ブチ切れ令嬢無双する(1)
私は現場を見渡して現状を確認する。
ライウス様の行動は最低最悪なものでした。ミューラ様を囮にして自分だけ逃げようなどと、そんなことをする人だとは思っていましたが、まさか本当にやるとは思っていませんでした。私の読みもまだまだですわ。
「ア、アリス、助けに来たんだな。遅いぞ! さっさとそいつを倒して俺を助けろ!」
この期に及んでこの物言い。厚顔無恥とはこの方のためにある言葉でしたっけ?
「はて、なぜ私があなたを助けないといけないのでしょうか?」
「は?」
「これは私の獲物です。私が狩るのは当然ですわ」
何を血迷ったことを言っているのか。勝負をしているということも忘れて助けろですって。今までのやり取りを思い返してほしいですわ。どこをどう取ったら「はい、わかりました」になるのでしょうか?
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ!? 何なのよ、揃いも揃って!? そんなのどうでもいいからキリム様を助けてよっ!?」
こちらも本性を表したようですわね。それに揃いもってあなたはそこに含まれていないのですか?
「あなたが助ければいいでしょ? デリストの聖女様」
そう言われてミューラ様は自分の発言に気づいたようです。そしてそれは自白と同じ。
「まあ、とりあえず手持ちのポーションでもかけてあげてはどうですか? 応急処置にはなるでしょう」
ミューラ様は慌てて鞄からポーションを出して、キリム様にかける、すると傷はあっという間にふさがり、意識まで取り戻した。
「……ミューラ」
「キリム様、良かった……」
ミューラ様はキリム様の無事を泣いて喜び、そんなミューラ様の涙をキリム様が拭う。
何をやっているのでしょうね。この二人は。
「そんなことをしている場合ではありませんと苦言を申しますわ。吊り橋効果も結構ですが、他にやることがあるのではありませんの? そのポーション、他の方にもかけてあげてはいかがです?」
そう言うとはっとして現実に戻ってきた二人は手分けしてポーションをかけた。ここで全員意識を取り戻しました。
「さて、全員全快したようですし、戦いと勝負の続きをしましょうか?」
私は至って真面目にこの状況を楽しんでいます。それが全身からにじみ出ていたのでしょう。そんな私を見て若干引いておられます。なぜでしょう? こういう時のツッコミ役がいないと成り立ちませんわ。お兄様や他の皆様のツッコミを恋しがる日が来るとは……。
「というか、あれはどうなってるの?」
魔法士のコリンさんが熊の魔物を指差し、戸惑っています。そんな彼を少しだけ不憫に思いますわ。
「あれは動きを封じてるだけですわ。後で獲物を横取りされたと言われたくありませんから。白黒はっきりつけるためにまだ生かしてありますの」
「つまりまた、ここから始めようと?」
ザムナさんが顔を青くさせています。他の皆様も同様ですわね。お楽しみはこれからだというのに。
「はい、そのとおりですわ。それでは皆様、楽しい狩りを始めましょう!」
私は魔法を解除。熊の魔物は咆哮を上げ、暴れ始めます。まだ周囲の木々にあたるだけで向かっては来ない。それも時間の問題ですが。
「さあ、ライウス様! お得意の攻撃魔法をありったけぶち込んで下さい! 地形が変わっても構いませんわ。いつものように直して差し上げますから!」
私はライウス様を煽る。しかし、肝心のライウス様は腰が抜けたのかへたり込んだまま動きません。
「逃げるならさっさと逃げて下さいな。その時点で私の勝ちになりますが。仕方ありませんよね。戦闘放棄、敵前逃亡、どちらも生き残るための選択ですわ。だからさっさとお決めになって! 戦うか! 逃げるか!」
ライウス様は目を泳がせ、完全に恐怖に飲み込まれたようです。まあ私も意地悪な言い方をしました。逃げるか戦うかなんて、この方はどちらも選べないことを知っているのだから。
「戦う気がないのなら、あれは私が貰います。いいですね?」
そう聞いても何も答えない。自分の都合の悪い時は黙る。いい加減うんざりですわね。
「そうは言っても、本当に倒せるの?」
その身に先程の恐怖が染み付いているミューラ様。震える身を抱きしめながらも、泣き叫ぶことなく振る舞っています。ここでは泣かれては面倒でしたから丁度いいですね。
「できないことはしませんわよ。私は」
そう、できないことは口にしません。時と場合にもよりますが。だから迷うことなく魔物に魔法を放ちます。もちろん風の魔法。燃やしてしまっては素材としての価値が下がってしまいますから。
熊の魔物の首を真っ二つにして、降り注ぐ血飛沫を浄化魔法で拭い、清潔を保ちます。
「ね? 簡単でしょ?」
皆様顎が外れそうなくらい口を開けてしまっています。みっともないと注意したほうがよろしいでしょうか? 特にミューラ様は淑女ですし。
「……な、何でお前が魔法を使えるんだよ!?」
レックさんが私を指差し、震えています。
