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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第四章 迷いの森へ
103/198

4−3

「では、ニックとココを合わせる手配が出来たらまた知らせる。それまでココのことを頼む」

「畏まりました、父上」

「気を付けて行きなさい」

「はい」

 父親であるセスナに見送られ、セティーは草原から森へと姿を消した。セスナは彼の姿が見えなくなってもじっと森を見つめていた。隣でニックは黙って立っている。

「………丘に着いたな」

 息子の魔力を追っていたのだろう。無事に戻ったことを悟るとふぅと息を漏らした。

「突然真夜中に連れ出して悪かったね。戻ろうか」

 セスナに教会に魔法で戻してもらうとニックは泥のように眠りに落ちたのだった。

 



 教会の朝は否応なしに早い。

「ニック、起きろぉおおおおお!!!!」

 歳下の子どもが一人、まだ眠っているニックの上に乗っかると、次第に子どもの数が増え、最終的に六人の子どもに押しつぶされた。

「あれぇ? ニック、おでこの髪、切ったの?」

「そうだよ。わかったからもっと寝かせろ」

「シスター!! たいへ〜ん!! ニックが前髪きっちゃった〜!!!」

 シスターを探しに全速力で廊下を駆ける子どもたちの足音が睡眠不足の頭に響く。ニックは思わず横向きになって枕を頭に被せた。

 サッサ……と服が擦る音が近付いてくる。


「ニック、大丈夫なの?」


 初めて出会った日から変わらない柔らかな声色。ニックは枕から顔を出し、ゆっくりとシスターを見た。

「あなた………瞳の色…!?」

「あのおっさんに変えてもらった。だから前髪切っても良いって」

「そう。よく見える?」

「ああ、よく見えるよ。シスターの顔も」

 シスターはそっと手を伸ばし、彼の金色の柔らかな髪を撫でた。ニックが再び眠りに落ちると、シスターは子どもたちに向けて「しー」とし、優しく子どもたちを部屋から出す。外から子どもたちの笑い声が聞こえる中、彼はすーすーと心地良く眠るのだった。


 遅く起きて間もなく、今度は忍び服のセスナに呼ばれてニックは街中の宿屋へ向かった。

「これから娘と会ってもらおうと思う。それから一緒に教会へ行きたい。色々と急で悪いが、これからよろしく頼む、ニック」

 部屋に入るとセスナがニックと目線の高さを合わせ、ぐっと両肩を抱いた。

「………………」

 親に目の前で先立たれた女の子のことを考えると、会うのが楽しみ、という気持ちにもニックはなれなかった。

「………昨日、君は言っていたね。親が死んでしまった悲しみや乗り越え方がわからない、と。私も同じだ。親の記憶が無い悲しみを真に理解するのは難しい。互いを本当に理解することなんて誰も出来ないのだから、君が必要以上に娘の気持ちに責任を負う必要は無いのだからね」

「おっさん、俺さ、シスターと話したんだ」


 セスナと出会った日の夜、子どもたちが寝静まった後、事務室で作業をするシスターを訪れた。

「どうしたの、ニック」

 あぁ、シスターの「どうしたの」はどうしてこんなにも聞くと安心するのだろう。人生で最初に耳にした言葉だからなのだろうか。ニックは空いてる椅子に膝を抱えて座る。

「ねぇシスター。親が死んだことを覚えていることと、親のこと何も覚えていないの、どっちの方が辛いのかな」

「………」

 シスターはそっとペンを置き、ニックの前に向かい合うようにして膝を付いた。そっと彼の両手に手を添えて。

「両方辛いわ。辛いって言葉は一つですけどね、種類は同じになんてなれないのですよ。例えば死を待つ本人も、それを見届ける人も。それぞれ違う試練があるのです。だからねニック、比べることなんて出来ないのですよ」

 返事をするようにニックのまだ幼さが僅かに残る手がシスターに握り返す。

「…………今度来る女の子、今すごく辛いと思うんだ。どうしたら笑えるようになるかな」

「焦らないことよ。ゆっくりで良いのです。時間が解決することも必要ですからね。そうね、まずは辛い気持ちから気を紛らすことをしたらどうかしら。笑うことが難しいなら、他に怒ることをしても良いと思うの。辛いことから抜け出すきっかけが幸福とは限りませんからね」


「って。だから俺、理解しようと思うのをやめたんだ。聞くことはするけれど、自分と比較することはやめようって」

「君のシスターは素晴らしい。益々娘を預けるのに安心だ」

 二人は目を合わせてふっと笑みを浮かべる。

 すると、部屋ドアをノックする音が聞こえた。

 いよいよだ、とニックは身構える。

「失礼します」

 これはセティーの声。夜中に会ったばかりと変わらない声色で彼がドアを開く。


 隣には、目が赤く周りが明らかに涙で腫れた女の子。


 どう声をかけたらいい?

