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ミューラ・デリスト(2)

 部屋を出ると魔塔の筆頭ムーンアルバ・イングラドと出くわした。


「おや、まだいたのですか? もうとっくに帰ったと思っていました」


 ライウスはミューラを背に庇いながらアルバと向き合う。


「筆頭こそ珍しいですね。魔塔からほとんど出てこないというのに」


「全く出ないわけではありませんよ。今度の討伐会の話で来たんですよ。仕事が増えましたからね」


 アルバはにこやかにしているがライウス達は額に汗を掻く。


「そちらにいるのがデリストの聖女ですか?」


「え、は、はいっ」


 いきなりのことに声が裏返る。


「そうですか」


 まるで品定めするような目でミューラを見る。その目にミューラは身をすくめる。


「お前達、ここは王城だ。いくらこの方に王位継承権がないからといっても王弟殿下であることに変わりはない。何より、魔塔の筆頭というお立場だぞ。お前達も貴族の令息令嬢なら挨拶を口にするのが先ではないのか?」


 一緒にいた魔塔のローブを纏った神経質そうな男に言われ全員礼を下げる。


「失礼しました。筆頭」


 この中で一番家格が上であるライウスが言う。


「別に気にしていませんよ。ですが、他の方にはこのようなことがないように。王城に出入りする冒険者もそれくらいの礼儀は弁えています」


「はい、しかと胸に刻みます」


 冷たい物言いだと思った。何故、自分達はここまで冷遇されなければいけないのかとミューラは歯を食いしばる。

 デリスト領での生活も、姉のミーシャは母親から溺愛され、ミューラは何をしても関心を持たれない。時には居ないもののように扱われた。それらを思いだして、収まっていた苛立ちが湧き上がってきた。


「君達は何にそんなに腹を立てているのですか? 私には君達がそんなに苛立っている理由が理解できません。そんなに重要ですか? 跡継ぎというのは」


 不可解なものを見るような目で見てくるアルバに最初に反応したのはザムナだった。


「発言してもよろしいでしょうか?」


「もちろん。あ、顔を上げてもらって構いませんよ」


 全員顔を上げる。

 アルバの悪気も何もない平然とした態度に苛立ちを隠せない。


「筆頭も王弟であるなら我らの気持ちを少しは理解していただけると思います。跡継ぎでないからと親からは必要最低限のものしか与えられず、兄達からは何かと押し付けられ尻拭いをさせられることもあります」


「ああ、女性関係ですか」


 あっさり見抜かれたことに驚くも話を続けることを選んだ。


「そうです。それに学園にも通わせてもらえませんでした」


 ザムナは悔しそうに拳に力を込める。


「学園ね。今でこそ変わったけど、あんなつまらないところ二度と通いたくありませんね」


 つまらなそうに横槍を入れ来る。

 それに耐えながら話を進める。


「それに下の者などスペアでしかありません。上が駄目なら下にという感じで代えがきくもの。そんな扱いを受けてきて大人しくしていろと言うのですか?」


 そう言ってザムナはアルバを睨む。

 アルバは面白いものを見つけた時と同じ顔をザムナに向ける。


「いや、大人しくしている必要はないよ。むしろ好きにやればいい。僕はそうやって全部兄に押し付けたからね」


 全員の目が点になる。


「それにそんなに家を継ぎたいのなら能力を示せばいい。決闘すればいいんだから。カルマ家の決闘なんてすごかったよ。一瞬でかたをつけられるのにあえて相手を優位に立たせてからいっきに叩き落とす。あれは見ものだった」


 当時のことを思いだしているのか一人頷いている。


「他にも決闘の結果、家督を継いだ話はいくらでもある。必ずしも長子が家を継ぐという決まりは法律上からとっくに排除されている。ただし、その場合公平に国が見届けるのが決まりだ。そこに不正がないとは言い切れないけど、君達くらいの家なら賄賂なんてなくてもどっちが継いでも問題なしとされるよ。だから誰の目にもはっきりわかるように力を能力を示せばいい。簡単なことだよ」


 アルバの言葉に何も言い返せず俯いてしまう。


「そうやって黙る時点で自分は劣っていると認めているのと同じだよ」


 厳しい言葉を浴びせられても言い返せない。自分達でもそう思っているからだ。


「ちなみに彼は氷魔法で有名なアセイン家の長男だよ」


「私の話は必要ですか?」


「参考になるだろう。長男側の話も」


 ため息をつきながらも話し出す。


「私はセス・アセイン。家督は弟に渡し、魔塔に入った」


 これも有名な話だ。


「私は昔から人の感情の機微に疎く、周囲を混乱させていた。だから人望の厚い弟に家督を渡した。多少揉めたがお互い納得の上だ」


「セスはね氷魔法が強くて、それが性格にも現れていると周囲に言われ続けていたんだよ。それでも長男だからと家を継ぐことが決まっていた。けど弟君はセスとは正反対でね、魔法の力は多少劣るけどそれ以外は優秀な子だよ。だから周囲も納得の上で今に至るんだよ」


 アルバは補足する。


「それに、ライウス君。君の叔父上だって現公爵にオーヘル家を継ぐべきはお前だって言われたそうだよ。ランダは口の悪さを除けば優秀だからね。天才なんて呼ばれた時期もあったよ」


「筆頭達の年齢は優秀な人材が多かったと言われています。陛下やマリア様を含めて」


 セスにそう言われてアルバは少し照れる。


「ありがとう、セス。で、ランダだけど家を継ぐなんて面倒だって言って断ったんだよ。基本面倒事を嫌うからね。僕もそうだけど、団長職を譲った時も文句言われて、睨まれて散々だったよ」


