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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第四章 迷いの森へ
109/198

6−2

「おい、何で来たんだよ。ココは?」

 ケルベロスに乗りながらリリーナに聞くニック。一方ケルベロスは3頭の頭全てが不思議そうな顔をして、くんくんと鼻を鳴らしてリリーナを嗅いでいる。

「怖がっているから付いて来なかったわ。それよりも、すぐに竜を呼んで。刻一刻を争うわ」

「呼んで何をするつもりだ」

 だがケルベロスが突然「アォ――――ン!!」と遠吠えをした。鳴き声は木々が揺れながら森の外へと運ばれていく。

「あら、人間の言葉が解るのね」

「あんたはケルベロスを見て怖くないのか」

 胴体が1つに対して頭は3つ。人を乗せるのも容易いくらいの巨大な生き物が目の前に居ても動揺をしないリリーナにニックは怪訝そうに見つめた。

「怖くないと言えば嘘になるわ。今は一秒でも早く森を助けないと」

 植物を助けることしか考えていない、そんな意志の強さをニックは彼女から感じ取った。竜を待ち、空を仰ぐ彼女から。


「は〜い、これでおっけ〜」

 一方アレーニは、木々の間に蜘蛛の糸を張り巡らせ、除草剤を放つ球体を捕らえると、糸でぐるぐる巻きにして封じ込め、回収に成功。

「苦しんでいる友を救出しよう。蜜を分けてあげられるかい」

 巨大蜂にそう言うと、アレーニは森をさらに進み、弱っている虫を見つけては蜂蜜を与えて治療をしていった。

「リリーナターシャ、植物のことは任せたよ」

 

 空から力強い風が振ってきた。ビュンジュンと羽撃かせながら。

「キュイ!」

 木々が迎えるように幹を反らすと、子どもの竜がリリーナたちの前に舞い降りた。瞳は紅く、宝石のように煌めく。

「お願い、私を乗せて。森を助けたいの」

「キュゥウウウ」

 すると竜は首を前に倒した。リリーナに乗ることを許可するように。

 リリーナの耳には植物たちの叫び声が絶えず響いてきていた。恨み、悲しみ、苦しみ、痛み、怒り……愚かな人間の行為が森を破壊し、森は人間との共存を拒むことを選ぼうとする。植物が絶滅を選べば生き物は生を失う。大地の消滅の序奏が始まろうとしていた。

 リリーナは竜の首元に跨り、

「私の名前はリリーナターシャ・ロズウェルと申します。貴女の怒りを鎮めるために勝手ながら踏み入ったことをお許しください」

 座りながら美しく背中を曲げて森に礼をした。同時に彼女を乗せた竜が急上昇し、森よりも遥か高く舞い上がった。

「ロズウェル……だと……!?」

 国の三大貴族の名を聞き、ニックは驚きがあったが、今はそれどころではないため、ケルベロスに跨り彼もまた森の奥へと駆けて行く。

 上空ではリリーナが竜に跨ったままライトグリーンのジョウロを掲げ上げていた。注ぎ口を下に傾けながら。


 雨を降らし、胞子よ、地に帰れ。


聖水(アスモス・)湧泉(シャドルヴァン)!」


 コポコポコポ。

 ジョウロの中から忽ち聖水が湧き上がる。やがて注ぎ口からシャワーが流れ、竜に乗って森一面に聖水の雨を降らしていった。雨に打たれた紫の胞子は地面に落下し、次々と漂っていた胞子が落ちていく。そして、森全体を覆っていた紫の霧も薄れ、森の主である苔も本来の色を取り戻していった。

 

 リリーナか…!?

 アレスフレイムたちは空から降った雨水で森が落ち着いていく様子を目の当たりにすると、リリーナが何かしてくれたのかもしれないと察した。だが、上を見上げても木々が空を隠し、彼女の姿は見えない。

「………迷いの森よ、挨拶が遅れてすまなかった。ロナール国第二王子、アレスフレイムと申す。人間が愚かな行為で森を傷つけてすまなかった。こちらでその二人には罰を与える。我々を許してはくれないだろうか」

 彼女のことを思い出し、彼は無断で森に入ってしまったことに気付いた。すると、アレスフレイムやジーブルの騎士たちに取り付いた苔が地面に落ちていき、彼等は解放されたのだった。ただし、カヴィタスとジーブルは紫の苔に囚われたままでいる。

 そこへ何やら獣の大きな足音が聞こえると思うと、ケルベロスに乗ったニックが姿を現した。

「立ち去れ! 再び森の怒りに触れる前に」

 聖獣が現れたことでジーブルの騎士たちは「ひぃっ!」と叫び声を上げ、

「先に森の外へ。こっちは親父たちをどうにかする。アンティス団長たちにも草原で待機するように伝えてくれ」

 エドガーに指示をされると一斉に自由になった足で走り出したのだった。

「お前は先程セティーから守ってくれた者だな!? どうだ、我々と手を組まないか!? 褒美ならいくらでもやろう!」

 苔に囚われているにも関わらず、カヴィタスは興奮さえした様子でニックに交渉をする。口も苔に封じられるべきだろうか。

「この期に及んで何を戯言を言っているんだ!?」

 怒りで震え上がるアレスフレイムはカヴィタスに近付く。拳を握り、父親の頬を全力で殴ったのだった。

「命を何だと思っているんだ!? 命はお前の駒では無い! 人だけでなく森の命を粗末にしようとする奴など、大地の長になる器になれるわけないだろうが!!」

「黙れ!! 私は神となるのだ!! 太陽の丘の魔女を手に入れて…」

 太陽の丘の魔女、その言葉を発した途端、苔がついに彼の全身を蝕もうと繁殖を加速する。膝から腰、そして胸へと苔がみるみると彼の皮膚や服を覆い隠す。

「親父!!!」

 アレスフレイムが必死に苔を引き剥がそうとむしり、ノインも苔を取ろうと援護する。


 だが、森の主の怒りは収まる気配がまるで無い。


「アレスフレイム、ノイン、やめろ!! お前たちまで森に喰われるぞ!」

 カジュが叫びながら二人を止めようとしたが、アレスフレイムたちはやめようとはしなかった。

「俺だって愚かだと思うよ。こんな…争いを好むような残虐な奴なんか………父親だと思いたくないけど、世界で一人の父親なんだよ!!!」


 大地の脅威は森へ眠らせる。


 次第にカヴィタスは喉まで苔に覆われ、足から地面へと吸収されてしまうかのように地面に引っ張られていく。そして、大地の敵を助けようとするアレスフレイムの足にも再び苔が繁殖を始めた。

「アレス!!!」

 エドガーがアレスフレイムを助けようと手を伸ばすが、

「来るな!! 国を……頼む」

 アレスフレイムに強く拒まれて怯んだ。エドガーは悔しそうに歯を食いしばると、ジーブルの苔をむしり取ろうとする。

「助けるわけじゃないからな、親父。あんたに罰を与えるのは森じゃない、俺たちだ!」

 必死にカヴィタスとジーブルの苔を取ろうとするが、怒りが収まらない苔は紫の光を放ちながらドクンドクンと増える一方。

「くっ…っ」

 このままではカヴィタスとジーブルだけでなく、アレスフレイムとノイン、そしてエドガーも森に喰われるだろう。

 それでも若者たちはその場から離れようとしなかった。一縷にも満たない望みに賭けるしかない。




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