オーヘル家(1)
アリスとの一件で謹慎を言い渡されたライウスは母親であるミリーに平手打ちされた頬に手を置き、涙ぐむ母親を見て、痛みは感じるものの現実を受け止めきれないでいる。
「どうしてこんなことをしたのですか!? アリスを傷つけるなんてっ」
「母上?」
自分の味方だと思っていたミリーがアリスのために泣いている。そのことが信じられないでいる。
「ミリー」
ミリーの肩を抱く、父親のオールロイドはライウスに冷たい目を向ける。
「父上?」
理解が追いつかず、現実を受け止めきれないでいると、さらに追い打ちをかけるようにロイドから告げられる。
「ライウス。私はお前をオーヘル家から廃嫡する」
「な、何故ですか!?」
「お前がアリスとカルマ家を支えるならそれでよかった。少しくらいアリスの力に溺れても仕方ないと。何よりアリスが受け入れてくれるならそれでいいと。だが、そんなことは早くやめさせるべきだった」
ライウスはただ呆然と立ち尽くす。
「お前は婚約者という立場を利用してアリスの力を搾取し続けた。あの力は本来国のために使われる力。それを私欲のために使うなどというセントからの忠告を聞き入れなかった私にも責任はある。だから、お前を廃嫡する。国外追放にするかどうかは陛下と相談することになるが、廃嫡は決定事項だ。もちろん、黄金の鐘も解散だ」
そこまで言われて現実に引き戻された。
「何故、皆アリスにつくのですか? アリスと結婚してカルマ侯爵になるのは俺でしょう。それなのに、俺の話も聞かずに何故っ!?」
ロイドは深いため息をつく。
「お前は今まで何を学んでいたんだ?」
「え?」
「侯爵になるのはアリスだ。彼女以外にカルマ家を背負えるものはいない。お前は国のことを学び直さないといけないようだな。丁度いい。沙汰があるまで国の歴史を学び直せ」
そう言い残して二人はライウスの部屋から出て行った。部屋に残されたライウスはソファに身を預けた。
「何がどうなっているんだ? こんなはずじゃなかったのに。それに俺が侯爵になれない? どうなっているんだ?」
疑問ばかりで答えが出ることはなかった。答えてくれる相手もいない。
扉をノックする音が聞こえた。返事をする前に扉は開く。
入って来たのはライウスによく似た青年だった。
「兄上」
ライウスの兄、オールセントがいつも浮かべている人当たりのいい笑顔を消して立っていた。
「やってくれたね。これから、俺も父上も火消しに回ることになる」
セントは腕を組んでライウスを見下ろす。
「それは申し訳ありません」
「心にも思ってないことを言うのはやめてくれ。そんなだからアリスにも見限られるんだよ」
その言葉にカッとなりセントの胸ぐらを掴む。
「何であんたにそんなことを言われなくちゃいけないんだ! 俺が一体何をしたっていうんだ!」
ライウスは思いだしていた。いつも大事にされていたアリスの姿を。何かにつけて比べられる日々を。
「いつもあいつと比較されて、同じようにできなければ呆れられる。そんな毎日が続くことがどういうことかあんたにわかるか? アリスに見限られる? 見限っているのは俺の方だ! あいつの価値なんて魔力と家柄だけ。家柄は俺のほうが上なのに、何でいつも俺のほうが下に見られなきゃいけないんだ! 父上も母上も俺よりあいつを大事にしてる。息子は俺なのに、それなのに……」
セントはそれ以上言葉が続かないと判断して声をかける。
「それが本心か?」
「ああ」
「そうか」
ライウスはセントのことを嫌っていた。オーヘル家の長男であり、次期オーヘル公爵であり、王太子であるカイトの側近で親友。幼い頃から優秀で周囲からの信頼も厚い。そんなセントを羨まない日はなかった。
この国では跡継ぎや何かしらの功績を上げたものに、名がつけられる。アリスにはローズ。カイトにはムーン。セントにはオール。家名を捨てたランダにはウィリーランダ・ハクマンと家名も与えられた。これは魔法士団長に任命されたときに与えられたものだ。家ごとに同じ名を与える家もあれば、全く違う名をつけることもある。シャリアがそうだ。カイトの婚約者になった時に国王夫妻からサリーシャリアと名を賜ったのだ。
そうしてつけられる名で予め跡継ぎとそうでないかを分けられ、区別される。そのことにもライウスは腹を立てていた。
幼い頃のライウスは病弱ですぐに熱を出しては寝込んでいた。そんなライウスとは違い、丈夫で魔力の量も多く、剣の扱いに長け人当たりのいい性格から周囲からの信頼も王太子からの信頼も熱い。次期オーヘル公爵として盤石な立場を築き上げていた。
それに比べてライウスには何もない。そのことが悔しくて堪らなかった。
「ライウス。お前は多くのことを間違えている」
「何を間違えているっていうんだ? 俺は何も間違っていない!」
「なら、何も知らないんだね。とりあえず座って話をしよう」
