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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第四章 迷いの森へ
112/198

6−5

 ココの頭の中に、かつて一緒に暮らしていた丘の仲間たちの姿の砂の絵が描かれた。誰もが陽だまりのように微笑んでいる。


『また戻ってきたら遊ぼうな』


 特に優しくしてくれた夫婦。彼等の間にぽつんと不自然に真っ白な空間があった。

 僅かな風で全て吹き飛んでしまいそうな砂絵。

 本当に本当に、忘れたくなかったのは………。




「おい、大丈夫か!?」

 ニックに両肩を掴まれ、ココは現実に意識が戻った。けれども、どこかはっきりしない。

「わからない、わからない、わからないけど、怖いの」

 理由もなく涙が溜まってきそうになる。

 ココだけでなく、セティーまでもが額を手で抑えていた。

「私、二人に何かしたつもりは無いけれど…」

 カヴィタスたちに記憶消しの魔法をしたばかりのリリーナも二人を不安そうに見つめていた。

「うん、ボクは特に変わりなく」

 記憶消しを見ても気分に変化のないアレーニ。

「漠然とした不安感に突如押しつぶされそうなんだ。得体の知れない恐怖心が」

 セティーが顔色を悪くなりながら説明。それを聞いてもどう対処すれば良いかと一同は戸惑う。

「とにかく、陛下たちを一旦ここから離しましょう。森の主をいつまでも仮死状態にするべきではないわ」

 ココたちも心配だがまずは植物をと考える冷静さを保つリリーナ。そんな彼女を見て彼女の賢さにまた一つ惹かれるアレスフレイムとアレーニがいた。

「同感だね! とりあえず草原に送ってあげるとしよう」

 アレーニが指先でくるっと空中に円を描き、黄色の輪を出すとカヴィタスとジーブルを同時に輪で潜らせ、消していった。難易度の高い魔法でも彼は軽々とこなしていく。

 それから

「一応キミたちもね。森の怒りを買ってしまったのだから」

 アレスフレイムたちにも指先を向けた。

「待て、俺は…ッ!」

「キミは王サマの対処に専念してネ」

 アレスフレイムが止めようとしたが、アレーニは全く耳を傾けずにノインとエドガー、そしてアレスフレイムまでもを黄色の輪から森の外へと強制送還した。

 もしもまた森の主が怒りを露わにすればアレスフレイムたちは邪魔でしかならない。魔力の強い者だけが残るべきだ。

「ふぅ、では頼めるかい」

 アレーニがリリーナに散水を頼む。リリーナは頷くも少し考え、

「………上から撒くだけではなく、土にもっと聖水を含ませた方が良いかもしれない」

 とぼそりと呟いた。

 