 何て言えば悲しみが薄れる?

 

「ココ、紹介しよう。この子はニック。私達が居ない時に君を守ってくれる。ニック、この子が話していたココ。私の大切な娘だ」


 泣き腫れた瞳をニックに向ける女の子。

 透き通るようなプラチナブロンドの髪がふわりと広がる。

 室内でも木漏れ日が当たったような美しい髪にニックは得体の知れない感覚が込み上がってきた。

 まさか、一目惚れというヤツか?

 ニックは自分の中に突如彷彿した感覚がどんな名なのかわからずにいた。

 恋とも違う気がする。どこか懐かしさ。

 たが彼女はずっと人里離れた場所に暮らしていたため、会ったはずもない。


 ―――――ずっと君に会いたかったよ。


 そんなセリフを初対面で言えるはずもなく、

「目がタコみたいだぞ、ブス!」

 まずは悲しみから気を紛らわせようとシスターの提案に則ることにした。

 だが、即座に父親のセスナからは拳骨を食らわされ、兄のセティーからは蹴り上げられた。

「ブスじゃないもん!!!」

 茹でダコのように顔を真っ赤にして怒るココを見て、ニックは「ははは!」と笑い上げる。ああ、泣き止んだ、と。

「笑っていないでさっさと謝れ!」

 セティーに無理矢理頭を下げさせられ、

「いてててて!! はいはい、さーせんした!」

 ニックはとてつもなく雑に謝った。もちろん、ココはふくれっ面のまま。


 その日からココは教会で暮らし始めた。

 ココの目の腫れを心配した女の子たちが氷水を用意し、布に浸して絞り、目にそっと当ててやる。ココも最初は食欲が無いとは言いつつも、一口野菜を食べたら忽ちバクバクと食べるようになった。

 いつしか笑うようになった。ニックとは口喧嘩をすることがしょっちゅうだが。

「ほんっっとにニックってば意地悪!! 歳下なのに可愛くない!!」

「あ? ぜってーココの方が歳下だろ!?」

「そんなことないよ! ニックって何歳なの!?」

 ニックの生い立ちを知っている教会の子どもたちは途端にそわそわとしながら二人を心配そうに見つめた。

「100歳」

「違うでしょ〜!! 自分の歳も正直に言えないの!?」

「ココ、ニックは………本当に何も知らないんだよ」

「え」

 気まずい雰囲気。ニックは頭をぽりぽりと掻き、

「別にいいし。何歳だって。お前が歳下だと思ってりゃそれでいい」

 その場を収めようとした。

 が、

「ってことは、誕生日も知らないの?」

「あ?」

 ココから突拍子もない質問をされる。

「知るわけねーだろ」

「じゃあさ、じゃあさ、私と同じ歳にして、誕生日も一緒にしちゃおうよ!」

「はあ?」

「毎年一緒にお祝いし合おう! ずっとずっと。そうしたら、ニックだって私の誕生日を覚えてくれるでしょ? 私もニックの誕生日をずっと覚えていられる!」

 初めて自分に向けられた無邪気な笑顔。ニックは天真爛漫なココを見て、自分の中に何かが芽生えた感覚を覚えた。


 ああ、これが、そうか。


 この芽生えの名ははっきりと言える。それは恋だと。




 その日の夜、彼は夢を見た。

「――――、あそこに用があるの。ちょっと荷物が多いから、お母さんたちの代わりに扉を叩いてきてくれないかしら」

「うん、いいよ!」

 石段の前で母親に頼まれ、幼き少年は笑顔で応える。さっそく石段を上がろうとすると、

「――――っ」

 両親に名前を呼ばれて立ち止まる。

「ありがとう」

「ありがとう、――――」

 父親に抱かれ、ふと母親の手の平が少年の頭に被さる。思わず少年は両親の温もりに嬉しそうに微笑む。


 これから逞しく生きるためのまじないが施されるとも知らずに。

 

 そして、両親に背を向けて石段を上る。

 あの扉を叩かなくちゃ。

 扉の前に立ち、ドンドンと握り拳で叩く。

 ちゃんと叩いたから褒められるかな。

 誰に?

 また叩く。

 何で?

 とにかく叩いてみる。

 何故か、叩く必要があるはずだから。


「ニック、起きろおおおおおおお!!!!」


 小さな子どもの軍団に今朝も押しつぶされ、今日も彼は両親の記憶の無い一日を過ごしていく。




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