんっ! どういうこと!?」

 精一杯の力を振り絞って早口でココに伝えると、また次の魔力の暴走をリリーナは食い止めようと全身に力を入れた。が、フローラの叫びは次第に嵐を起こそうとしていく。

「アイツを捕らえるぞ!」

 ニックが上から叫ぶと

「そうじゃない」

 中性的で美しい顔立ちのアレーニが真顔で否定をした。

「素性隠しくんは彼女がここから逃げないように上を守ってて。湿った空気は換気しないままでね」

 アレーニはリリーナの策を悟っていた。火を一瞬で泉に向けたのは植物を守るからだけではないということを。

「植物使いの覚悟はもっと根が深いモノさ」

 そう言うとアレーニは蜂から降りて、蜂を元の大きさに戻して専用のケースに戻してポケットに仕舞い、


「ありがとう、君たちの力が必要だ」


 背後からやって来た仲間に声をかける。

 何匹ものヤンマが目にも止まらぬ速さで羽を羽撃かせ、力強い顎を見せつけ、森を守る覚悟を示していた。




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