フォース家(1)
アリスとの一件で学園の寮から自宅へ戻ったキリムは部屋で大人しく謹慎などせず、自宅の訓練場で素振りをしていた。
伯爵家の使用人や騎士達が辞めるよう言っても、言うことを聞かずにいた。元々頑固な性格で扱いづらいと思っていたが、王太子殿下からの勅命。それを無視するキリムに不信感と怒りが立ち込めていた。
現在伯爵家の当主である父ユーグヘクトと兄ユーグノクトは今度行われる魔物討伐会の現地調査に出ていて不在。母モリナも領地へ視察中のため同じく不在。姉カリナは嫁いでいるためキリムを止められる者は誰もいなかった。
「ふぅ」
一通り素振りを終えて一息つく。汗を拭い、用意させていた水を飲む。
「次は模擬戦だな」
休憩を終えて相手を探すも近くには使用人しかいない。仕方なく用を言いつけようとしたその時、訓練場に似つかわしくないドレスを着た赤茶色の髪につり上がった瞳に長身の女性が物凄い形相でキリムを睨みつけていた。
「これはどういうことなの?」
「姉上、おかえりなさい。いつ戻られたのですか? なぜ誰も知らせない?」
そう言って使用人を睨む。
「使用人達に八つ当はやめなさい。知らせないように言ったのは私よ。彼らのせいじゃないわ」
他家に嫁いだカリナは使用人を庇う。
その姿を見て使用人達は安堵する。
「あなたこそ、ここで何をしているの?」
見ればわかる状況でもあえて本人の口から言わせる。
「鍛錬です」
悪びれる様子もなく言い切る姿を見て、怒りを抑える。
「殿下から謹慎って言われてなかったかしら?」
「はい。ですから屋敷の外へは出ていません」
屁理屈を捏ねるキリムを見て頭痛がしてきたためこめかみを押さえる。
「そう。でもね、謹慎って言われたら普通は自室で大人しくしているものよ。それなのに、剣を振るっていいなんて考えたの?」
「自分は騎士です。鍛錬を怠るわけにはいきません。いざという時に戦えません」
「言ってることは立派ね。でもやってることは騎士の精神に反することではなくて? ローズアリス・カルマ様に傷を負わせたそうだけど本当かしら?」
キリムは目をそらす。
「姉上には関係ない話です」
悪びれるも反省するでもないキリムの態度に怒りを抑えるのも限界に近い。
「関係ないとはどう関係ないのかしら? 今、あなたやフォース家の置かれた立場を理解しているの?」
「これは自分とローズアリス・カルマとの問題です。それなのに、殿下が介入してきて話がおかしくなったんです。ライウス様も傷ついたというのに、あの女は謝りもせず、己の非を認めず、殿下に縋った」
キリムの言っていることは支離滅裂だ。カリナは呆れて何も言えずにいるのをいいことにキリムは話を進める。
「あの女はミューラを泣かせた。彼女のほうが傷ついているというのに、自分のほうが傷ついているなどとそんな身勝手なことを言って、自分達を嘲笑ったのです! 許されざるはあの女のほうです!」
そう叫ぶキリムがカリナには不気味に映った。何を話しても無駄だとその場にいる者が思った。
「ミューラ・デリストがあなたにとってどれほどの存在なのかは知らない。でも、あなたの言い分はよくわかったわ」
キリムは安堵した。自分の気持ちが理解されたことに。
「騎士達、キリムを懲罰房に閉じ込めなさい」
カリナの言葉に即座に反応して、騎士達はキリムを取り押さえる。
「何をするのですか!? 姉上っ」
剣を取り上げられ、地面に叩きつけられて数人の騎士で上から押さえつける。押さえつけられてたキリムは動くことはできない。ただカリナを睨むことしかできない。
「お父様達が帰ってこられまで懲罰房行きを命じます。そこで頭を冷やして反省なさい」
フォース家の懲罰房は問題を起こした騎士達が反省のために入れられる場所だ。薄暗い地下で己を見つめ直せという意味も込められている。しかし、キリムはそのことを知らない。
「こんなことをしていいと思っているのですか!? 姉上は嫁いだ身、フォース家とは関係ないではありませんか!」
カリナは大きくため息をつく。
「嫁いだ身とはいえ私はこの家の娘よ。問題を起こした次男と立派に嫁いだ長女。どちらを取るかなんて分かりきったことでしょう? それに権限なら王太子殿下から与えられているわ。お父様とノクトは王命でいないし、お母様も領地に出向いていて不在ということをあちらも把握している。何より、今回の件は王家主導で動いているのよ。それがどういうことかわからないほどあなたの頭は空っぽなのかしら?」
キリムはギリッと奥歯を噛み締める。カリナの静かな怒りの前に言葉を失う。一触即発の雰囲気に周りにいる騎士や使用人が怯えている。
「あなたのせいで私の嫁ぎ先も被害を受けているの。ノクトの王太子殿下の騎士という立場にも傷をつけた。これがどういうことかもわからないのでしょう? だから私は反対したのに。こうなった責任はお父様とお母様の判断に任されるけれど、廃嫡は覚悟しておくことね」
