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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第四章 迷いの森へ
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4−1 記憶の無い少年

 少年にとって人生の最初の日は、彼が推定5歳、教会の扉を叩いた時から始まる。

 どうして扉を叩いたのかわからない、気がつけば握り拳で叩いていた。

 ノック音を聞いてシスターが扉を開けると、少年がたった一人で立っていた。貴族のような高価そうな服ではないが、真っ白いTシャツにブラウンの短パンに乱れは無く、直前まで大人に保護されていたのが察せられる。

「どうしたの?」

 優しい声色で聞く。

「わからない」

「お父さんやお母さんは?」

「わからない」

「……どこから来たの?」

「わからない」

「お名前は?」

「わからない」

 嘘をついている様子は無い。シスターは迷子になりながら記憶喪失になってしまったのかと思い、教会で彼を保護した。警察に迷子の届け出はないかと尋ねるも、無いとのことだった。

 衣服を見ても彼の名前や情報は一切得られない。シスターは念のため、魔力の測定器を持ってきて彼に魔力があるのか確かめることにした。測定器は見た目は単なるボールで、魔力を持つ者が触れれば光り輝くという物。光が強ければ強い程、魔力が強いことを証明する。

「これを持ってごらんなさい」

 シスターがそっと手渡すと、測定器は一瞬でバチッと音を立てて砕け散った。

「これは………」

 測定器が壊れる程の巨大な魔力。シスターは強い不安を抱いたが、

「ごめんなさい」

 自分が壊してしまったのだと素直に謝り、しゃがんで壊れた部品を回収していく彼の姿を見て、澄んだ心の子どもに恐怖を抱くべきではないと心の中で反省をした。

「いいのよ、私が後で片付けるわ。あなたは……そうね、名前を決めましょうか」

「名前?」

「ええ、そうよ」

 シスターもしゃがみ、少年と目線の高さを合わせる。彼の美しい瞳に吸い込まれそうになるも、ゆっくりと瞳を閉じて真剣に名前を考えた。


 きっと彼は特殊な人生を歩んできたはず。彼の持つ特別か魔力が彼に悲劇を与えませぬ様、平凡でも幸せで穏やかな時の流れを過ごせます様、神のお導きがあることを願う。


「ニック。今日からあなたはニック・カトリックよ」


 ありきたりな名前。彼にはありきたりな人生を歩んで欲しいという願いから命名されたのだった。




 それからニックが魔法を使うことはほとんど無かった。子ども同士で喧嘩をしても、彼が魔力を暴走させる気配も全く無い。

 他の子どもと同じように過ごしたが一つだけ、ニックに日頃制限をしたことがある。それは、前髪を短くしてはならないということだ。

「ニック、あなたの瞳の色はとても珍しいわ。見る人が見たらあなたに特別な魔力が秘められていると気付かれてしまうのかもしれないし、美しい瞳の色を理由なだけであなたを誘拐して売ろうとする恐れもあるわ。だから、前髪であなたの瞳を隠して、自身を守ってちょうだい」