「私はカルマ家ですわよ。これぐらい礼儀作法と同じですわ」
「れ、礼儀作法……? そんなわけあるか!?」
ツッコミ役ここにいました。これなら安心して場を引っ掻き回せますわ。ついてこれるかはさて置き。
「それそうと、なぜ逃げなかったのですか?」
震えるライウス様の胸ぐらを掴んで問いただす。答えなんて聞かなくてもわかっていますが、確認は必要です。後で、責任をなすりつけらる可能性はありますから。
「そ、それは……」
「それは?」
私はライウス様に詰め寄ります。ですが、ライウス様が答えるよりも先にコリンさんが動きました。
「払ってないんだよね。参加料」
コリンさんに視線が集まります。そんな状態で緊張しながらも話を続ける。
「じ、自分も逃げないってことは、自分の分も払ってないんだよね? 受付時、僕を遠ざけたのはそれを隠すため、だよね?」
コリンさんの思わぬ発言に焦りを隠して取り繕おうとする。
「そ、そんなことあるわけないじゃないか。ちゃんと払っているに決まっているだろう。あの時はパニックになっていて、やり方を忘れてしまっただけだ。次はちゃんと」
「次も同じようにミューラを盾にして逃げるのですか?」
キリム様は静かにお怒りのようです。あまりの迫力にライウス様は小さく悲鳴を上げる。
「盾にって本当なのか? キリム」
「ああ、本当だ」
「私も証言しますわ。そのせいで出ていくタイミングがずれてしまったんですもの」
これは本当。そろそろ出ようと思ったところでまさかの出来事。愛する人を盾にして自分だけ逃げようだなんて最低ですわ。
「私、ライウス様のことはクズだっと思っています。けれどここまでクズで腐っているなんて知りませんでした。愛する人よりも己の身を最優先して逃げるなんて。キリム様が庇わなければ確実に死んでいましたよ」
こうなることがわかっていれば助言や監視をつけてもらうよう頼むこともできた。ですが、さすがの私も予想しませんでした。自分より弱い彼女を前に出して自分は逃げる。私だった対処ができますが、それを彼女に求めるのは全くもって論外です。普通は自分を盾にして逃がすべきでしょう。
ミューラ様は先程までのことを思い出したのか震えています。それをキリム様が肩を抱いて慰めます。
そんな場合じゃないと言いたいのですが、多少なりとも私にも責任はあります。ここは大人しくしていましょう。
「それで、どうなのですか? ライウス様」
全員のライウス様を見る目が変わる。今までの盲目的な尊敬や崇拝の念は消え、異物を見るような目でライウス様を見る。
その目を見てライウス様は結局同じところに落ち着きます。
「……お、お前が悪いんだ。お前が悪いんだぞ!? アリス!!」
私への責任転嫁。全く、この方の思考はどこでこうなってしまったのでしょうか?
「お前が大人しく俺の言うことを聞いていればこんなことにはならなかったんだ!」
「むしろ今まで大人しく言うことを聞いていたことのほうに驚くべきではありませんか? 私は元々こういう性格ですし、性格の悪さは両陛下のお墨付きですわよ」
可愛らしく首を傾げてみる。
「そんな自信満々に言うことかよ……」
レックさんが声に出したことに他の皆様も頷いています。
「あなた方は私のことを傲慢だと思っていのでしょう。ライウス様からもそのように聞かされて。あまり皆様と関わってこなかったのはライウス様に言われていたからですわ。貴族とかカルマ家とか関係ありませんの。それに私は本来こういう性格です。それを隠していつもニコニコしていないといけないし、ライウス様からは罵詈雑言を浴びせられ、ストレスは溜まる一方だったんですから。だからこうしてストレスを発散する場を用意して頂いたのですから」
「ス、ストレス発散って魔物と戦うことが?」
ミューラ様はそう言いながら震えています。他の皆様も顔を青ざめさせ、震えています。
構うことなく私は続けます。
「ええ、楽しいじゃないですか。魔法を誰に気を使うことなく放てるのって。人間相手には限られますが、魔物には遠慮はいりません。ここ最近はライウス様に合わせていたせいで疲れるばかりでしたわ。ですが、今日、そしてこれからは気にする必要は一切ありません。さあ、魔物はまだまだ沢山いますわ。どんどん狩りましょう。ねえ、皆様」
私がそう言い切ると静かだった周囲から濃い瘴気が漂い出し、魔物が次々と姿を表します。
「な、いつの間にこんなに囲まれていたんだ!?」
ザムナさんが声を上げる。
「この数を俺達だけで相手にするのは不可能だ!?」
キリム様も剣を構えはしますが完全に弱腰です。
「これぐらい問題ないのでは? 何せ黄金の鐘の皆様なら力を合わせればこれぐらい余裕でしょう。さあ、いつもみたいにぱぱっと倒して下さいな!」
皆様先程やられたのが堪えているのでしょう。足がすくんでしまっていますわ。
「困りましたね。魔物ならこれからどんどんやってきますわよ」
「え、何で!?」
一斉に声が上がります。




