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オーヘル家(2)

 話をする前にもう一つ。確認しなければならないことがある。


「アリスから婚約破棄をと言われたそうだけど、お前は拒否したそうだね?」


「してません。婚約は家同士の問題だと言っただけで、婚約破棄を言い出したのはアリスの方です」


 アリスは笑って婚約破棄と言った姿を思いだす。ライウスのことなど微塵も思っていないと言うあの笑顔が憎らしい。

 セントはため息をつく。


「アリスの意思は固い。国は婚約破棄を認めるし、オーヘル家としてものむだろう。どんなに拒んでも、お前への処遇も相当なものものがくだされる。もちろん、あの場にいてアリスに剣を刺したお前の友人にも、ね」


 冷たく放たれる言葉にまた怒りが湧き上がる。


「またそうやって皆アリスの肩を持つ! なぜそこまであいつは優遇される! カルマ家が、アリスがそんなに偉いと言うのか!? ミューはそんな俺の気持ちをわかってくれた。ミューだけが惨めな俺の気持ちを理解してくれた。生まれながらに何でも持っている兄上には俺の気持ちはわからないっ!」


「ライウスっ!」


 セントは無意識に魔力が声にこもり、周囲が震えるほどの強い声を発した。その振動はすぐに止んだが、ライウスは恐怖で青ざめる。セントの目は怒りと憎悪をライウスに向けている。


「最後にこれだけは言っておく。お前が今もこうして生きていられるのは何故かを」


「な、何の話ですか?」


「お前が生きていられるのはアリスとローズマリア様の力があったからだ。あの二人が病に苦しむお前を治してくれた。けれどその代償としてローズマリア様は亡くなった」


「いったい、何の話をしているのですか?」


 ライウスの顔は青く、膝は震えている。

 セントはライウスを睨みつけたまま話を続ける。


「お前が五歳の時だ。生まれつき体が弱かったお前が酷い高熱で生死をさ迷っていた。それを見た母上はローズマリア様にお前の治療を依頼した。ローズマリア様は依頼を引き受けてくれたよ。ご自身も病を患っていることを隠して。病を患っていた彼女の魔力だけではお前を治すことができず、アリスが足りない魔力を補助し、お前は完治した。それと引き換えにローズマリア様は亡くなった」


 セントは思いだす。アリスと瓜二つのマリアの姿を、憧れた女性の姿を。


「お前はアリスに愛されなくて当然だ。お前はアリスから最愛の母親を奪ったのだから」


 今まで一度も聞いたことのない話に戸惑うばかりで言葉が出ない。やっとの思いで絞り出した言葉は婚約についてだった。


「それなら、何故アリスと婚約させたのですか?」


「わからないか? アリスから母親を奪ったことへの罪滅ぼしだ。アリスにオーヘル公爵家の後ろ盾を与え、全面的に支援する。それがせめてもの罪滅ぼしだと信じて」


 それが無意味だとわかっていてもセントは口出ししてこなかった。

 ミリーはマリアを死なせてしまったこと。アリスから母親を奪ったこと。今でも自責の念にかられている。実の息子よりアリスを選んでしまうほど、罪を感じ、悔いていた。

 そんな姿を見ていたから、何も言えなかった。婚約も後ろ盾もアリスは必要としていないと。アリスは何一つオーヘル家には望んでいないことを。むしろ、迷惑がっていることを。


「アリスも母上に押される形で決めてしまったんだ。今だに負い目を感じている母上を見捨てられず仕方なく了承したんだ。反対する声に耳を傾けながらも。後は現侯爵が自分のための後ろ盾を欲したというのもある。だから婚約破棄したところでアリスは清々するだけでお前に対しても、オーヘル家に対しても未練は一欠片も残さないだろうね」


 ここまで話せばライウスも納得するだろうと思った。けれど、予想は覆された。


「……俺は、利用されていただけなんだな」


 セントは残っていた僅かな情が消え失せるのを感じた。ライウスの自分本位な考えを改めることはなかった。


「利用と言うならお前もアリスの力を利用していたじゃないか」


 ライウスは鼻で笑う。


「利用ではありませんよ。有効活用してやっただけですよ。あんな宝の持ち腐れみたいな真似、許されませんよね? 力あるものが力を使わないなんてそれこそ罪です。だから使ってやったんですよ! 俺は何も悪くない。アリスの母親のことだって俺のせいじゃない。母上が勝手にやったことだ」


 セントはライウスの胸ぐらを掴み左頬に怒りの拳を打ち込んだ。その衝撃で無防備だったライウスは床に転がされた。

 テーブルの上のティーカップが落ちて割れた。


 倒れ込むライウスを見下ろす。

 

「お前はどこまで愚かなんだ! 対した努力もせず、できないからと投げ出して逃げてきたお前が、今日まで生かされてきたことを知らないで、母上達を侮辱するな!」


「セント! ライウス!」


 騒ぎを聞きつけてきたロイドが慌てて二人の間に入る。


「ライウス。魔塔でお前がなんて呼ばれているか知ってるかい? オーヘル家のボンクラだ。言い始めたのは叔父上だけど、魔塔の人間は皆知っているよ。お前が偽りだらけだということを」


 そう言い残して去ろうとする。

 起き上がれずにいるライウスを二人の執事が起き上がらせる。

 怒りに震え、完全に頭に血が上ったライウスはセントに向かって火の魔法を放つ。


「くたばれっ!」


「セント!」


 セントに向かって放たれた火の魔法を手の平であっさりと受け止めた。


「こんな初級の魔法でこの程度か」


 受け止めた魔法を収束させ、綺麗な球体を作る。


「これが初級のファイヤーボール。お前が今放ったのはただの火の塊。当たったところで軽く火傷する程度。その程度でよくも最強の冒険者を名乗れたものだね」


 この瞬間、完全にセントはライウスを見限った。


「何で?」


 床にペタリと座り込む。


「あっさり止められたことがショックかい? 魔法を使い始めた子供と変わらないから簡単に止められるよ。対した魔力も込められてないし」


 さらに火の玉を手の中で消滅させた。


「父上、俺はもうライウスを弟とは思いません。俺は国に付きます。元より王太子殿下の側近として殿下と陛下に従います」


 セントは部屋を出る。

 ロイドも目をくれることなく出ていく。


「何でだ? 俺は悪くない」


 部屋に残されたライウスはその場から動けず、ブツブツと独り言を呟く。


「俺は悪くない。俺は悪くない」


 何度も呟く。


「そうですよ。ライウス様は悪くありませんよ」


 それはミューラに言われた言葉を姿と共に思いだす。


「そうだ。俺は悪くない。悪いのはアイツだ」


 そう呟き、全てを壊したアリスへの憎しみを募らせるのだった。

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