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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第四章 迷いの森へ
110/198

6−3

 森の上を竜に跨って飛んでいたリリーナは、まだ一部に紫に光る森の怒りが残っていることに気が付いた。その上からジョウロで聖水を撒くが、収まる気配が無い。


 森の怒りを買うとしたら、あの男しかいない。愚王カヴィタスだ。それと金魚のフンのジーブル。


 それでも、彼はきっと父親を見捨てることが出来ないだろう。


 口は多少悪いし説教がましいけれど、誰よりも暖かな優しさを抱いているアレスフレイム。彼のことだからどんなに父親が悪行をしても、見限ることが出来ないはず。そしてノインも、主であるアレスフレイムを無理矢理父親と引き離すこともしないだろう。

「殿下たちが巻き込まれているかもしれないわ。私の大切な人なの。ゆっくり降りてもらっても良いかしら」

 リリーナは子ども竜にお願いをし、ローブのフードを深く被り直して顔を隠した。「キュイッ」と子ども竜は理解したように返事をすると、なるべく羽音をさせないようにしながらゆっくりと下降していったのだった。


「おい! 罰を与えるのはもう十分だろう!? その者たちを解放してやれ!」

 必死に悪人相手にも苔をむしり取ろうとするアレスフレイムたちの姿を見て、ニックは居ても立っても居られなくなり、怒りが収まらない森の主に叫んだ。

 だが、彼の願いは届かない。

 森の主である苔は紫の異様な光を放ちながら尚も彼等の身体を蝕もうと繁殖していく。

 やがて子ども竜に乗ったリリーナが降りてくると、凄まじい光景に心臓が止まりそうになった。

 愚王カヴィタスやジーブルだけでなく、アレスフレイムたちまでもが苔に体中を覆われようとしている。

「いったいどうなっているの!?」

 リリーナが声をかけると、すぐに彼女の声だと察したアレスフレイムが

「森の主の逆鱗に触れた報いだ。悪い、俺たちだけでは止められない」

 死を覚悟しながらも決して諦めずにカヴィタスの苔をもぎ取ろうとし続けていた。

「太陽の丘の魔女か……!?」

 身体のほとんどを苔に覆われつつあるカヴィタスだが、欲望の深さからリリーナを捕らえようと腕を伸ばした。だが、その腕をあっという間に苔にがっちりと隙間無く制御され、呆気なく腕を上げる力さえ失われた。

「人間を殺してしまうわ! 貴女たちが神と崇める植物の命を削ることにはずでは!?」

 リリーナが竜から降りて苔に必死に語りかける。植物は巨大な力を持っているが、生き物を殺せば神として崇めている特別な植物がその穢れを背負う。以前白薔薇姫から説明されたことを思い出し、リリーナは懸命に説得をしようと試みた。


「………清らかな魂を持つ女よ、中に居るのはフローラか」


 声色は低いが女性の声。まるで老巧な魔女。リリーナは嘗てない程の緊張感が走った。

「左様でございます」

「神と呼ばれし植物の命を削る行為かもしれないが、愚かな人間は大地の敵だ。多くの力が弱い植物たちが犠牲となる。愚かな人間を野放しにすれば、抵抗が出来ない者たちの命が軽々しく消えてしまうことをお前は理解すら出来ないだろう。大地よりも人間の男を選んだお前には」

「私はフローラではありません」

 リリーナは緊張しながらもきっぱりと否定をした。

「人間をもう少し信じてください。私達も大地と共に生きていきたい。それを脅かす者がいれば咎めましょう」

「人間を信じろだと?」

 再び地響きが鳴り響く。リリーナはアレスフレイムに纏わりついた苔を払い落とそうと彼に近付くと、

「触るな! 貴様まで巻き込まれる!」

 強く拒まれてしまった。カジュがしゅるしゅるっと舞い上がり、

「今までも幾人もの人間の命を奪っていったのか!? あの御方の命が削られると知りながら」

 リリーナが発した言葉から察して信じられないという風に驚愕した声色で叫ぶ。

「私は森を守り、丘を守る者。邪心を抱いた侵入者は排除するのみ。その仲間もだ」

 水を得た森の主はさらに力を高め、より強い紫の光を発した。完全にカヴィタスたちを喰らおうと繁殖を速めていく。

「アレスフレイム様!! ノイン様!! やめて!!」

 リリーナの悲痛な叫び声もまるで無視。リリーナもニックも手出しが出来ず、悔しそうに苔を見つめている。


 その時、地響きとは違う何かが大地を揺らした。

 大きな何かが押し寄せてくる、無数の足音を鳴らしながら。

 木々の間からやってきたのは黒くて硬い甲羅で覆われ、頭には二本の触角をピンと張ったダンゴムシ。通常のダンゴムシと違い、子どもを乗せられそうな程巨大化している。何匹も何匹も森のあちこちから集まってきた。

「うぉおおおぁぁあああ!!!!」

 カヴィタスとジーブルは泣き叫ぶも、身動きが取れない。彼等は巨大な昆虫に食われてしまうのかと恐れた。


「さぁ、好きなだけ食べてくれ」


 背後からやってきたのはアレーニ。ダンゴムシたちはカヴィタスの周りを取り囲み、むしゃむしゃと食べ始めたのだった、苔を。

「君たちは本当に苛つかせる天才だから、眠っててネ〜」

 アレーニはそっと指をくるくると回すとカヴィタスとジーブルをあっという間に眠らせてしまった。

「何故、お前が…ッ!?」

 アレーニの登場に驚くアレスフレイムたち。

「虫の知らせってヤツ?」

 アレーニはふふんっと中性的な顔で笑みを浮かべ、ダンゴムシたちを撫でながら食事を見守っていた。

 森の分解者とも呼ばれるダンゴムシたちは絶えず口を動かし、苔を貪り尽くした。忽ち彼等を覆っていた苔が姿を消していく。

「でも苔はそう簡単に胞子が身体から完全には落ちないわ。どうにかして完全に取り除かないと」

 リリーナは静かに考え始めた。すると、何かが地面から浮かぼうとしているが、森の魔力に遮られているようで、バチバチッと苦しそうに音を出す。

「っ!?」

 すぐに察したニックとアレーニがそれを保護するかのように両手を出し、魔力を支えた。


 薔薇の魔法陣が浮かぶ。


「きゃあ!?!?」

 そこから現れたのはローブで身を隠した女。白薔薇姫に無理矢理送られたらしく、転びながら登場という何とも無様な様子で突然召喚されたのだった。

 やってきたのは最後の太陽の丘の魔女、ココ。既に半泣きで頼り無さげである。



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