 苔が主となる森ならば、水が絶えず流れる場所があるはずだ。


「この森に泉があるかしら」

 リリーナが辺りに尋ねると、ケルベロスは「ウォン!」と頷き、ダンゴムシも触覚を賢明に動かして答える。そして、草や花がサラサラと揺れる。

 見るとココもセティーもまだ万全では無い。リリーナはライトグリーンのジョウロを握り持つとアレーニの前に立ち、

「蟲たちから聖水が泉から湧き出た知らせを聞いたら、これを苔の茶色い部分に撒いていただいてもよろしいでしょうか」

 彼に自分の宝物を託したのだった。

「勿論だよ。ボクはここで知らせを待っているさ」

「ありがとうございます」

「じゃあ俺が付いて行く」

 ニックがリリーナに付き添おうとするが

「あなたは彼女たちの側にいてあげて」

 即座に断った。

「心配ないわ。一人ではないもの」

 片手でケルベロスを撫で、そしてもう片方の手を彼女自身の胸元にそっと添える。


 あなたの故郷だもの。覚えているわよね、フローラ。


 リリーナはすぐにケルベロスに跨り、森を駆けて行った。上空で子ども竜が彼女を追って飛ぶ。


 導くように木々が傾き、ケルベロスは飛ぶように跳び、森をぐんぐんと進んで行った。

 空気が次第に湿ったくなり、肌がぺとぺとと潤う。木の幹にも苔がびっしりと生えていて、小さな虫たちが住処としていた。

 突如、視界に泉が広がった。

 泉周りは苔が占領し、ここを力の源とし、森中を満たしていくのだろう。

 リリーナはケルベロスから降りると泉の前に立ち、息を吸った。濕った空気を。


 空気よ、土壌よ、そして森の主よ、沁みてゆけ。


聖水(アスモス・)湧泉(シャドルヴァン)っっ!」


 リリーナは地下から湧き上がらせるように手の平を天に向けて両腕を上げ、森中に美しき声を澄み渡らせた。

 あんなに陽の光が漏れて来なかった木々から木漏れ日が差し込み、聖水に生まれ変わった泉はキラキラと宝石のような眩さを放つ。


 蟲の知らせを聞くまでもなくアレーニは彼女から託された聖水入りのジョウロを握り、巨大蜂に跨って仮死状態となって茶色く変化した苔である森の主に飛びながら聖水を撒いていった。


 水滴を受けた茶の苔は、瞬間に元の青々とした色に戻る。

 土は、根は、泉から染みてくる聖水を地下から飲み、憎しみや恐れを浄化。

 白き霧が泉の上で陽射しを浴びながら揺らめく。

 ぽわ、ぽわぁ。

 辺り一帯から緑の小さな光の粒が森中に飛んだ。緑と言っても、それはライトグリーン。大地から命の誕生を天に告げる新芽のような光。


「はぁ…はぁ……なんだか、大丈夫になってきたみたい」

 ココとセティーは突如身に襲った漠然とした不安感からも解放されそうにしていく。

「これは、何だ……っ!?」

 セティーが今度はライトグリーンの光の粒を口を開けて驚愕しながら眺める。

「わからない、私も初めて見る」

 一方ココは花火でも見るかのようなあどけない子どものようにキレイな光に心を躍らせていた。

「きれ〜」

 などと呑気な声を漏らす彼女にセティーとニックは若干呆れたが、

「ま、この場所をこの中で1番に知ってるヤツが平気そうなら大丈夫なんじゃねーの」

 ニックもこれは危険な物では無いと察して、眺めていた。


「………あの娘には無かった力か………」


 重たい腰を持ち上げるかのような声で森の主が呟いた。泉に1番近く幹が太い木にびっしりと生えている苔からリリーナに話しかける。

 リリーナは以前にフレーミーの花畑の主からも言われた言葉だと、ふと思い出した。

「女よ、フローラと共に生きる覚悟も死ぬ覚悟もあるか」

 だが、問い掛けの内容は似てるようで異なるように思えた。


『お前の身体が全て奴に乗っ取られるかもしれない、その覚悟はあるか』


 以前にフレーミーの花畑の主であるスギの木にはそう聞かれた。それは、リリーナだけが死ぬかもしれないという覚悟についてだ。

「私は彼女の力のおかげで植物たちと生活をする生き甲斐を得ております。もし彼女にこの身が奪われるような形になっても、私は彼女が庭を愛し続けるのなら悔いはございません」

 苔の問い掛けの答えになってるとは思わないが、リリーナは前回聞かれた時と考え方は変わっていないため、フローラに支配されるかもしれないという覚悟を抱いていることを伝えた。

「フローラが庭を愛すると思うか?」

「え」

 一瞬でリリーナの希望が否定される。恐らく生前のフローラと面識のある苔に、フローラに庭や植物と愛する行動は無理だ、よく考えろ、と淡々と打ち砕かされた。

「いずれお前が飲み込まれる日が来るだろう。フローラの魔力は人間には敵わない。主級の植物にもだ。2000年後の世界に果たしてフローラは穏やかに生きられるのか。そして、お前の仲間や育てた大地が再び崩壊の道を辿るかもしれないとは思わないのか」

「…………」

 苔の言葉にリリーナは何も言い返せなかった。そんなことない、言えるはずがなかった。


 フローラは選んだのだから。植物たちよりも、世界の破滅よりも、恋を。


「………よかろう、試練を与えよう」

「何をっ!?」

 嫌な予感しかしなかったリリーナは後退りをしたが、四方八方苔に囲まれているため、逃げ場が無い。


光獲記憶(ライトゲインメモリー)


 木の幹に生える苔から放たれた、一直線に光るモスグリーンの光線が。光を浴びたのはリリーナの額では無く、彼女の胸元。

 途端にリリーナの瞳のローズピンクがライトグリーンよりも増えていった。まるでリリーナを死滅させるかのように。




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