二人はソファに座って向かい合う。予めセントが頼んでいた紅茶が運ばれてきた。二人の前に紅茶を置いてメイドは部屋を出た。それを見て、紅茶を一口飲んだセントは足を組み替えて話し始めた。
「アリスの母君、ローズマリア様が先代の侯爵だというのは知っているかな?」
セントは恐る恐る聞く。アリスからライウスの様子を聞いていたがまさかと思っていたが確認しなければ話が進まないと思って聞いた。
「現侯爵はアリスの叔父でしょう。ならばその先代はアリスの祖父でしょう」
自信満々に答える姿を見てセントは言葉を失った。と同時に気絶したくなるのを堪えて説明を続けた。
「現侯爵は先代侯爵、ローズマリア様が亡くなったあと、幼いアリスに継がせるわけにはいかないし、空席にするわけにもいかないから仕方なく就かせただけだ。つまりは代理だ。カルマ家は実力主義。カルマ家を継ぐだけの力は現侯爵にはないよ」
ライウスはまたも衝撃を受ける。
セントは長くなるなと改めて覚悟した。
「カルマ家は魔法士の家系だ。それぐらいは知っているだろう?」
「はい」
「大戦時中の魔法士には必ずカルマの名がある。それは歴史を見ればわかることだが、理解しているな?」
ライウスは頷く。
「魔塔の設立にカルマ家が関わっていることは知っているか?」
躊躇いながらも頷く。
セントはここまでかと呆れながらも顔に出さないように頷く。
「お前はカルマ家の歴史を誰に習っているんだ?」
「カルマ家の執事に」
「ヴォルフさんか?」
「いや、違う人に。あの人が苦手だと言ったら侯爵が違う人をつけてくれた」
「そうか、アリスに伝えておくよ」
知ってて放置したんだろうと思うとライウスを可哀想に思うが、気づく機会などいくらでもあった。それがアリスからの宿題のようなものだったのだろう。そう考えると呆れるしかない。
ライウスは疑問符を浮かべながらもセントの話に耳を傾ける。
「魔法は戦争の道具だった。それを誰もが正しく扱えて、生活を豊かにできるようにという理念の元、魔塔が作られた。それを言い出したのがカルマ家だった。カルマ家は戦争に貢献し、魔法の可能性と有用性を戦争だけにしてはならないと発言し、生活に必要なものとして考えを改めさせたんだ。争う力だけに使わず、生活を支えるものとしての使用を訴え、この国の魔法は今の形に魔法大国と呼ばれるようになったんだよ」
セントの話を聞いても納得していないようだった。
「では、カルマ家をアリスが継ぐというのは?」
この話が何なのだと内心セントを馬鹿にしていた。子供でも知っている歴史を今更聞かされる意味が分からない。
「それは当主を決める基準が魔力と魔法だからだ。一定以上の魔力を持ち、魔法を使いこなすこと。時には候補者同士で争い、勝利したものが侯爵になる。つまり、完全な実力主義ということだ」
セントは紅茶を飲む。
ライウスは内容を理解できないでいる。後継者とは家の長男で、幼い頃から後継者としての教育を受けて決められる。そう思っていた。それが実力で決められるなんて信じられなかった。
「先代もそうやって当主の座を勝ち取ったそうだけど、その辺りの話を叔父上から聞いていないのかい?」
「はい」
そう断言するライウスを見て、確認が必要だと思った。
ランダの怒りの表情を思いだすと背筋が冷たくなるのだった。
「その実力は現在アリスがトップ。それが覆ることはない。仮にアリスが家を継がなくてもカルマの血筋から戦って選ばれることになる。現侯爵がこのまま侯爵として居続けることはできない。彼にも子供がいるだろう? その子が候補者に名乗りを上げても、実力不足で選ばれることはない」
ライウスは何もかもが初めて聞く話だとばかりに戸惑っている。
「それにカルマ家は女性が継ぐこともある。だからこそ、この国では女性が爵位を持つことも、役職につくことも認められている。違うか? オーヘル家にも女公爵はいた。知らないわけじゃないだろう」
「それは、そうですが……」
理解はできても納得できないという姿勢を崩さないライウス。
セントは諦めてしまおうかという考えが過ぎったが一先ず話を続ける。
「これがお前が侯爵になれない理由だ。これは何があっても覆らない」
「それなら何故父上はアリスとの婚約を決めたんですか? 別に俺でなくても良かったじゃないか……」
「それは何も話していない父上達にも問題はあるな」
話してもいいものかと考える。
ライウスは少しは冷静さを取り戻した。だがまだ不安は残る。これから言うことを受け入れられるのかと。でも、言わなければならないと強く思った。これ以上、先延ばしにすれば余計に拗れる。そうなれば取り返しのつかない事態になりかねない。話したところで何も変わらなければその時はと考えをまとめてからライウスにも分かるように伝える。




