内見に行こう、幽霊の住む家に
ここは人里から少し離れた山の中。
まるで人を拒んでいるかのように禍々しい雰囲気を放つ木造建築の前に、二人の男が立っていた。
「ゴウタ……。お前、本当にこの家がいいのか?」
「あぁ、ここがいい。フドウが不動産屋に勤めてくれていて助かったよ」
「いやぁ、しかし……。わざわざ心霊スポットに住もうとしなくても……」
不動産会社に勤務しているフドウは、可能な限り家賃の安い物件を探しているゴウタにそう言った。
店と客の関係ではあったが、彼らは古くからの付き合いでなんでも言い合える仲であった。
「心霊スポットと言われても、俺には霊感なんてものはないからな」
「そうは言っても、この外観だぜ?」
二人が同じ角度で顔を上げる。
壁には褪せた色の蔦が生い茂っており、窓は薄汚れている。
ホラー映画に登場してもなんらおかしくないくらい近寄りがたい、あばら家である。
幼い頃から霊感を持っていたフドウは、この不気味な外観を見ていると、穏やかでない気持ちになっていった。
嫌な冷やかさである。それも、ちょっとやそっとではないレベルであり、まるで背筋から勢いよく氷が噴出する程の冷やかさを覚えていた。
「なんだ、フドウ。お前、ビビッて背筋に冷や汗でもかいているのか?」
「冷や汗どころの騒ぎじゃないって。もう氷よ、氷」
「ははは! 今日は猛暑日になるらしいから、ちょうどいいじゃないか!」
「はははじゃねぇよ……。これでも一応、お前のことを心配しているんだぜ?」
「大丈夫、大丈夫!」
「その自信はどこから湧いてくるの?」
「あれだよ、あれ! 俺は心霊現象のビギナーだからな! 霊が出たとしても俺はビギナーズラックで勝てる!」
「えっ、何? お前、霊に勝つ気なの?」
「さぁ、早速入ろうじゃないか!」
「メンタル鉄製なの?」
「お邪魔しまーす!」
「無敵なの?」
たった今開錠されたばかりの扉を勢いよく開けて、ゴウタが意気揚々と中へ入っていく。
フドウもへっぴり腰ながらそれについていく。
そして、重々しい空気のリビングである。
「う~ん。ここは殺風景な部屋だなぁ。流石、心霊スポット!」
「内見に来た家が散らかっていたら、それはそれで弊社に問題があるだろう……」
「特筆すべき物が何一つとして見出せない! 流石、心霊スポット!」
「だから、これは内見だから……」
「ミニマリストでも住んでいるのか?」
「いや、ここに住んでいるのは幽霊だけだよ!!」
「何っ!? まさか成約済みの物件を俺に見せているというのか!?」
「あっ、えっ? ちっ、違うけど、違わないというか、なんというか……」
「おとり物件!?」
「ないない。それはない。おとり物件では確実にない」
「フドウよ。お前はやけにビビっているみたいだが、ここの幽霊はそんなにヤバいのか?」
「あぁ、弊社のデータによると、ここの住人は必ず大きな怪我をしてここを引っ越している」
「ほう。大きな怪我……」
「前に契約されたお客様は、車を運転している最中に事故にあって……」
「運転中の事故……。それは運転代行サービスを頼めばなんとかなるものではない?」
「それは知らねぇよ! っていうか、そんな金銭的な余裕があるなら、こんなところじゃなくてもっと良いところに住めよ!」
「それはそう。だが、フドウは今、不動産屋が絶対に言っちゃいけないことを口走っていたぞ?」
「へっ!? あっ!! それは、すまん……。ちょっと熱くなってしまった……」
「いいってことよ。それも俺を心配してくれてのことだろう?」
「あぁ、まぁな……」
「ところで、俺は最近、一輪車に乗るのが趣味なんだが……」
「えっ?」
「一輪車に運転代行サービスって頼めるのだろうか?」
「どういうこと?」
「まず、一輪車に乗ってもらうだろう?」
「うん……」
「それで、その人の肩に俺が乗る」
「それは心霊現象に関係なく怪我をします。間違いなく。確実に」
「じゃあ、自転車は?」
「自転車に運転代行を頼むんじゃねぇよ!! 実質ニケツじゃねぇか、それは!!」
「じゃあ三輪車は?」
運転代行サービスを利用してなんとか霊障を回避しようとするゴウタに、フドウは「うるせぇ!」と一喝するしかなかった。
「で、フドウよ。単刀直入に聞くんだが、やっぱりこの家にはいそうなのか?」
「いそう……ではあるんだけど、姿まではまだ……」
