婚約破棄とブチ切れ令嬢(5)
宮廷魔法士団の研究塔。
久しぶりに見る研究塔はもう何年も来ていなかったような懐かしさを感じます。
そんな干渉に浸っていると懐かしい顔が塔から出てきました。
「久しぶりだな、ローズアリス」
「ハクマン団長。お久しぶりですわ」
この方は魔法士団団長のウィリーランダ・ハクマン様。美しい銀髪に神経質な印象を与える鋭い灰色の瞳に整った顔立ち。ですが神経質で堅物そうな印象を与えるこの方は見た目通りの性格で、研究一筋の変人ばかりの集団をまとめることのできる数少ない人物なのです。
「筆頭は研究室だ」
そう言って前を歩いていき、その後についていきます。
「今回は特に派手に暴れたな。何があったのかは後で聞くが、国を巻き込むのは控えろ」
「はい。以後気をつけます」
歩きながらのお説教が始まりました。私は大人しくお説教を聞きます。この方との付き合いも長いもの。師匠がいない時や手が離せない時などはこの方が面倒を見て下さいました。
よく塔の中を走り回っては叱られたものです。
「学園に入って以来か?」
お説教が終わり、世間話に変わりました。
「そうですね。婚約が正式に決まってから遠のきだして、学園に入ってからは全くといった感じですね」
「あのボンクラはいつまで経ってもボンクラだったか」
はっきり聞こえるように言う。
「そんな仮にも甥にそこまで言います?」
「だからこそだ」
団長はライウス様の叔父にあたる方。塔に入る時にオーヘルの姓を返上し、団長についた時にウィリーランダ・ハクマンの名を前団長に与えられました。その前団長も魔法士団筆頭として、この塔に在籍しています。
その人が私達の師匠ですね。
団長は兄である現公爵に頼まれてライウス様の魔法の先生を務められ、ライウス様の公爵家での扱いもよく知っているし、能力もよく知っている。だからこそのボンクラ発言なのですわ。
「私はお前達の婚約には反対した。誰もが反対した。それなのに、オーヘル家とカルマ家のポンコツが押し切った」
相当怒ってますわね。元々口が悪い方ですがここまで言うのは身内ということもあるからでしょう。それにしても実の兄をポンコツ扱い。叔父のこともポンコツ扱いは事実ですから否定などは一切致しません。
「まあ、婚約に関しては私もはっきり拒否していれば済んだ話です。そうしなかった責任はありますから」
「それでもだ。今度という今度はポンコツ共を黙らせる。お前はいつも通り堂々としていろ。いざとなれば塔に入ればいい。そのほうが安心だ。色んな意味で」
最後の言葉に力がこもったように思いますが、それでも気を使って下さいます。なので、余計恐れるものはないのです。
あなたはどうなのですか? ライウス様。あなたの仮面が剥がれたら何人があなたの周りに残るのでしょうね?