 シスターに説得をされ、幼い頃のニックは全く反抗もせず「わかった」とだけ返事をした。暖かくも優しく頭を撫でてくれる温もりに心地良さを覚えながら。


 運命の日は、5年前に訪れた。彼か推定11歳の頃だ。

「まあ、セスナ様。ご無沙汰しております」

「シスター。突然の訪問で申し訳ございません。相談がございまして」

 白いマントを翻し、緑色の長い髪を靡かせながら大人の男が一人訪れた。

 男の気配にニックは警戒をした。あの男は何かを探しに来ている、と。こっそり無言でギリギリ声が聞こえる程の距離を空けて後を付けてみる。

 ところが個室に入ってしまい、微かにしか声が漏れてこない。

「…………」

 彼は仕方無く、二人の話し合いが終わるのを見張りつつ、年下の子どもたちと遊ぶことにした。


 あ、出てきた。


 中庭で遊んでいると再び男の魔力を感じた。ニックは急いで室内に戻り、男の行方を追う。

「あれ、いない」

 直前まであった魔力の気配が消えている。すると、今度は中庭の方から感じられた。

「っ!?」

 中庭には教会の仲間たちがいる。ニックは慌てて中庭へ駆け戻ると、パッと見では男の姿は見当たらなかった。

 集中して魔力感知を研ぎ澄ませる。

「あっちか」

 建物の裏の方だ。あんな塀との隙間が狭い場所に好き好んで行く奴が居るはずない、と思いながらニックは最大限に警戒心を強めながら向かった。

 だが、

「また居ない」

 着いた瞬間に気配が消える。魔法で転移したかと思いつつも、その割には魔力が空間移動をした波動を感じない。

「っ!!」

 背後に気配を感じ、ニックは咄嗟に回し蹴りをした。

「100点満点」

 ニックの足を先程の男が両手の平で受け止めた。満足そうに微笑みながら。

「よく私の僅かな魔力を察したね。極力抑えていたのに」

「………っ」

 魔力を感じていたことを見破られ、幼きニックは口を閉じて何も言い返そうとしなかった。

「安心して欲しい。子どもを攫ったりなどしないから」

「でも、おっさん、何かを探していただろう」

「おっさん……」

 男は行動を見破られたことよりも、おっさんと呼ばれたことにむしろ動揺した。そして、前屈みになり、ニックと視線の高さを合わせる。


「君に頼みたいことがある。君にしか頼めないことだ。私の娘を守って欲しい」


「は? おっさん城の偉そうな人っぽいじゃん。騎士の奴等に頼めよ」

「それは出来ない。表沙汰に出来ない娘なんだ」

「妾の子か」

「教会暮らしなのにどこでそんな言葉を覚えたの!? ま、まぁ、本当にそんな感じではあるんだけど」

「ふ〜ん」

「私はね、筆頭魔道士。セスナ・ウィーディー。表向きは子どもは息子一人のみ。娘は妻以外の女性との間に出来た子どもだ」

「へぇ〜」

 教会では聞かない不倫話にニックは他人事のように面白可笑しく聞いていた。

「先日、その女性が死んだんだ。娘の目の前でね」

「…………」

 だが、事態は男女の話から一変する。様々な理由で身寄りのない仲間たちと共に暮らすニックとしては、男の娘の精神状態をまず先に心配をした。

「筆頭魔道士は常に国中を風のように渡り、国を守るのが務めだ。結界を強化したり、モンスターを倒したりと、命懸けの任務だ。娘を連れて行くわけにはいかない」

ここ(教会)に預けるのか」

 子どもの割に頭の回転が速い、とセスナは軽く微笑んだ。

「ああ。娘も魔力がかなり強い。私の子どもだと国王に知られたらすぐに破壊兵器として利用されるはずだ。だから、普通の子どもとして暮らしつつ誰かに守ってもらいたい」

「俺で良いのかよ。大切な子どもなんだろ?」

 前髪の隙間から僅かに見える彼の瞳はひたすら真っすぐだった。邪気といった曇のない、晴れた瞳。

「君が私を後追いしたのは、他の子どもたちに危害がないように守るためだった。魔法で私の動きを封じたり追うことも出来たはずなのに決して魔法を使わなかった。そして、最後の回し蹴りは痺れたね。咄嗟の時も怯まずに身体を瞬時に動かすことが出来る。逸材以外の何者でもないだろう」

 真正面から褒められ、ニックは思わず目線を逸した。目の前の男はにこやかにニックを見つめ続けている。

「だけどさ」

 声色に微かな寂しさが隠れる。セスナはなるべく表情を変えずに少年の言葉を待った。

「俺、親が死んじまった悲しみとかわかんねーんだよ。親と過ごした思い出とか。乗り越え方とか。俺、親の記憶一切無いから。おっさんの娘の心の傷を治すとか、俺に出来るのか自信がない」 

「………君は、いつからここにいるの?」

「6年前」

「その時は5歳か6歳ぐらいか?」

「わからない。俺、何も記憶に残っていないんだ。気付いたら教会の扉を叩いていて」

「……………」

「シスターが言うには、親よりも魔力の強い子どもは制御が難しくて育児放棄されることも少なくないって。俺もこの魔力のせいで捨てられて」

「違う」

 セスナは力強く少年の両肩を掴んだ。

「君のご両親も魔力が強いはずだ。記憶を消す魔法は難易度が桁違いに高い」

「記憶を消す……魔法……?」

 親によって記憶を消されたとは考えたこともなかった少年にとってあまりにも衝撃的で、セスナは言葉を慎重に選んだ。

「恐らくだが、君を一緒に連れて行けなくなった事情が出来たのだろう。育児放棄ではなく、君に普通の子どもとして生きて欲しいと願って教会に託したはずだ。本当は君と暮らしたかったと思う」


 決して言葉にはしなかったが、少年の両親が死を覚悟したことを意味する。そして迎えに来ないのは恐らく………。




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