「じゃあ、とりあえず心霊写真でも撮ってみるか。はいチーズ!」
「えっ?」
パシャッ、という軽快な電子音があった。
自撮りを終えたゴウタは、スマートフォンの画面をつぶさに観察しながら――
「う~ん。何も写っていないなぁ。……ひとまず待ち受けにしておくか」
と、どこか不満そうだった。
「いや、マジでお前のメンタルどうなってんの?」
「何? フドウも一枚撮って欲しいのか? はいフォルマッジ!」
「止めろ止めろ!! ヤバいのが写ったらどうすんだよ!!」
「別にいいじゃないか、お祓いにでも行けば。ほら二枚目いくぞ。はいフロマージュ!」
「そんな軽々しく言うなよ! 姿が写ったら攻撃してくるタイプかもしれないだろう!」
「大丈夫だって。ほらほらもう一枚、はいキェーズ!」
「いや、お前のチーズ、多言語か!!」
「えっ?」
「なんだよ、フォルマッジとかフロマージュとか!!」
「イタリア語とフランス語で言うところのチーズだけど……?」
「最後のキとケの中間みたいな発音のやつは!?」
「キェーズのことか……? キェーズはドイツ語だが……?」
「ドイツ語かい!!」
「何……? 『はい乾酪!』の方がよかったか……?」
「そういう問題じゃねぇよ!! って、えっ? 待って、和名のチーズってそんなに厳つい響きなの?」
「はい乾酪! パシャ!」
「だから撮んなや!!」
「う~ん。写らないなぁ……」
「本当にお前のメンタルはどうなってんの……?」
常人のメンタルならとっくに気絶しているぞ、とフドウはゴウタの豪胆っぷりに言いようのない恐怖を覚えた。
遠くで蝉が盛んに鳴いている。
肌を刺すような冷やかさにも慣れ、段々と夏の暑さが取り戻されてきている。
少し時が経ち、一通り内見も済み、何事もなく玄関まで帰ってくることができた二人である。
「それで……。ここまで見てきて、この家はどうだった……?」
再度決断を迫るフドウの言葉を受け、ゴウタは沈鬱な表情をしている。
内見では何も霊障は起きなかったけれど、ダメだろう。流石にダメなはずだ……。
フドウがそう思った、そのとき。
「気に入ったぞ!!」
「気に入っちゃったの!?」
「もう全力で……。いや、全身かつ全霊で住ませてもらうつもりだ!!」
「心霊スポットでその表現は、色々とややこしいんよ!!」
全身かつ全霊って言うと、それはもう霊との同居なのよ!!
と、フドウは心の中で冷静にツッコミを加えた。
「言っておくが、すでに俺はここに住んだ後のヴィジョンを持っている」
「ヴィジョン?」
「まずフドウがのんきな顔をして遊びに来るだろう?」
「えぇ……。もう俺、ここに遊びに来るの確定してんの……?」
「そしたら俺がこう言って出迎えるわけだ」
「えっ?」
「お風呂にする? ご飯にする? それとも、R……I……P……?」
「いや、『わ・た・し』と『R・I・P』で韻を踏むんじゃねぇよ!!」
「ここは心霊スポットらしいから、ちょうどいいかと思って。安らかに眠れ」
「こえぇよ!!」
「それじゃあ、お風呂かご飯を選べばいいじゃないか」
「いや、どうするんだよ、のんきな顔をした俺がおもむろにお風呂を選び出したら」
「俺も入る」
「余計こえぇよ!!」
「怖いか?」
「想像してみろよ。さっき見てきた狭い風呂場に、むさ苦しい男が二人だぞ?」
するとそのとき、玄関に佇んでいるフドウとゴウタの背後から――
「それはそれで尊い……」
「えっ?」「えっ?」
聞き覚えのない女性の声に驚き、声をユニゾンさせて振り返る二人。
長い廊下の向こうに黒い人影が立っている。
が、何やら様子がおかしい。
「そこはかとなく尊い……」
そう呟くと、怪しい人影は眩い光に包まれて消え去ってしまった。
その瞬間、二人の身体がふっと軽くなる。
「なっ、なんだったんだ、今のは……」
「分からん……。あれが例のミニマリストか……?」
フドウとゴウタは、突然の心霊現象にしばらく呆然としたままその場を動くことができなかった。
もうこの家に来たときの冷やかさや、重苦しい空気は感じられなかった。
二人は落ち着きを取り戻すと、どちらともなく「帰るか……」と声に出して、帰途につくのであった。
おしまい。
お読みいただき、ありがとうございました。
思い付きのコメディーだったのですが、気に入っていただけていたら幸いに存じます。