6−1 森の祟
「親父! 待て!!」
迷いの森へ侵入する愚王カヴィタスを追うのは息子のアレスフレイム。竜騎士が襲来したのに紛れてこそこそと森へ入ったが、すぐに追手が来てカヴィタスとジーブルは不機嫌に振り返った。ノインやエドガー、そして王専属の騎士たちあとから付いてくる。
「邪魔をするな、息子よ。太陽の丘の魔女を手に入れて、我が国は絶対的な頂点に立つのだ」
「何が手に入れるだ。魔女も人だ。どのように生きるか自身で決める権利がある。戦争の兵器なんかじゃない」
森は陽の光をまるで全く差し込まない程どんよりと暗く、不気味なほど空気が涼しく澄んでいる。太陽の丘、なんていかにも眩しい場所が本当にこの先にあるのか疑惑してしまう程に。
その中でアレスフレイムとエドガーは実父と対峙。アレスフレイムは追ってる間に炎ノ魔剣を通常の剣に戻し、鞘に入れていた。
「黙れ小僧共! 国の未来のためだ! 邪魔をすれば王子と言えども処罰を下すぞ!」
カヴィタスの横でジーブルが吠えるように大声を上げ、銀の拳銃をエドガーたちに向けた。
「親父!!」
「エドガー、お前はまさか王子側に寝返ったりしないよなぁ?」
銃口は息子であるエドガーに向けられている。エドガーはカジュがいざとなれば助けてくれると信じつつも、仮に間に合わなかったらと不安も抱いていた。何よりも愚王の味方とは言え実の父親に殺意を向けられていることにショックを隠せない。
「親父、俺たちは人を簡単に殺すために武器を作るわけではないはずだ」
「ほざけ! 我がジーブル領地の騎士ども! そこの愚息と王子を捕えろ!」
ジーブルがエドガーたちの背後にいる4人の騎士たちに命令。だが、騎士たちは躊躇い、彼等を拘束しようとしなかった。
「何をぐずぐずしている!? 殺されたいのか!?」
今度は銃口を騎士たちに向けた。すると、エドガーが彼等を庇うように前に立った。
「ジーブルの誇り高き騎士たちよ! 我がエドガー・ジーブルと共に領地で作られた武器は大地を守るために放とう。大地を脅かす二人を必ず捕えるぞ!」
決意を抱いたエドガーに迷いはなかった。初めて表立って父親に反逆し、指揮を取る。騎士たちも「ぉおお!!」と気合を入れ、これまで恐れて反発出来なかった相手に剣を向けた。
「国の戦力にならない駒など要らぬ!」
間もなく引き金を引こうとした。
「エドガーッ!!!」
アレスフレイムがエドガーを押し倒そうと駆けながら腕を伸ばす。後からノインも続く。
その時、
プシュッゥゥゥ…………
ジーブルが構えた拳銃が一瞬で真緑の苔に覆われ、溶けていった。
「な、何だ!?」
戸惑うジーブルだが、愚王カヴィタスは不気味なまでに微笑んでいる。
「流石太陽の丘の魔女の庭とも言える迷いの森だ。古の手記に植物を愛していたとは記されてあったが」
そう言うとカヴィタスは懐から何か球体の物を取り出し、その場で投げた。すると、そこから霧のような物が大量に吹き出してくる。
「いったい何をした!?」
「まぁよく見てみろアレス。太陽の丘の魔女をおびき寄せる作戦だ」
謎の霧雨に当たった植物がみるみると緑から赤褐色に変わり、枯れてしまったのだった。
「除草剤か!?」
ノインが驚愕し、霧を吹き出し続ける球体を怖そうと近付くと、突然その球体は目にも止まらない速さで森の奥へと飛んで行ってしまった。
「クソッ!! 何をしやがるんだ!!」
パリパリと乾いた葉が落ちる音。風に吹かれてシャアシャアと枯れた葉同士が擦り合わせられ、呆気なく地面に降っていった。
「フハハハハ!!! 出てこい、太陽の丘の魔女よ! お前の庭をさらに枯らされなくなければな!」
カヴィタスは高らかに笑い声を上げ、枯れていく森を喜々として見ている。
「不味いぞ、アレスフレイム。今すぐ一旦森から逃げろ!」
カジュの警告と同時に地面が揺れた。
ゴゴゴゴゴと地鳴り声を上げ、怒りを沸々と込み上げる。
森中を巡らす苔が一斉に紫色に輝き出し、紫色の小さな粒を放出していく。胞子だ。
「な…………っ!?」
森の怒りに触れたことはアレスフレイムとノインだけでなく、他の騎士たちにも察することは容易だった。
「俺でさえ彼等が何て話しているのかわからない。だが、魔力から察するに森の主は苔だ。あまりにも巨大だから、逃げようがないぞ」
カジュの声を聞いたアレスフレイムたち。エドガーは騎士たちの命を守ることを優先にし、
「森の外へ走れ!」
と命令をすると、騎士たちは一心不乱に走り出した。だが、紫に染まった苔が靴の先から繁殖しようとしている。カヴィタスとジーブルは特に繁殖が早く、膝まで苔に覆われていた。
「ちぃ! 気味が悪い!!」
カヴィタスたちは手で苔を払い落とそうとするが、繁殖は止まらない。尚も森中に紫の胞子が漂い続けている。
やがてアレスフレイムたちの足元も。
「森がこんな状態になるなんて初めて見る」
ニックと共にケルベロスに乗ったセティーが森を見ながら呟いた。
「あのクソジジイ共が何かやらかしたな」
「あ〜、オタクの国のクソジジイ共ネ」
巨大蜂に乗って飛ぶアレーニもすぐに誰の仕業か察した。
「秋がまだ訪れていないのに葉が枯れている!?」
森へ進むほど不自然に処々葉が枯れていた。
「除草剤みたいなのを撒き散らしたらしい。まずはそれをぶっ壊そうカナ。どーも、すばしっこく飛び廻ってるっぽい。ボクはそっちに行くよ」
「わかった。俺も行く」
ニックがアレーニと共に付いて行こうとするが、
「君はボクのお姫サマを守って。この状況で彼女が来ないわけがない。ブチ切れてると思うからヨロシクね〜」
アレーニにそう言われ、ニックは内容を全く理解出来ずにいたが素直にアレーニに付いて行くのをやめた。アレーニはニックたちとは別の方へ羽撃いていった。
「アンセクト国の姫でも来るのか」
「どうだろうな。私は丘の様子を見てくる」
「ああ、頼む」
セティーはケルベロスの背中からふわっと浮き、太陽の丘へと飛び立った。
すぐにニックの目の前に魔法陣が浮かび上がった。
見に覚えのある茶色のローブ。そこから黒いズボンと編み上げのブーツがスラッと出ている。
ライトグリーンのジョウロを握り持つリリーナが現れたのだった。




