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ミューラ・デリスト(1)

 城からデリスト家の屋敷に戻ってきたミューラは苛立ちを隠せず、養父であるドミーミュートン・デリストの前にも関わらず親指の爪を噛み、部屋の中を歩き回る。


「ミューラ。討伐会と言っても難しいことはないよ。お前の癒やしの魔法で皆を助けてあげなさい」


 ミューラの苛立ちとは正反対に穏やかな笑みを浮かべている。


「どうしてそんなことを言うのですか!? 私が怪我をしたり、死んでしまってもいいの!?」


 怒鳴り声を上げる。完全に余裕を無くして焦っている。


「ルールさえ守れば問題ないよ。それに黄金の鐘と一緒ならより一層安心じゃないか。ライウス殿だけじゃなく、キリム殿も加わってより盤石なものとなったろう。ちゃんとお前を守ってくれるよ」


 会話が噛み合っていない。そのことが余計にミューラを苛立たせる。


「お義父様! 今からでも陛下に掛け合って私の参加を取り消すよう進言してください! そもそもこれはライウス様とカルマ令嬢の問題であって、私は関係ないはずです。それなのに、あんまりです!」


「そうは言っても、両陛下の下した命令だからね。そうとうの理由がないと無理だよ。大病を患うか、大怪我をするか。それでも魔法で治されて参加ってこともあり得るけどね」


 ミューラはアリスの顔を思い浮かべて絶対にやると確信した。


「まぁそういうわけで参加は絶対。王命に逆らえばどんな処罰が下されるかわからない。家のためにも参加しておくれ。それに黄金の鐘がついていれば優勝は間違いなしだよ。前回と前々回は彼らが優勝してるんだから、今年も問題ないよ」


 そう言って呑気に笑う。

 ミューラもそこは疑ってはいない。黄金の鐘はそれだけの実力を持っていると誰もが認めている。


「問題はそこじゃないのに……」


 ミューラは呑気なミュートンを置いて部屋に戻る。

 部屋の中でも落ち着かず、歩き回る。


「どうしたらいいの? 魔物の討伐に参加したって何の訓練も受けてない私じゃ足手まといになるだけじゃない。ライウス様やキリム様が守ってくれるって言っても怪我したらどうするのよ。いっそ、誰か代わりに……」