「それは筆頭に責任があります」


「そう?」


 笑っているアルバをよそにライウスは信じられないという顔をしている。


「僕もね、国なんて背負うなんて面倒だったし、幸い兄上は優秀な方だからなんの気兼ねなしに研究に没頭できたよ。ま、それは今もだけど」


 面倒という理由で団長職をランダに押し付けというのは魔塔内外で有名な話だった。しかし、実際に聞くまではただの噂だと思っていたライウス達はショックを受ける。そんなライウス達を置いて話を続ける。


「特に好きだったのが魔法だった。先々代のカルマ侯爵に無理矢理弟子入りして。周りには反対するものもいた。先代陛下達も渋い顔をした。兄上とマリアだけが好きに生きればいいと言ってくれた。その結果が魔塔の団長だった。そして、その選択を後悔したこともなければ間違った選択だとは思わない。魔法の研究で国の役に立っているしね。それらが王弟としての責任にも繋がっていると思うよ。まあ、全て結果論だと言われたらそれまでだけどね。そもそも人の上に立つとか無理なんだよ。協調性とかないし、単独行動が向いてるんだよね」


 笑い飛ばすアルバに完全に言葉を失っていた。そうなったアルバを止めるものはいない。


「それに、そんなに貴族でいたいなら冒険者として、もしくはそれ以外の様々な分野で活躍して爵位を賜ればいい。一代限りになるかはわからないけど貴族にはなれる。後は爵位を買うとかね。ランダがいい例だけど彼は家名も捨てて魔塔に入った変わり者。それでも功績が認められて家名が与えられた。本人が望めば爵位だって賜われるけど面倒事は御免だとか言ってるからそれはないだろうね。貴族の付き合いが一番面倒くさいんだって。わかる、わかる。あれはすっごい面倒くさいよね!」


 こんな王城のそれも誰が聞いててもおかしくない廊下で話していいことなのかと心配になりながらも聞いていた。


「それでもなりたいなら目指せばいい。けど、なるものが決まっている人となりたいものに自由になれる人。どっちが幸せなんだろうね」


 その言葉にはっとする。


「君達には選択肢が無数にある。それはなるべきものが決まっている者と違ってね。自分で自分の道を決めるのは痛みと責任が伴う。誰かのせいにはできないからね。でも決められた道の中に楽しさや面白さを見つけるより何もないところに道を作る方が僕は楽しいと思うよ。それらを決めるのは君達だけどね」


「筆頭、そろそろ時間が」


 セスに言われて自分の役目を思いだす。


「ずいぶん長いお説教をしてしまったね。じゃ、僕は行くね。大人としての責任を果たさないといけないからね」


 そう言い残してアルバとセスは去っていった。

 残それたライウス達の間に微妙な空気が流れる。そのまま何も言わずそれぞれの帰路についた。


 ミューラは馬車の中でアルバの言葉を思いだす。


「別に何かを継ぎたいわけじゃない。私は貧乏が嫌なだけ。綺麗な服を着て、美味しい物をお腹いっぱい食べて、柔らかいベッドで眠る。そういう生活を続けたいだけ……」


 そう呟きながらもミーシャの顔が頭から離れない。


「ミーシャも何かを背負わされているのかな?」


 母親とミーシャが話している姿を思いだす。楽しそうに話している母親はミーシャだけを見ていた。


「私はミーシャの代わりになれない……」


 ザムナの言葉が今も胸に突き刺さっている。

 屋敷に戻ってきたミューラは離れのミーシャの部屋に向かった。


「ミーシャ、入ってもいい?」


「どうぞ」


 ミューラは部屋に入る。薬草の匂いがする部屋は少しだけ落ち着けた。


「どうしたの? お城で何かあった?」


 いつもなら聞いてもいないのに話し出すミューラが大人しい。その姿を見てミーシャは心配する。


「うん、少しね……」


 それだけ言うと黙ってしまう。


「お茶でも淹れてもらう? お菓子もつけてもらう?」


 ミーシャは使用人に頼み事をする時、いつも敬語を使ったり、養子であることに負い目を感じている。

 そんなミーシャを見ていたらアルバに言われたことが頭を過ぎった。


「ミーシャは何を背負わされているの?」


 ミーシャは目を見開く。


「どうしたの? 急に」


「私は何も知らないのかなって思って」


 知れば少しは気持ちが晴れるのかもしれないと思った。けれど、答えはある意味いつも通りだった。


「……何も背負わされてないよ。私は私のしたいことをしてるだけ。だからミューラもしたいことをして。必要ならミューラの代わりに討伐会も出る。ミューラは終わるまで私のふりをしていればいい。ここに籠もってれば誰も来ないし、気にもとめないから、ね?」


 それは妹を心配する姉として充分な答えだった。けれどミューラが求める答えではなかった。


「やっぱり、私じゃ代わりになれない」


「ミューラ? 何を言ってるの? 代わりって……」


「もういい! 討伐会には私が出る! ミーシャはポーションでも用意しておきなさい!!」


 そう言って出ていってしまった。

 ヒールを鳴らして歩く姿を見た使用人達は呆れてため息をつく。

 残されたミーシャは窓から空を仰ぐ。ぐっと奥歯を噛み締めて、ミューラのためにポーションを作る。心配も不安も考えないようにした。自分にできることはこれしかないと言い聞かせながら。


 そして、討伐会が開催されようとしていた。




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