ひどく冷めた目でキリムを見下ろす。その目が昔から嫌いだった。その目に負ける自分が嫌いだった。それらを振り払うように剣を握り続けてきた。認められる日を願いながら。けれど、誰もキリムの剣の腕を認めることはなかった。たった二人を除いては。
「納得できません。勝負して下さい。俺が勝ったらその話はなかったことにして下さい」
「いったい、何をなかったことにするつもりでいるのかしら? それに勘違いしないで。これは王命でもあるの。剣を折られたくなかったら大人しくしていることね」
「姉上、逃げるのですか!? 離せ! 姉上!」
その場を去ろうとするカリナになおも食い下がる。しかし、カリナの命令で騎士達が動く。
「連れて行きなさい。お父様が帰ってくるまで出してはいけません。お母様が何を言っても出してはいけません。会わせることも禁止します。いいですね?」
騎士や使用人に命令して、キリムが連れて行かれるのを見送る。
それから三日後に全員が揃うことになった。それと同時に白から登城命令が届けられた。
「報告もそこそこに急いで帰ってみればそんなことになっていたとは……」
戻ってきたヘクトとノクトとモリナにカリナが現状を伝えた。すると、話を聞き終えたモリナはショックで寝込んでしまった。
残された三人で今後のことを話し合うことになった。
「お父様。王城で話を聞いてきたのでしょう? ご感想は?」
カリナは冷静というより冷たい態度をとる。ヘクトを責め立てるように。
「ああ、まさかと思ったが映像も残っていて見せられた。言い逃れはできない。するつもりもないがな」
大きくため息をつく。
「当たり前です。ノクト、殿下とは話せましたか?」
ヘクトをバッサリ切り捨てて、静かに腕を組んでいたノクトに話を振る。
この場は完全にカリナが仕切っている。
「はい。ローズアリス嬢を全面的に支援すると」
ノクトはヘクトと瓜二つだ。筋肉質で高身長。短髪の小麦色の髪。違いがあるとすれば顔の傷くらいだ。ヘクトには右頬に傷がある。これは昔魔物との戦いでついた傷だ。ノクトは右目の上に小さな傷がある。理由は魔物につけられたものだ。
癖で傷口を触る。そうする時は悩んでいる時だということをカリナは知っている。
「そう。当然でしょうね。二人は兄妹弟子なのですから。それにカルマ家を敵に回すような真似はしないでしょう。キリムのことですがここで国の命に逆らえば、フォース家の立場も危うくなり、貴族からも白い目で見られることになる。何より、キリムは状況がまるで見えていない。ミューラ・デリストと言いましたか? この娘と関わるようになってから余計に酷くなったように見えます」
「昔から人の話を聞かずに思い込んだら一直線。周りが見えなくなる。いずれは落ち着いて物事を見極められるようになると思ったが……」
頭を抱えるばかりで何も当主らしいことを言わないヘクトをノクトは呆れ顔で見つめ、カリナは怒りで立ち上がる。
「だから反対したでしょう!? こうなることは目に見えていたのよ! それなのに、当主権限であの子を迎え入れたのはお父様とお祖父様でしょう? それを今更!?」
「カ、カリナ、落ち着きなさい」
それは火に油だ。
カリナは座り直す。
「これが落ち着いていられると? オーヘル家は公爵家。あちらはこんな不始末、些細なことでしょう。ですが、うちは違います。このままでは爵位を下げ、騎士団長という地位も返上。慰謝料や賠償金などの問題も発生します。お父様が引退すればいい話ではないんです」
ここまで言ってもヘクトは決められない。
カリナの怒りは頂点に達した。
「剣を持つこと以外ボンクラってどうなのよ! いい加減にして!」
バンっとテーブルを叩く。カップが揺れて紅茶が溢れる。
「いいこと? 私は嫁いだ身なのよ! 実家の問題が旦那様やあちらの家にも迷惑がかかるの。キリム一人のせいで我が家までそういう目で見られるということを理解しないさい! 私は国の決定に従う。相応しい裁きを望むわ。キリムはフォース家に泥を塗り、ノクトの将来まで台無しにしようとしている。そんなの許せるはずがないわ」
そこまで言うと口を開いたのはノクトだった。
「姉上。ありがとうございます。気苦労をかけて申し訳ありません」
カリナに向かって頭を下げる。
「とりあえずとしてフォース家としての方向性を決めて最終的に陛下や殿下の決定に従います。それでいいでしょうか?」
まともな意見が出たことに安堵した。
「あなたはそれでいいのね?」
「はい」
「ならいいわ」
「はい。てすが、その前にキリムと話を。本人の意見も聞いておくべきでしょう」
真面目なノクトがそう言うならと納得したが話をするとなると覚悟が必要だ。
「ノクト。行く前に頭痛薬を飲みなさい。それでも効かないとは思うけど、気持ち的にマシだと思うわ」
「姉上、大変でしたね」
「そう言ってくれるのはあなただけよ」
そんな風にやり取りをする二人を見て空気になったヘクトだった。