 ミューラは閃いた。急いで部屋を出て、離れに向かった。


「ミーシャ! いないの!?」


 乱暴にドアを開けて中に入る。

 薬草の匂いがする部屋。出しっぱなしの道具や本。人がいた気配を残すも誰もいない。


「こんな時にどこ行ったのよ!?」


 ミューラは部屋を出ようとした時、ゆっくりと近づいてくる灰色の髪を見て怒りが湧く。


「どうしたの? 何をそんなに怒ってるの?」


 ミュートン同様呑気な返事にミューラは怒りで顔を真っ赤にさせる。


「どうしたじゃないわよ! お義父様に何も聞いてないの!?」


「う、うん。王様との謁見で何かあった?」


「あったなんてもんじゃないわよ! 全部あんたのせいよ!」


 ミューラは双子の姉ミーシャに怒りをぶつける。

 ミーシャは灰色の髪の長い前髪で瞳を隠している。双子と言ってもあまり似ていない。性格も社交的なミューラと違い、屋敷にこもって薬草の研究をしている。


「ミューラ、とりあえず中で話そう。ね?」


 ミューラは椅子に座って城であったことを話す。


「そういうわけだからなんとかして!」


「それは、無理なんじゃないかな? 王命には逆らえないし、男爵様の力も大きくない。逆らったりしたら殺されちゃうかもしれない。それでもいいの?」


 ミーシャは正論を言う。


「なんで協力してくれないの!? 私がこんなに困ってるのに……」


「協力しないとは言ってないよ。でも逆らうわけにはいかにいでしょ? ライウス様達と協力するのが一番確実だと思う。もしくはローズアリス様に謝るとか……?」


「それこそ絶対に嫌! 何で私が謝らないといけないの? 大体皆変よ。あんな女の言うことばかり聞いて。侯爵令嬢だからって可笑しいわよ!」


 そんなことを言い始めるミューラをミーシャは宥める。


「そんなことを言っては駄目よ。誰に聞かれてるかわからないんだから」


「何でよ。貴族になれば贅沢な暮らしが出来ると思ったのに。地位のある男と結婚すれば一生遊んで暮らせると思ったのに……」


 思い描いたものと現実は違うことに改めて気付かされた。そのことを知ってミューラは泣き出す。


「全部ミーシャが悪いのよ! 私がこんな目に合うのも、惨めな思いをするのも、全部ミーシャのせいよ!」


「……ごめんなさい、ミューラ」


「悪いと思ってるなら私の代わりに討伐会に出て。そうすれば問題ないんだから、絶対出てよね!」 


 それだけ言って部屋を出ていった。


「王命をそう簡単には覆せないのに……」


 一人残されたミーシャはため息をつく。


 ミーシャはミュートンにミューラの代わりに自分が出ると話した。ミュートンも一応の形で進言してみた。しかし答えはミューラの参加が覆ることはなかった。王命に逆らうなら反逆罪として捉えるとまで言われ、仕方なく腹をくくるしかなくなった。

 

「どうして私がこんな目に……」


 ブツブツ呟やく。


「ライウス様ともキリム様とも連絡がつかないし、どうなってるのよ」


 討伐会まで一週間を切ったのに、誰からの連絡もない。手紙を出しても返事はない。

 ミュートンは心配しなくていいと言うばかりで何一つわからないという状況に不安ばかりが増していく。そのことに余計に腹を立てる。


「どうして私には何も知らせが来ないのよ!? いきなり参加して何かあったらどうするつもりよ!」


 焦りからミーシャに不満を言う。それをミーシャは落ち着いて聞いている。


「不安になる気持ちはわかるけど、何か理由があるはずよ。いきなり当日に顔を合わせてってことはないだろうから、そろそろ何かしらあるんじゃないかしら? それにあなたには必要ないと思われているのかもしれないわ。養父様も、あなたの能力を確信してるから」


 ミューラはミーシャの頬を打つ。

 ミューラは顔を真っ赤にしてミーシャを睨む。

 ミーシャはどこか冷めた目でミューラを見返す。


「何で、私の味方になってくれないのよ! 私がこんなに困ってるのに! 全部私が悪いって言いたいの!?」


「そういうわけじゃないわ。でも、どうしてこうなったのか、あなたが一番わかっているでしょ?」


「もういい! 全部地味なミーシャが悪いのよ! 双子の姉妹なのにちっとも似てないし、性格だって暗い。薬草ばかりいじっておしゃれもしない。せっかく貴族の養子になれたのに、そんなだからお義父様からも領民からも見向きもされないんじゃない! 一生そうやって地味に生きてればいいのよ!」