「塔の中、また変えました?」
「ああ。侵入者防止装置を新しくした」
宮廷魔法士団の研究塔。通称「魔塔」
ここは外からは普通の塔ですが中はとても広く出来ています。魔法で外見を三十階くらいの塔に見せているだけで、実際は五階建てくらい。あとは横に広い作りとなっているのです。そして、多くの人が働いています。
魔塔では魔法に関する研究および国からの要請に応じて魔物討伐、災害などの対応や救助活動。魔法で出来ることを何でもしている。
だからこそ、国の要の一つとして他国や様々な者達に狙われている。そのこともあり、侵入者対策は常に行われているのです。
「こっちだ。と、お前には必要なかったな」
師匠のいる場所へ行くには特に複雑になっている。入りたての人はまず辿り着けません。
師匠のそば付きになるためには師匠の魔力を感じ取れないといけないのです。師匠の魔力が込められた魔道具によって、居場所を把握できるようになっているのです。もちろん塔内限定で。
私にはそれができるので団長とはぐれても、師匠の魔力を追えばいいので迷子になることはないのですわ。
私は周囲の視線に気づく。昔から知っている人も目が合えばビクッと震え、視線を反らす。
「許してやれ。あんなに激しいのは久しぶりだったからな。慣れている者でさえ巨大な魔物が攻めてきたと思ったほどだ。ちなみに、俺もその一人だ」
「私も魔物扱いなのですね」
「危険度で言えば変わらないな」
はっきり言われてしまうとショックが大きいというもの。そんなに気にしていませんが、あからさまに落ち込んでおきましょう。
「そこまで酷かったのですか?」
「はあー」
返事は言葉ではなく、ため息で返ってきました。
「まあ、起こってしまったものは仕方ありません。それなら、責任は取りましょう。ライウス様の首でいいですかね?」
「物騒だが、俺は許可する。鼻はへし折ってやれ」
「わかりましたわ」
そんな他人が聞いたら物騒でも、私達にとっては他愛のない話をしながら目的のお部屋に到着です。
「おい、連れてきたぞ」
ノックもなしに入っていく。流石です。
「やあ、アリス。いらっしゃい」
この穏やかで優しい顔立ちの美青年。この方が私達の師匠にして魔法士団筆頭であり、前団長であり、現国王の弟のムーンアルバ・イングラド様なのです。
「ランダも案内ご苦労様。お茶でも淹れるね」
山積みの資料や本の中からゆっくり出てきた師匠は貧血で顔色が悪い。また食事を忘れていたのでしょう。シャリアお姉様が持たせてくださったサンドイッチを師匠に渡す。
「お茶なら私が淹れますわ。それよりこのお部屋でお茶は無理なので片付けるか隣に移動するかして下さい」
そう言うと師匠は黙って隣の部屋へ移動した。
「そんなに片付けるのが嫌か!?」
団長の雷が落ちました。
私よりハクマン団長のほうが怖いですわ。
隣の部屋は師匠の仮眠室兼資料室になっています。仮眠室と言ってもほぼここが師匠の住まいになっています。別にお屋敷があるのですが戻るのが面倒でここに住んでいます。お屋敷の管理は人任せで。
「ここもだいぶ荷物が増えましたね」
「ああ、どこからか増えるんだ」
団長が呆れてます。
「いやぁ、それほどでも」
「褒めてない! 照れるな!」
このやり取りも久しぶりです。
私は魔法で資料や本を分類ごとに分けて端へ避けていきます。そうしてソファとテーブルを確保し、埃などを風の魔法で除去。魔法で水を出してお湯を沸かす。適温で紅茶を淹れて、お二人の前に出す。紅茶の香りが部屋中に満たされて一息つく。
「アリスの淹れるお茶は美味しいね」
「こんな繊細な魔法も使えるのだから驚きだな」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
紅茶を淹れるのにもほんの少し魔法を使う。香りが逃げないように風の魔法で蓋をして、飲む時には香りが広がるようにする。冷めないようにいつまでも適温で飲めるように火の魔法で調整。後は水を出した時に回復魔法も加える。どれもほんの少しの魔力を細かく使い分ける。とても難しいとされています。何より、私の魔力は大きい。大きければ大きいほど制御も難しくなりますが、昔からこういう細かいことが得意ですの。そのおかけでこうして淹れたお茶を褒めてもらえますの。
「それじゃ、アリス。話してもらおうか? 何があったのか」
私は余すことなく何があったのかを説明しました。
師匠はサンドイッチを食べながら。
団長はお茶を飲みながら。
「そんなことがあったんだね」
話を終えた後の師匠はそう言ってくれました。
団長は眉間のシワが深いままですが。
「デリストの養女か。面倒なのに目をつけられたな。お前も甥も」
「面倒とは? 彼女は他でも問題を?」
私は知りませんでした。
ミューラ・デリストがどういう人なのかを。さして興味もなく、関わりもない。取り立ててこちらから近づくこともなかった。あちらも近づいてくることはなかった。だから調べることもしなかった。ライウス様と仲が良いとは聞いていました。教えてくださる方がいましたから。でも、気にしなかった。私達の婚約は揺るがないと思っていたから……。