 そう言い残して出ていく。

 一人残されたのミーシャはため息をつく。


「昔はあんな子じゃなかったのにな」


 鏡に映る姿はミューラと同じ顔だ。けれど長い前髪で両目は隠れている。顔にもそばかす。地味と言われても言い返せない容姿をしていると自分でも自覚はある。


「私はただ、お母さんとの約束を守ってるだけなのに。あなたは忘れてしまったの? ミューラ……」


 瞳に焼き付いた懐かしい光景を思い出していると頬の赤身はいつの間にか引いていた。


 ミューラがライウス達と会えたのは討伐会の三日前のことだった。

 王室の一室に黄金の鐘とともに集められた。


「ミューラ、すまなかった。君との連絡はすべて監視のもと遮断されていたんだ」


 ライウスが言う。


「俺も同じだ。すまない」


 キリムも続く。


 ミューラは可笑しいと思った。連絡を遮断する必要があるのか、何故そこまで監視されなければならないのか。


「それは仕方ありませんわ。ですが、悲しいです。何故そんなことになっているのでしょうか?」


 二人は言葉を濁す。


「すまない、ミューラ。ここは監視の目があって多くを話せないんだ」


 ミューラは部屋の中にいる魔法士のローブを纏った男に淑やかに微笑みかける。


「挨拶もせず、申し訳ありませんでした。非礼をお許し下さい」


「そんな挨拶は不要です。デリスト令嬢」


 その声を聞いて男だと思った相手は女だったと気づく。


「私は立会人としてここにいます。討伐会への顔合わせと打ち合わせを速やかに済ませて下さい」


 とてもやる気なく怠そうに言う。

 苛立ちを抑えるために話題を変える。


「顔合わせということは黄金の鐘の皆様にお会いできるのですね」


「ああ、紹介するよ。剣士のザムナ、短剣使いのレック、魔法士のコリンだ」


 三人はミューラと挨拶を交わす。


「ザムナだ。やっと会えたね、ミューラ嬢」


 ザムナは貴族の令息らしい挨拶をする。


「レックだ。ライウスが中々会わせてくれなかったからな。ま、こんな形になったけどよろしくな!」


 レックはライウスの肩に手を置く。


「は、はじめまして。コリンです」


 コリンは何かに怯えるように目を泳がせている。


「何照れてんだよ。好みだったのか、ミューラ嬢のことが」


 そう言ってコリンをからかう。


「ち、違うよ。そんなじゃない。ただ……」


 それ以上は何も言わない。

 ミューラも程々相手にしいればいいだろう考える。ここにいるのは下級貴族の三男や四男。後継ぎとしての資格を持たない者達。それでも実力はある。黄金の鐘は強い。冒険者のことに疎いミューラでもどこに行っても耳にするし、ライウスと街を歩けば誰もが振り返る。ライウスはこの国の英雄だ。この場においてもリラックスして話せるほど、余裕がある。そんな彼らに任せておけば安心だと言うミュートンの言葉を理解した。


「ミューラは基本的に俺が守る。だが、いざという時は支援魔法や回復魔法を頼む。キリムも護衛役としてつける。それでいいか?」


「はい、ありがとうございます。ライウス様」


「それでは、私はこれで失礼します。後は好きなようにして下さい」


 監視役は最後までやる気なく出ていった。その姿を見て全員ほっと一息つく。


「ったく、何考えてんかね、陛下はよ」


 レックはソファにだらしなく座り直す。


「確かに、こんなことをして何の意味があるんだろうね」


「婚約なんてさっさと破棄すればよかったんだ。なんでこんなに拗れてるんだ?」


「ぼ、僕も気になる」


 コリンも食いつく。


「公爵家ともなれば難しいのはわかるけど、無理をしてまで一緒になることはないだろうっていつも話してたんだよ。ローズアリス・カルマは傲慢だ。いつも俺達を見下していた」


「ローズアリス様は皆様と面識があるのですか?」


「あ、ああ。アリスもメンバーの一人だ。今回のことで抜けることになったが」


 ライウスが補足する。


「抜けてもらって清々するよ。魔法の実力ならライウスのほうが上なのに、いつも偉そうに指図しやがって」


 レックは舌打ちをする。


「幼い頃からの婚約でも魔法の実力を見込まれて、次期カルマ侯爵として期待されての婚約。それは国も認めたことなのに、こんな大事に発展するなんて、何もかもが可笑しい。何より、婚約者を蔑ろにするローズアリス・カルマが愛想を尽かされるのは当然のことだ。それなのに、ライウスのことを責め立てるなんて」


 何かを思い出しているのかザムナの言葉に怒りが宿る。


「お前達、ここは城の中だ。そんなことを言って王家の耳に入れば何を言われるかわからない。もっとこちらにとって不利な条件を突きつけられるかもしれない。そろそろ出よう」


 ライウスは話を終わらせる。


 ミューラはこの顔合わせに満足した。アリスに対して不満があるのは自分だけではないとわかったから。それぞれ思うことがある。何よりここにいるのは後継者として期待されず、何をしても関心を持たれない者達。そんな集まりだからこその結束がある。

 そのことを理解できたら、不安も苛立ちも消えていた。親近感を覚え、任せておけば大丈夫だと安心した。

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